第9色 丸内林檎の推理劇

「さて、まずは現場の確認を兼ねて、事件の整理といきましょうか」


 私の言葉に周りの人達は耳を傾ける。 そして、ひとつひとつ、丁寧に紐解いていく。


「今朝、この場所で服屋の店主の服井さんが亡くなっているのが発見された。 そして、昨日このお店を最後に出たのが、私であるという目撃証言で私が容疑者として浮上。 そして、それは今も変わらず私は捕まりそうな状況ということですね」


 私の現状を確認した後、話を続ける。


「私の無実を証明するべきなのでしょうが、次に事件現場の話に移ります。 そうすると自ずと私の無実も証明されるはずです」

「……」

「服井さんが倒れていた場所はお店の端の近くです。 検査員の方によると『うつ伏せ』で倒れていたそうです。 そして、後頭部に打撃痕のようなものがあったと、しかし、前頭部に何故かぶつけた跡が何処にも『ない』んです。 おかしいと思いませんか?」

「それのどこがおかしいんだ?」


 糸池刑事は理解出来ていないようだ。


「おかしいだろ、例えば、背後から殴打されて倒れたのだとしたら、前に倒れたはずだ、それだと倒れた時の衝撃で前頭部じゃないにしろ地面にぶつけた跡が正面の何処かにあるはずなんだ」


 黒崎さんが補完をしてくれた。


「そして、おかしな点はもうひとつ。床にぶつけたようにへこんだ場所があり、そこが何故か『血痕が拭き取られて』いました」

「それは一体なんの為だ?」


 黒崎さんはそこが分からないようだ。


「『後頭部に打撃痕のようなもの』、『何故か前頭部に外傷なし』、『床がへこんでいて血痕が拭き取られた痕跡』、この3つを合わせるとひとつの結論が導き出されます。ここまで云えば分かりますね?」

「まさか……!」


 黒崎さんは気付いたようだ。


「つまり、服井さんは『うつ伏せで発見された』が『仰向けで亡くなっていた』ということです」

「!?」


 周りの検査員や警察の人達がざわつき出す。


「だが、それがどうした? お前の容疑は、はれてないぞ」


 糸池刑事は動揺しながらも話を戻そうとする。


「あれ? 今ので私の容疑は綺麗さっぱりはれたはずですけど?」


 私は首を傾げながらいう。


「なんだと!?」

「では、もうひとつ決定的な根拠を提示しましょうか」


 私は白い線の足元辺りのくぼみを指差す。


「これを見てください。 ナニかが倒れたような跡がありますよね? さて、ナニが倒れたのでしょうか?」

「このへこみ方は恐らく台か脚立だな」


 黒崎さんはその跡を見ていう。


「ということは!」


 検査員の人は何かに気付いたのか口を開く。


「この事件は『殺人事件』じゃなくて」

「はい、『不慮の事故』です」


 私は重い口を開きいう。


「不慮の事故か、確かに辻褄は合うが、なぜ遺体は『うつ伏せになっていた』んだ。 それにここに脚立があったのだとしたら、なぜ何もない?」


 黒崎さんはいくつか納得がいっていないみたいだ。


「それは簡単なことですよ。 単純に『仰向けになっていた』服井さんのご遺体を『うつ伏せにした』だけです」

「なんだと!?」


 何とも単純な答えに黒崎さんは驚く。


「まさか……脚立も『移動させた』だけか?」

「はい、その通りです」

「……」


 あまりに単純な答えに黒崎さんを含め、周りの警察の人達も唖然とする。


「最後に『血痕を拭き取った形跡』についても話しましょうか。 服井さんの死因は台からの『落下死』、つまり、血痕を拭き取ったのは、勿論、服井さんではないです。 そうなると、誰がそんなことをしたのでしょうか?」

「……なるほど、やっと分かったぞ」


 黒崎さんも気付いたようだ。


「昨日、最後にお店を出た私が犯人じゃないとすると、考えられるのは『朝に入店した人物』、つまり、その人物こそ現場の偽装工作をした人物です」


 私はその人物に眼を向ける。


「そうですよね? 糸池時襟さん」

「!?」


 私の一言に今まで私に向いていた視線が全て糸池刑事の元に集まる。


「……どこにそんな証拠がある?」


 糸池刑事はゆっくりと口を開く。


「証拠は今は提示出来ませんが、『証言』ならあります」

「証言だと?」

「今朝、こちらの開店前に向かいの日紫喜書店の息子さんに『自分意外で最後に服屋に入店したのは誰だ』と聞きに行ったらしいですね。 何故、わざわざそのようなことを聞きに行ったのでしょうか?」

