野糞

「いや待て、落ちつて考えたまえ。これは素人の君にとって千載一遇のチャンスだぞ。それこそ系小説におけるチートのように、俺のような一流の玄人から手助けが受けられるのは」


「そう言うのいいからほら生徒手帳、受け取って。自分のでしょ」


「この異常事態で素人一人では危険すぎる。ここは安全策を取るべきなのだ」


「だからその素人扱いもやめてくれない?」


「ならば問うが、何人だ? これまでこのゲーム、エディット何度成功させた?」


「そんなの、十人は超えてるわよ」


「十人! 二桁! やはり素人ではないか!」


「てぃ!」


 ダガーの顔面に手帳投げつけ私は帰る。


「待てと言ってるだろ! 俺は玄人! その証拠と言ってはなんだが既に五百は成功させている!」


 ダガーの発言に私は内心、引く。


 ……オールランド・アドベンチャーは時間がかかる。


 途中でセーブ中断できるとはいえ、ぶっ通しでやった場合、一人卒業までざっと全部で六時間はかかる。つまり一日の三分の一、それの九百倍、発売日から計算してもできるのはニートかオタクか、どちらにしても趣味の範囲を超えている。


 気持ち悪い。


「その内の三体は短い期間だったがランキングにも乗った。これほどの偉業、名実共に玄人と呼んで差し支えはないだろう」


 しかも玄人が自称っぽい。なら関わりたくない


 私は横をすり抜けて帰路に着く。


「待つんだっておい! これは君の命に関わる話なんだぞ!」


 命、言われて思わず私、立ち止まる。


 それをチャンスと思ったかダガー、変に素早い動きで私の前に回り込む。


「いいか。これからの学園生活、いくつか超えなければならないイベントがある。期末テストに進級テスト、ダンジョン攻略は必須だし、設定次第でもっと面倒なことにもなる。それらに失敗すれば、ゲームではデータの強制消去、こちらでは存在の消滅と思って間違いないだろう」


「それは……」ない、と思う。


 確かにゲームではそうかもしれないけれど、ここは異世界、学園以外にも世界は広がっている、はず。だったら別に、最悪この学園から追い出されても生きてはいける、はずだ。


 ただ、追い出されたいわけでもなかった。


「そうでなくとも命をかけた戦闘は必ず越えなければならない。そのためには役割分担、互いに情報交換、必要なものを融通し合い、勝利を目指す。幸いにも俺と君とは相性がいい」


「ちょっと! 私が可愛いからって勘違いしないでよね!」


「かわ……何を言ってるかはわからないが、俺が言いたいのは君が貴族で、俺が平民だからだ」


「何よそれ?」


「赤の貴族、知ってるかは知らないが初期設定としては炎属性の魔法に秀でている。が、それ以外は絶望的だ。身体能力は最低だし他属性は習得もできない。装備にも制限がかかるしな。典型的な魔法特化、しかも大器晩成型でその初期の低い能力を装備やら所持金やらでバランス取ろうとしている。敵から見れば身ぐるみ剥ぐのにちょうど良いカモなのだ」


 言われて無意識に身構える私、それを一瞥してからダガー、胸を張って左手親指を自分の胸に突き立てながら続ける。


「一方でこの玄人は堅実確実な物理戦闘ビルドを目指している。近接攻撃主体でいつでもどこでも誰とでも戦える万能型、だから欲しいのは強力な武器防具、君には無用な物だ。同時に魔法関連の一才を必要としないからそっちはそちらへと優遇できる。クリア報酬だとかランキングとかゲームにはあったが、そんなのこうなっては意味がない。生存が第一、ならば事情同じくするもの同士、手を組むのは理にかなっているとは思わないか?」


 流暢な言葉、言ってることは正しい、気がする。


 けれどだからと言ってダガーの言われるままに従うのには抵抗があった。


「ちょっと待って、それにはまず」


「素人の君がやる最初の仕事は観察からだ。NPCの言動を学び、平均値を知って、そこから外れた中から他の十人、プレイヤーを暴き出す。だが迂闊に近づくな。敵味方の判別はこの玄人がする。例外として相手が催してるならばここの位置を教えてもよし。その場合は事後連絡、ここにメモを残しておけ。何もなくても定期連絡は必要だな。次会うのは、土曜日の夜にここで、決まりだな」


「ちょっと! 勝手に決めないでよ!」


「同盟の証に、アレ、自由に使って構わないぞ」


 そう言ってダガー、左手人差し指で指し示したのは私の背後、振り返って見れば、トイレがあった。


「それからもう一つ、これからは、入る前に必ずノックをすると約束しよう」


 こいつ、人として最低なものを人質に取りやがった。


「もちろん無理にとは言わない。何も知らない圧倒的弱者である素人をカモにするのは玄人の流儀に反するからな」


 ニヤニヤと、全身から優越感滲ませながらダガーは続ける。


「ここにこだわらなくても代替案はある。例えば、絶食とかどうだ?」


「は?」


「食事を摂らないプレイだよ。入れなければ出さないで済む。このゲーム、空腹による能力低下はあっても飢え死にはないからな」


「そんなのできるわけないでしょうが!」


「ならば野糞だ」


「の!」


 いきなりの単語に目を向く私、一方で言った本人も驚きで目を丸くしていた。


「野糞! 野糞! 野糞!」


「ちょっと!」


「聞いたか? 聞こえたか? 野糞! 言える! かき消されない! NGワードじゃない! 設定漏れだ! 野糞! 聞こえてるか運営ども! またこの玄人が! 貴様らの怠慢を暴いてやったぞ!」


 バカが、騒いでる。


 でかいなりして中身はガキ、そしてデリカシーも思いやりも持っていない最低男、そんな、こいつと、同盟を、組む


 じゃないとトイレがない。


「の! ぐ! そ! の! ぐ! そ! の! ぐ! そ! さぁ君も! お腹に力入れて!」


「うるさい!」


 私の素敵な学園生活が、音を立てて崩れていった。

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