第10色 丸内林檎の後日談

 事件から数日後、服井さんの告別式が行われ、私も顔を出してきました。 そのさらに数日後、事件が落ち着き、私は友人のシーニの元を訪れていた。


「マル本当に大変だったね」

「うんうん、でも、無実が証明されてよかったよ!」


 もう一人の友人のアカリは事件に巻き込まれた私をいたわってくれる。


「ありがとうございます。 一時はどうなることかと思いましたが、何とかなりました。 ですが、少し心残りがありまして……」

「心残り?」


 私の言葉にアカリは聞き返してくる。


「はい、あの人の処遇についてです」


 持っていたマグカップの中を見ながら私は二人に胸の内を話す。


「こんなことを言って偽善者ぶっていると思うかもしれませんが、どうにかあの人の罰が軽くならないものかと思っていまして」

「…………」


 私はあの日から糸池さんのことが気になっていた。


「あいつなら降格処分と遠方に異動ということで話が纏まったぞ」

「!?」


 後ろからそういわれ、反射的に振り返ると黒崎さんが立っていた。


「……またキミは人の家にズケズケと……もういいけど」


 シーニは半ば諦めた感じでいう。


「異動はまだしてないが、母親の容体を見守ってからになるらしい」

「それは良かったです。 このまま大切なモノを失ってしまうのではないかと心配していましたから」


 黒崎さんの言葉に私は心から安堵する。


 しかし、黒崎さんは少し怪訝な顔をする。


「これからお前は一人一人の人生を気にして生きていくのか?」

「え?」


 驚く私を気にせず黒崎さんは続ける。


「無理な話だな。 世の中そんなに甘っちょろくないぞ。 人間誰しも自分が可愛いんだ。 だから、迷うフリをしながら平気で人を騙すし売ったりする。 それに、そんなに世界が優しかったらお前も今回の事件に巻き込まれてないぞ。 最後に信じられるのは自分だけだということを忘れるな」

「ちょっと! そんな言い方はないだろ!」


 黒崎さんの厳しい言葉にシーニは怒る。


「いえ、シーニ大丈夫です」

「?」

「え?」


 私はシーニを止める。


「庇って頂きありがとうございます。 それに黒崎さんもありがとうございます」


 何故かお礼の言葉を口にする私にアカリはポカンとする。


「…………」


 私の言葉に黒崎さんは何も云わない。


「先程のお言葉は私を心配してくれて云ってくれたんですよね? そうでなければ、わざわざあの時、協力してくれたりしません。 それに私からしたら今回の事件は周りの『優しさ』を再認識出来る出来事でした。 商店街の人が助けてくれたり友人達も助けてくれました。 人間誰しも自分が可愛い、だけど、一人じゃ生きて行けません。 そんな、私は『幸せもの』だと改めて思いました」

 

 私の言葉に黒崎さんは「……ふん」と一言だけ云うが、少し笑っているように見えた。


「ああ、そういうことね、相変わらずキミはめんどくさいんだから」


 黒崎さんの考えが理解出来たシーニは溜息混じりにいう。

 

