第11色 丸内林檎への手紙


   ◆   ◆   ◆


「おい、聞いてるか」

「!?」


 数年前の事件を思い出して、私が感傷に浸っていると、黒崎さんから声が掛かり我に返った。


「はい、すみません。 昔の事を思い出していました」


 私の返しに黒崎さんは、興味がないといった感じで手に持っていた洋封筒を私に渡す。


「お前宛てだ」


 受け取った洋封筒の裏を確認すると、覚えのある名前が書いてあり、反射的に驚いた表情のまま黒崎さんをみる。


「『アイツ』からお前宛てに署に届いたものだ」

「え~? なになに? マルちゃんへのラブレター?」

「え?」


 空中から覗き込みながら、ノワルは意味の解らない戯言を言いますが、何故かトウマくんがカラダをピクリと反応させる。


「え、えっと、りんごちゃん?」

「いえ、『糸池さんからの手紙』ですね」

「え?」

「『いといけ』って誰だっけ?」

「忘れたのか?」

「りんごちゃんを昔、犯人に仕立て上げようとした刑事さんだよ」


 トウマくんが説明すると、ノワルは暫く首を傾げた後、頭の上に豆電球が光った様な表情を浮かべ、手をポンッと叩く。


「あ~いたね~そんな人」


 呑気に返すノワルにトウマくんは驚愕し、黒崎さんは溜息を吐く。


「本当に忘れてたの!?」

「呆れた奴だ」


 そんな様子を横目で見ながら、私は洋封筒に張られているシールを取り、折り目を開き、中から一つ折にされた紙を取り出し、そこに書かれた文字に目を通す。



《丸内林檎様へ


 御久し振りです。 覚えて下りますでしょうか? 私は糸池時襟と申します。 いえ、貴方様には非道な行いをしてしまったので、覚えていて、いや、恨まれていて当然だと思います。 それを理解した上で今回、丸内林檎様に手紙を綴らせて頂きました。 丸内林檎様にもう一度、感謝の気持ちを送りたかったのです。 あんなことをしておいて何が感謝だと思われるかもしれません。 ですが、私は貴方のお陰でやり直すことができました。 貴方から頂いた『最後に大切な人に側にいてもらうことが、最大の恩返しで、それが、出来るだけで貴方のお母さんは幸せ』だと言われたあの後、母に私のしてしまったことを伝えました。 母は当然ショックを受けていました……ですが、過ちに気付き償うことができることが何よりもよかったと言ってくれました。 その母はその数週間後にこの世を去ってしまいましたが、亡くなる数日前に『アナタが最後に隣にいてくれるだけで幸せ』だと言ってくれました。 貴方の言ってくれたことは、やはり正しかったと思うのと同時に私の愚かな行動を後悔しました。 ですが、それに気付かせてくれた母と貴方の為にこれから全ての人生を捧げようと決意しました。 母の最期を看取った後、私は遠方に異動になりましたが、そこで誠心誠意、街とそこに住む人々を護っています。 それから数年の時が立ちましたが、その心は変わっていません。 いつか貴方に報いる為に。


     糸池時襟》



 

 手紙に最後まで目を通した私は、静かに手紙から目を離し、窓の外を見つめる。


「ほぼラブレターじゃん」

「ちょ、ノワル!」


 感傷に浸っていた私の斜め上で手紙を覗いていたノワルは空気の読めないことを言い、トウマくんは慌ててノワルを私の近くから離す。


「ということだ。 何が書かれてたかは知らんが、お前のはじめての事件はこれで『完全解決』だな」


 私の表情で手紙の内容を何となく察したのか、黒崎さんはコーヒーを飲みながらいう。


「はい、これで丸内林檎の【はじめての事件】はマルッと解決です」


 黒崎さんに言葉を返しながら、私は書類がファイリングされた棚からひとつのファイルを取り出し開く。 その視界の端で黒崎さんが席から立ち入り口に向かうのが視えた。


「もう行くんですか? もう少しゆっくりしていっても構いませんよ?」

「いや、あまり胡坐を打ってると上がうるさいからな」


 黒崎さんはこちらに振り返らずに答える。


「そうですか、なら気を付けてくださいね」

「ああ」


 入り口のドアノブに手をかけたところで私はもう一度声を掛ける。

 

「これからも仕事の相棒バディとして頼みますよ。 なんて言ったら、奥さんにヤキモチ焼かれちゃいますかね? 今度、食事でも行きましょうと奥さんに伝えといてください」


 私の問に黒崎さんは背中越しに「……ふん」と不愛想に返すと、ドアノブを捻りドアを開け、そのまま出て行った。


「わあー! ずるいぞ! ボクだってマルちゃんを護る騎士ナイトなんだぞ!」

「ノワル、落ち着いて、今はそんなこという空気じゃないよ」


 空気の読めないことを言いだしたノワルをトウマくんが嗜める。 そんな二人にも私は言葉を向ける。


「ええ、ノワルもトウマくんも大切な相棒バディです」


 私の言葉を受けた二人は、一瞬、鳩が豆鉄砲を喰らった様にきょとんとするが、互いの顔を確認すると、少年の様な笑顔を浮かべる。


 そんな光景を観ながら、私は貰った洋封筒をファイルに入れ、それを静かに閉じた。


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マルッと解決! 丸内林檎の色彩(カラフル)事件簿 たぬきち @tanukitikaramemo

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