第2話 今からですか
すぐに帰るつもりだったのに、気になるところに進んで行く。繰り返していると、家から離れ続けるのは当然である。眠くならないのかと、勇者さんに聞かれた。むしろ元気になると言ったら、短い笑い声が返ってきた。
『千道は夜型、という訳でもねぇんですよね。こうして飛び出さない限りは、爆睡してやがるから。健康的な鼾をかいているのは、良いことですよ』
「うるさかったですか? だとしたら、ごめんなさい! でも、止め方が分かんないな……」
『いえ、別に煩わしいなんて思ってねぇです。けれど、明日も依頼があるのでしょう? もう日を跨いじまっていますよ』
「そうですね。まぁ、今日も色々知れたので。最後に、あそこの公園を一周します」
寝静まった街中、雑草が広がる草原などを歩いた。一度もシニミと遭遇しなかったのは、運が良かった証拠だろう。帰り道も同じであることを願う。
ここの公園には、遊具がたくさん置いてある。ブランコや滑り台の他にも、回転ジャングルジム、シーソー、うんていまである。俺の地元では見かけない遊具もあるので、興味深い。けれど、大半は魔力で動かすようだ。
「前はよく、ドームの中に隠れていたんですよ。警察の目から逃れられる、俺にとって最強の味方でしたので。歳を重ねると身体も大きくなったから、行かなくなりましたが」
『ほう。最長記録は?』
「夜中の三時五十三分でした。もうちょっとで、朝焼けが見れてたのにな。……うん?」
思い出話をしながら、ドームの中を覗き込む。そこには、丁寧にラッピングされた小さい箱が置いてあった。リボンの色は黒で、正方形の箱は縦線の白色が入っている。さながら、クリスマスプレゼントのような包装だ。小綺麗なので、誰かの忘れ物ではないかと推測する。手に取ってみるが、特に何も起こらなかった。
「名前は……書かれていない。交番に届けた方が良いですかね? あ、でもこの時間は閉まっているか」
『……千道。その箱の中から、魔力を感じます。ほんの僅かなので、君には分からねぇと思いますが。悪い気配はしませんが、決して良いことが起こる気もしねぇですね』
「えーっと、魔道具ってことですか?」
『その可能性が、非常に高ぇですね。うーん、どこかで見たことあるような……』
「手放した方が良いですかね? でも、折角見つけちゃったし……」
箱から目を離さない俺を見て、勇者さんが『正直に言いやがれ』と言った。素直に、この箱が興味深いので持って帰って開けたいと答えたら、望遠鏡の中から乾いた笑い声が聞こえた。
『君なら、そう言うと思いましたよ。おれも、気になってはいるので。ただ、開けるなら家に帰ってからにしましょうよ』
「ありがとうございます、勇者さん。落とさないようにしないと」
今日の収穫物を片手に持ち、帰路を歩き始める。元々人口が少ない国だからか、俺の足音がよく聞こえる。強いて言えば、たまに梟の鳴き声がするくらいだ。
家の中に入ろうが、寒いことには変わりない。手を洗ってから、自室――二階と地下室には行けないので、広い部屋はここしかない――に、戻る。
入団お祝いにと、茶寓さんが買ってくれた暖炉のスイッチを入れる。わざわざ火起こししなくとも、勝手につく仕様はありがたい。身体が冷えているからか、息を吐いたら白い煙が出てきた。ここは秋なのに、俺の国だと冬くらいの気温かもしれない。
箱を机の中に置く。振っても全く物音はせず、とても軽かった。もしかしたら、空っぽという可能性もある。茶寓さんに相談しようかと思ったが、そもそも彼は現在進行形で、俺のために動いてくれている。総団長室に戻って来ているかすら、怪しい所だ。
「では、開けますね!」
『あ、今からですか。てっきり、明日にするのかと』
「俺って、気になったモノはすぐに確かめたくなるんです」
『なるほど、英雄と同じですか。おれは、一日は様子見するタイプなので』
二人は正反対な性格をしているようだ。英雄さんは、すぐに色んな場所へ駈けつけていく。そんな彼女を後ろから支えるのが、勇者さんだったらしい。
いつもなら、帰ってきたらすぐに寝る。けれど、今回は箱の中身が気になってしょうがなかった。すでに夜更かししているので、このまま夜明けまで起きても良い。
リボンを丁寧に解いて、箱を開ける。中には、真っ黒の箱があった。模様は一切入っておらず、六面とも漆黒である。段々小さくなって行くのかと思いながら、もう一度手にかける。
「わっ!? なんだ、この光は――……」
今度は、光線が視界に映る。思わず、両手を顔で覆う程に眩しい。次の瞬間、俺の身体が箱へと引き寄せられる。重力の中心が、そこにあるかのように。テレスコメモリーを取る暇もないまま、光の中へと包まれた。
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