遭遇

『ゲームエントリー!』


 オールランド・アドベンチャーのコマーシャルソング、普通に良い曲だったから入ってるサウンドトラック買って、事ある毎に聞いてきた。だから歌詞なんか全部覚えてるし、何もなくても歌うことができた。


 ……歌い終わる前に全部片付けられた。


 身嗜みだしなみ、トイレの後始末、全部確認し終えてから深呼吸、残り香吸い込んで不快な気分だけど、落ち着きは取り戻した。蹴飛ばしたつま先痛いのも治ったし、顔の火照りも治ったと思う。


 後は、思考の整理、冷静さを欠くことは貴族でなくても良いことじゃあない。


 アレは、事故だ。


 慌ててうっかり飛び込んだ不運な事故、、すぐ出ていったあたり、向こうも悪気があったわけじゃない。それに私はする前、脱ぐ前だった。被害は、驚いただけだ。私は可愛いし、優しいからそういうことにしてあげる。


 冷静に、冷静に、感情的にならずに建設的に、大人の対応でいこう。


 ちょっと一呼吸置いてからトイレから出る。


 …………覗き魔の男はまだ外にいた。


 汚れた靴に破けたベージュの半ズボン、元は白かったのか今は黄ばんでる季節外れのコート着て、頭にはカウボーイみたいな白いテンガロンハット、ダサい。


 肌色は黒、日焼けじゃなくて人種として真っ黒、髪の毛も黒で白目だけが白い。そして鼻の下がより一層黒く滲んでる風に見えるのは鼻血の跡、私の蹴りがもたらした効果だった。


 その顔はクドい。いわゆるソース顔ってやつだろうか、彫りが深くて眉毛とか毛深くて男性ホルモン溢れてる感じ、整った顔立ちではあるけれど同時に暑苦しかった。


 そんな男が、変態じみた屈伸運動をしている。


 両手をコートのポケットに入れたまま、その場で立ったりしゃがんだり、膝を曲げる度に大きく左右に開いていて、まるで股の間を強調するかのようだった。


 見ていられない。


「謝らなくても良いぞ」


 目を逸らしてる私に、覗き魔変態の方から話しかけてきた。どこかで聞き覚えのある声、どこか思い出す前に変態が続ける。


「意図せぬ暴発は素人にありがちなミスだ。その程度でいちいち腹を立てる玄人ではない。ダメージも低いしな。ここは広い心で許してあげよう」


「ちょっと何言ってるのよ」


 この手の変態とは話しちゃいけないとはわかってるけど、その上からの物言いにかちんきた。


「謝るのはそっちでしょ。人が入ってるのにノックもせずに入ってきて」


「ほー。じゃあ質問するが、君は一人暮らしをしていて、家には自分しかいないとわかっている時でもわざわざノックをするのか?」


「しないわよ。ていうかそれは違う話でしょ」


「同じだよ。そのテントは俺が持ってきて俺が設置した。つまり俺のものというわけだ。正当な持ち主が正しく使おうと試みた時にどこぞの素人が、先に入って使ってた。挙句いきなり蹴りの一発、普通ならブチ切れてるところだが、俺は玄人だからね。素人相手に怒ったりはしないさ」


 この変態、理屈っぽくて嫌いだ。


 その変態、屈伸運動をやめて今度はアキレス腱伸ばしを始める。


「ちなみに君を素人呼ばわりしている理由はその胸だ」


「ちょっと!」


 思わず胸隠す私に変態は「違う!」と短く吠えた。


「勘違いするな、本当に喋りにくいな。俺が言っているのはその胸のブローチだよ」


「ブローチ?」


「そうだ。それは貴族の証、色から炎属性だと丸わかりだ。貴族は典型的な魔法タイプ、金と素質はあるが反面身体能力が低い。それを隠さず弱点見せびらかしてるのは明らかに素人だ」


 言われて、理に叶ってると思ってしまった私を、見透かして笑うように変態は続ける。


「敵キャラ、少なくともモンスターはそうだな。だが対人戦、PVPになったら間違いなく対応してくる。情報戦は基本だ。そうでなくても初期のうちは弱いのは周知、俺以外の他のプレイヤーからすれば、良いカモだぞ」


「ちょっと待って、俺以外って、プレイヤーって、その、あなたも、なの?」


「あぁ。俺は、国名ダメか。俺も現実からゲーム世界に放り込まれた一人だよ。君や、その他に十人と同じようにな」


 いきなりの情報量に声は出ない私に変態は続ける。


「ちなみに俺が君をプレイヤーだと判断した理由はを、を、、このゲームが。君の後ろにあるテントをテントではない方法で利用したからだ」


「ちょっと、やめて。それより、他に十人? 全員で十二人いるの?」


「おそらくはな」


「おそらくって」


「生徒手帳を見ればわかる。見てみろ」


「持ってきてない」


「……度し難い素人が」


 変態、アキレス腱伸ばしを辞めて左のポケットから手帳を取り出して私に投げ渡す。


「最初から二ページ目だ」


「ダガー=ダガー?」


「それは最初のページだ。それとその名前は勝手につけられたものだ。普段の俺はもっとハァイセンスな名前をつけている。次のページだ」


 言われるまま、ページを捲ると見開き一面、アルファベットや数字が出鱈目に並んでいた。


「何コレ?」


「今回のモードの設定だ」


 変態改めてダガー、今度はお相撲さんみたいに四股しこを踏み始める。


「アルファベットと数字、合わせて三つ、でどんなイベントが起こるか、可能性が追加される。見たところ、ありったけ全部を、詰め込んだようだが、重要なのは一番最後だ」


 7/12


「七月十二日」


「十二分の七だ。意味は参加プレイヤー十二人のうちの七番目、つまり十二人いる」


「ちょっと、複数でプレイできるのは知ってるけど、そんな大人数でできるの?」


「十一秒だ」


「はい?」


「昔、と言っても二、三年前だがが、有名動画投稿者ができることに気がついてやることにした。錚々たるメンバー、専用サーバ借りて、最新のパソコン準備して万全だった。それでいざスタート、からのプレイ時間が」


「十一秒?」


「そう、落ちた。サーバーはクラッシュ、各キャラのデータはもちろん、ゲーム自体も壊れたとどこかの記事にあった。このゲームは変数が多すぎる。しかもそれが他プレイヤーへ波紋していくから負荷が十二倍じゃなくて十二乗になる。だから実際、できるかと言われたら、実質できないが答えになる」


 言い終わりダガー、運動をやめて直立、ポケットに手を入れたまま深呼吸を始める。


「そこで本題だ。この玄人、このゲーム、この学園生活、手助けしてやっても良いぞ。つまりは同盟、手を組んでやろう」


「え、やだ」

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