凡人でしか叶わぬ恋

真摯夜紳士

凡人でしか叶わぬ恋

 大恩ある監督へ。


 この度、僕と彼女が共に人生の節目を迎えることとなりましたので、こうして手紙を送らせていただきました。

 突然のことで驚かれたでしょう。

 あるいは、もう僕達のことなど忘れて、新しい映画の撮影で忙しくされているのでしょうか。

 そうであれば、少しばかり寂しいです。

 監督とは長年ご一緒してきました。

 一つの区切りを付けるという意味合いでも、この手紙には価値があるのだと僕は思います。

 まだわずかでも僕達に興味がおありでしたら、続きを読んでくださると幸いです。


 さて、僕が初めて彼女に会ったのは、十歳の頃でした。

 彼女は一つ年下で、他の子役と同じように現場を知りません。早めに役者経験を積んでいた僕と、同い年であるマルコフの二人で子役をまとめていましたね。

 あの頃は……とにかく無我夢中で、あどけなさと確かな演技力の両立に苦戦する毎日でした。

 大勢のスタッフ、大掛かりなセット、大々的に行われた広報活動。

 映画と現実が区別なく、キラキラと輝いて見えました。

 もちろん良いことだけではなく、初めて主役に抜擢ばってきされたこともあり『ここで僕の役者人生が決まる』のだと幼いながらに感じていたものです。


 ライバル役のマルコフは頭が良く、常に周りが見えていました。現場を知らない子役の相談役になっていましたね。ただ演技力に幅が無く、そこは僕がフォローしていました。

 彼女と話すようになったのも、演技指導の時です。

 監督から言われた無理難題を二人で解決した際は、さながら映画の登場人物みたいでした。

 彼女が明るく笑うと、瞳に映る景色がはなやぐようで。そこにかれていきました。

 クランクアップに『素晴らしい!』と拍手でたたえてくれた監督。あの嬉しさは言葉で表せません。


 映画が終わって、瞬く間にシリーズ化が決まり、監督も目まぐるしい日々だったと思います。

 お陰様で僕も舞台挨拶にテレビの取材と、さながら世界が一変しました。学業そっちのけでエンタメという底なし沼へ沈んでいったのです。

 天才子役。ドル箱のチャイルドスター。神が与えた二物。色々と好き勝手に呼ばれたものです。

 二作目へ入る頃には、僕と彼女は遠距離恋愛を楽しむカップルのように、親しい間柄になっていました。

 忙しさも、周りからの期待やわずらわしさも、何もかもを共有していたんです。

 楽屋で顔を合わす度に『また会ったね』と話す時間だけが、心のけがれを洗い流す息抜きでした。


 シリーズ化された作品の評判は右肩上がり。子役達も慣れてきた四作目の終わりに、僕と彼女は正式に交際しました。思えば、あのタイミングが幸せの絶頂期でしたね。

 厳しくも優しかった監督が変わりさえしなければ――と、今でも思います。

 どうして監督は、マルコフを恋敵にしたのでしょう。

 役の外では良い友人だった彼を、どうして僕が憎まなければいけなかったのでしょうか。

 監督に疑いの目を向けてしまうのも、無理はありません。

 もし、どこかで吐露とろする機会があれば、教えてください。

 

 五作目。ファンが待ちわびた最終作は、僕と彼女にとって、忘れたくても忘れられない記憶になってしまいました。

 撮影シーン毎に、直前まで脚本が渡されないという異例の事態。明らかな意図で撮影順を監督が調整していた。

 わざわざ彼女の出演最後に――マルコフとのキスシーンを選んだ。

 それを一部始終、僕に見せつけて。

 頭が真っ白になって、後で監督に罵詈雑言を浴びせましたね。

 それでも貴方は『役者なら誰に怒りを表現するか分かるな』と冷たくさとしていました。

 マルコフに向けた怒りは、どうでしたか。ファンも納得の殺意でしたでしょうか。


 それから、僕と彼女の間には明確な溝が出来ました。

 この好意は演じられたものなのか。初めから、監督の手によって仕組まれたものだったのではないか。

 互いに好きでい続けるには、天才と持てはやされた役者の道を諦めるしかありませんでした。

 凡人になることでしか、彼女を愛せませんでした。

 幸い、僕と彼女には使いきれないほどの財産が残っていましたし……役に徹する以外のことを、これから二人で学んでいこうと思います。


 大恩ある監督。

 世の中には『子供であること』でしか価値を見出せないものがあります。

 それは子役です。

 貴方の作品には、必ずと言っていいほど子役が登場しますね。

 それは時に強力な免罪符となり、時に最高の結果をもたらすでしょう。

 ある意味で僕と彼女は成功しましたが、その裏では使い潰された子も多いはずです。

 子役が子供でなくなった時――最後に作品として使い捨てる。

 貴方は、どの子役にも同じようなことをしていたんですね。

 覚えておいてください。

 子役の人生は、決して貴方の脚本通りにはならない。

 幼い頃の記憶というのは、いつまでも胸の中に残り続けます。それが嫌な出来事であれば尚更。

 かつて子役だった人達から集めた証言と、この手紙を告発本の一部として、世に出します。

 売れた印税は全て、恵まれない孤児院に寄付したいと思います。


 それが、監督の最高傑作であった僕達が出来うる、ささやかな報復です。

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