「……くっ!」


 私の問いに言葉をつまらせる。


「お前が店主の遺体の『第一発見者』だったからだな?」

「そして、偽装工作をした後にその人物に『殺人の容疑をかける為』でしょうね」


 黒崎さんの発言に言葉を付け足す。


「………」


 糸池刑事は何も言わない。


「ですが、なぜわざわざそのような罪を犯してまで偽装工作を?」


 今まで話を聞いていた警察のひとりがいう。


「恐らくだが、『授賞』される為だろうな」

「授賞?」

「数週間後に控えている功績に応じて警察署内から選ばれた人物に授与されるものだな」


 黒崎さんは説明してくれる。 そして、私は、事件の真相をまとめる。


「今朝、この現場に服を買いにたまたま訪れた糸池さんは脚立から落ちて仰向けで倒れている服井さんを発見したんでしょうね。 プロの捜査員である糸池さんはその現場を見て一目で『事故と気付いた』はずです。 ですが、『功績としては低い』為、現場の偽装工作に至ったという訳ですね」

「功績の為に偽りの殺人事件にするなんて腐ってやがるな」


 事件の真相に黒崎さんはかなりお怒りのようです。


「まあ、やむを得ない事情があったとはいえ、許されることではありませんね」


 私も刺の一言を口にする。


「事情? 何かしっているのかい?」


 糸池刑事の隣の部下の方が聞いてくる。


「あくまで私の考察に過ぎませんが、理由は心当たりがありますね。 そして、今それを調べに行ってもらってます」


「りんごちゃん!」


 私がいいかけると、お店のドアが開かれ二人の青年と一人の女性が入ってきた。


「りんごちゃん、ごめん待たせたね」

「ナイスタイミングです。 トウマくん、アニメやドラマの推理パートで証拠を持ってきて都合良く話が進むぐらいナイスタイミングです」

「りんごちゃん、メタいよ……」


 私のメタ発言にトウマくんは突っ込む。


「まあ、確かにいいタイミングみたいじゃのう」

「わーい♪ りんごちゃーん、ボクが助けにきたよ~」


 のじゃ魔女さんは周りを見回して状況を確認する隣でノワルは陽気に笑う。


「なんだ! 君達は! ここは一般人立ち入り禁止だぞ!」

「まて」


 三人に詰め寄ろうとする警官を黒崎さんが静止する。


「俺が許可した、責任は俺が取る」

「ひゅ~♪ かっくい~」


 かっこいい台詞を言った黒崎さんをノワルは茶化す。


「トウマくん、来て早々、すみませんが、どうでしたか?」


 私は早速情報を聞き出す。


「うん、『会ってきたよ』」

「会話はしてないけどね~」

「会ってきただと?」


 二人の言葉に糸池刑事は反応する。


「お主の母親である『糸池時子』さんの入院する。 セーラン病院に行ってきたのじゃ」

「なに!?」


 今まで平常心を保っていた糸池さんは動揺する。


「どういうことでしょうか?」


 警官のひとりが聞いてくる。


「こいつがこんな犯罪に手を染めた理由だ」


 黒崎さんの言葉に周りの警察の人達は互いを見て理解できないと頭にハテナを浮かべる。


「糸池時子さんは重い病を患い昏睡状態じゃった。 そして、もって後1ヶ月じゃそうじゃ」

「!?」


 のじゃ魔女さんの言葉に周囲はざわつく。


「それが、犯罪と分かっていながらも殺人事件をでっち上げた理由ですね」


 私は糸池刑事に問いかけるが何も云わない。


「…………」


 しばらくの沈黙の後、糸池刑事は重たい口を開く。


「……本当にすまないと思っている」


 まず、はじめに出た言葉は謝罪の言葉だった。


「最後に……ガキの時から自分の夢を支えてくれたお袋に俺の名誉を送りたかったんだ……」

「そんなことして母親が喜ぶと思うか?」


 黒崎さんは厳しく指摘する。 本人もいや、本人こそ、そんなこと分かっているだろう。


「ああ、そんなことして……人の人生を奪おうとした犯罪者だってことは分かっている。 授賞されてしばらくしたら自首するつもりだったんだ。 だけど、せめて最後に恩返しをしたかったんだ!」


 糸池刑事は涙ながらに語る。


「…………」


 私は静かに彼の話を聞く。


「まだ、間に合うんじゃないですか?」

「!?」


 私の言葉に驚きの表情を浮かべる。 そして、私は言葉を続ける。


「貴方のやり方は間違ってしまったかもしれません。 正直、私は許した訳ではありません。 ですが、最後に大切な人に側にいてもらうことが、最大の恩返しだと私は思います。 それが、出来るだけで貴方のお母さんは幸せだと思いますよ」

「……マルちゃん」


 私の言葉にノワルは嬉しそうに、そして、哀しみの籠った声を出す。


「続きは署で話そう」


 黒崎さんは迷うことなく糸池刑事の手に手錠をかける。 そして、彼を連れてお店の入り口に歩き出す。


「……一言だけ時間をくれ」


 糸池刑事の言葉に黒崎さんは何も云わず立ち止まる。


「ありがとう」


 こちらには振り向かず一言だけそういうと、そのまま出て行った。


「…………」


 しばらく、誰も口を開かずに立ちつくす。


「さて、トウマくん。 お茶の続きでもしましょうか」


 私はトウマくんにそう一言だけいうと、余韻のまだ残るその場を後にした。

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