「黒崎さん、改めてこの度はありがとうございました。 ですが、もしかしたら、またお世話になるかもしれません」

「なんだと?」


 私の言葉に黒崎さんは不思議そうに聞き返してくる。


「私の夢はおじいちゃんみたいな『名探偵』です。 なので、私が探偵になった時は力を貸して頂くかもしれません。 その時はよろしくお願いしますね」


 黒崎さんは少し驚いた顔をしていたが、「……ふっ」と一言笑うと「心配するだけ無駄だったか」と言葉を続ける。


「その時は手伝ってやらんでもない、だが、しっかりと報酬はもらうぞ」

「はい、しっかりと払わせていただきます」


 私と黒崎さんの会話を見ていた二人は嬉しそうに笑う。


「すごいね! なんていうか『相棒』って感じだね!」

「そうだね、マルのいう通りだね。 わたしのことをいつも頼りにしているのはどこの誰かなー?」


 シーニはニヤニヤと黒崎さんに絡む。


「どうせ今日きたのも、魔道具の改良をしてくれってことでしょ?」

「ぐ……!」


 図星だったのか、黒崎さんは言葉を詰まらす。


「ちゃちゃっとやっちゃうからいいなよ。 今日はなんの改良かな」

「ああ、これなんだが」


 黒崎さんはポーチからリモコンの様なものを取り出す。


 二人が道具についての話をはじめたので、私は時計を確認すると時間が押していることに気がついた。


「すみません、私は今日のところはそろそろ失礼しますね」

「え? もう行っちゃうの?」

「はい、この後、お礼を云いに行くところがありまして」


 少し残念がるアカリに私は説明する。


「そっか、残念、じゃあ、また遊ぼうね」

「はい、是非とも。 シーニもお茶ご馳走さまでした」

「うん、またいつでもきてね」

「はい、黒崎さんもまた何処かで」

「ああ」


 私は三人に挨拶をするとシーニの研究所を後にした。




 その後、私が向かった場所は地元の商店街だ。 目的のお店の入り口を開けて店内に入ると、店員さんもとい友人が出迎えてくれた。


「遅かったじゃない、先に『彼』はきてるわよ」

「おっと、それは予想外ですね。 10分程早くきたつもりでしたが、彼の方が先に来ていたとは」


 スミレの言葉に私は少し驚いて店内を見回すと、髪がくるくると跳ねている少年を見つけ、彼の元に行く。


「すみません、お待たせしましたね」


 声に気がつくと彼はこちらに振り向き、私の姿を認識すると笑顔で返してくれた。


「ううん、全然大丈夫だよ。 ぼくもさっききたばっかりだから」


 彼こと緑風くんは両手をブンブンと振りながらいう。


「なにいってるのよ? アナタ30分前からいたじゃない」

「う……!」


 スミレに指摘され嘘が一瞬でバレる。 まあ、スミレがいわなくてもコップから出ている水滴や氷の溶け具合で大方早めに来てくれたことは察せますね。


「わざわざ隣町まで来ていただいたのに待たせてしまってすみませんね」

「ううん、ぼくこそ遅れちゃいけないと思って早くきちゃっただけだから」


 謝る私に緑風くんも謝ってくる。


「アナタたち謝りあってないでさっさと座りなさいよ」


 そんな私達を見かねたスミレがいう。


「おっと、そうでしたね。 では、失礼します」


 私は一言断りを入れて席に着く。


「注文を聞こうかしら」

「そうですね。 紅茶とアップルパイをお願いします」


 スミレに云われ、私はいつも通りのメニューを注文する。


「じゃあ、ぼくも注文良いですか?」

「ええ、どうぞ」

「コーヒーとコーヒーゼリーをお願いします」

「相変わらずのコーヒーオブコーヒーですね」

「注文は以上かしら?」

「はい、大丈夫です」

「お願いします」

「では、しばらくお待ちください」


 スミレはそう一言だけ云うとキッチンの方へ姿を消す。


「改めてですが、先日はありがとうございました」

「いいよ、ぼくでも少し役に立てたならうれしいよ」


 相変わらず緑風くんは謙虚ですね。


「でも、そんなにたいしたことしてないのに奢ってもらってもいいのかな?」


 緑風くんは申し訳なさそうに云ってくる。


「はい、気にしないでください。 それに、私は緑風くん、貴方と話したいと思っていましたから」

「え? ぼくと?」


 緑風くんは首を傾げて聞いてくる。


「前にも云いましたが、何だか貴方と話していると面白いんですよね」

「面白い?」

「はい、上手くは云えませんが私の勘が君を知りたいと思っています」


「ふーん、なるほど?」


 理解したのか、恐らく、していないであろう返しをする。


「まあ、世間話をする友人とでも認識していただければ構いませんよ」


 私は言葉を噛み砕いて云うと、緑風くんは納得してくれたみたいだ。


「うん、わかったよ」


 そして、その後直ぐにスミレが商品を運んで来てくれた。


「お待たせしました」


 そう一言云うとスミレは飲み物と食べ物をそれぞれに渡してくれる。


「スミレもよかったら一緒にどうですか? 貴方にもお礼を云っていませんでしたから」

「なにいってるのよ、今ワタシは仕事中よ」


 私の問いにスミレは怪訝そうに云ってくる。


「スミレ、今は空いてるから休憩がてら話しててもいいわよ」


 すると、話を聞いていたスミレのお母さんがスミレに云う。


「わかったわ。 ありがとう、ママ」


 スミレはそう一言返すと私の隣に座る。


「おや? 私の隣ですか?」

「当たり前じゃない! 男子の隣なんて座れないわよ」


 不思議に思った私が云うと、スミレは動揺しながら返す。


「スミレ、その言い方は誤解されるかもしれませんよ?」


 私が云うとスミレはハッとするが、緑風くんは全く気にしていない感じだ。


「ん? 全然大丈夫だよ? 二人ってすごい仲がいいもんね」


 緑風くんは満面の笑みで云ってくる。


「まあ、お礼も兼ねてですが、世間話でもしましょうか」

 


 こうして楽しく友人と話せることの幸せに私は心の底から嬉しく感じた。

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