僕に毎日かまってくれる打ち切り漫画好きのお姉さん
ぴのこ
僕に毎日かまってくれる打ち切り漫画好きのお姉さん
「やあ少年、今日もジャンプかい」
放課後の夕暮れ。公園のベンチで週刊少年ジャンプを読んでいると、今日もお姉さんがやってきた。僕は一か月くらい前から、放課後にこのお姉さんと公園で話すのが平日の日課になっていた。お姉さんはいつも白いニットワンピースを着ていて、とても身長が高くてスタイルがいい。
今日は火曜日で、このジャンプは昨日買ったものだ。僕はもう全部の漫画を読んでしまったのだけど、漫画を買うお金はあまり無いから、この公園でジャンプを繰り返し読むのが習慣だった。
それに、家に早く帰るのは嫌だし…何より、公園でお姉さんと喋る時間が、僕は好きだ。
「どれどれ、お姉さんもまた読もうかな。ジャンプを貸してくれるかい。ははは!この打ち切られ方、何度読んでも最高だな!」
お姉さんは、必ずジャンプを巻末から読む。興味のある漫画から読んでいるだけだとお姉さんは言っていた。要は、お姉さんはあまり人気の無い漫画…打ち切り漫画という種類のものが好きなのだ。
「いいかい少年。打ち切り漫画というのはね、打ち切り漫画ならではの美点があるんだ。短い生命を燃やし尽くし、蝋燭の最後の輝きのように凄まじい盛り上がりを見せる終盤!無理に物語を畳むための、暴走機関車のような異常な展開!」
「…そして何より、この続きを描きたかったのに描けなかった作者の怨嗟。"あったかもしれない物語"は、どこかに消え去ってしまってもう二度と日の目を見ることはない。その事実に私は興奮するんだ」
変なお姉さんだと思う。僕には、お姉さんの言っていることの意味が全然わからない。だけど、お姉さんの楽しそうな姿を見ていると、不思議と僕も楽しくなってしまう。
「なーにがワン〇ースだ!なーにが呪術〇戦だ!そんなものは後回しだ!人間は全員ジャンプを巻末から読むべきだ!…ああすまんすまん少年、少年はワン〇ースが好きだったな。今週は驚いたな。まさか五老星がな」
そこからは、昨日に引き続きジャンプの感想を話し合った。お姉さんはジャンプの前のほうに載っている人気作にはあまり興味が無いので、感想語りの前半では僕が興奮して語るのをお姉さんが笑顔で相槌を打つのが定番だった。
反対に、巻末の漫画になるとお姉さんは水を得た魚のようによく喋るようになる。漫画の感想が終わると、また打ち切りの美学がどうのこうのの話が始まる。もう何度も聞いた話だけど、お姉さんが熱く語る姿が僕は好きで、お姉さんが満足するまで黙って聞いていた。
「…おっと、少年。もう帰る時間だな」
気が付けば、あたりが薄暗くなっていた。夜になりかけていた。もう帰らないと、お母さんに怒られる。
…帰っても、怒られる。
「どうした少年。浮かない顔じゃないか」
お姉さんに愚痴なんて、言いたくなかった。だけど、僕はもういっぱいいっぱいで、誰かに話を聞いてほしくて、助けてほしくて仕方なかった。大人のお姉さんなら、助けになってくれるかもしれない。そう思って、僕はお姉さんに悩みを打ち明けた。
来年の中学受験に向けて、お母さんが勉強しろ勉強しろと毎晩言ってくること。塾に通わせるお金は無いからと、お母さんがメルカリで中古の参考書を大量に買ったこと。それを全部片づけるように言われてること。その日のノルマが終わらなかったら怒られること。僕は中学受験なんかしたくないのに、聞いてもらえないこと。もう、逃げ出したいこと。
「そうかそうか。それはつらいな少年」
お姉さんは、僕が泣きながら話すのを静かに聞いてくれた。それだけでも少し救われたけれど、同時に家に帰りたくない気持ちが強くなった。もっと、お姉さんと一緒にいたかった。
「じゃあ少年、逃げてしまおうか。お姉さんと一緒に」
え?、と間抜けな声が出た。お姉さんは、穏やかな笑顔を浮かべて僕に手を差し出していた。
「さあ少年。つらいこと、嫌なことなんて全部終わりにしよう。お姉さんが楽しいことをしよう。さあこの手を取って、そして言うんだ」
「魔法のおまじないだよ。つらさも苦しさも、全部吹き飛ぶおまじない。嫌なことが全部おわりになるように。さあ繰り返して」
「"おわり"」
「"おわり"」
その瞬間、僕の視界は暗転して、何かが早送りのビデオのように流れ出した。それは僕が体験するはずだった人生。あったかもしれない物語。中学での体育祭お昼のお弁当友達と行った海夏の花火京都への修学旅行新幹線の車窓高校受験文化祭のお化け屋敷彼女とのお泊まり歯磨きディズニーランド英語検定漢字検定修学旅行もディズニー現代文学年一位ボランティア活動AO入試卒業旅行奨学金履修登録ガイダンス試験レポート自主休講ライブ健康診断学食のオムライス成人式サークル活動就職活動自己分析社長面接優しい先輩嫌味な上司プレゼン発表出張飲み会泥酔頭にネクタイ嘔吐介抱婚姻届結婚式恩師の祝辞お義父さん赤ちゃん自慢の娘家族旅行函館の夜景ハッピーバースデーのケーキ娘の独り立ち妻との晩酌お母さんの病気
お母さん?
目が覚めた時、最初に見えたのは知らない天井だった。僕は病院のベッドの上にいて、点滴が腕に繋がれていた。
先生は「ストレスと疲労が原因でしょう」と言っていた。僕の帰りが遅いのでお母さんが近所を探し回り、公園に倒れていた僕を見つけて救急車を呼んだらしかった。
お母さんは僕が目を覚ましたのを見ると、ほっとしたような顔を浮かべたけどすぐに泣きだして、「ごめんね、ごめんね」と涙交じりの声で繰り返した。
僕はぼんやりとした頭で、僕が見たものは夢だったのかと考えていた。
舌打ちが聞こえた。続けて、お姉さんの声が。
「打ち切れると思ったのに」
僕に毎日かまってくれる打ち切り漫画好きのお姉さん ぴのこ @sinsekai0219
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