第Ⅱ章 黒い奴隷船

第9話 夜鬼《ナイトゴーント》

「それで、兼好、なんで私たちがこんなところに呼び出されたの?」

「寧音ちゃん、それにおひい先生、実はだね、先日、岐門町の沖合三十キロ地点で、駆逐艦・峯風みねかぜ」が新島を発見し、端艇カッターで陸戦隊一個分隊十名を向かわせた。だが上陸した途端、島は沈没して隊員は全滅してしまった。――岬にいる灯台守の爺様なら、何か知ってないかなあって思ったんだ」

「なら、一人で行けばいいじゃない」

「寧音ちゃんはイケズだなあ。瘴気むんむんなのが判るだろ? やばい奴がいる証拠だ」

「それで吉田先生は、強力な助っ人が欲しかったというわけですか?」

「〝姫先生〟、ご明察です」

 岐門くなと高等女子中学校一年一組担任・古典教師の吉田兼好先生、二組担任・英語教師の私――生徒たちから〝おひい先生〟の二つ名をつけられた千石片帆せんごくかたほ、そして受け持ちクラスの女学生・物部寧音もののべ・ねねさんの三人はそういうわけで、灯台のある港湾北側に突きでた岬にやってきました。

 初秋土曜日の夕暮れどきのことです。


 灯台守の小父さまの安否を確認しようと、吉田先生が灯台の扉をノックした――途端、塔に敷設された小屋の屋根から、子供くらいの大きさをした生き物数体が降ってきました。

 さらに後方松林の樹上から、ストンストンと仲間たちが地面に着地する音がする。


 ――ああ、囲まれてしまった。


「灯台はこいつらの巣になっている。中にいた爺様はたぶん、食われちゃったようだね」

 拳銃所持を許された公務員は警察・軍人ばかりではありません。いくつかの省庁には警察権を持っているといいます。このころの神社は宮内省と文部省の管轄下にあったのですけれども、吉田先生は双方から特別な権限を与えられて、ここ北国の町・岐門くなとに派遣されてきたのだとか。――この人の二つ名は〝鬼撃ちの兼好〟

 着物袴姿の吉田先生が、懐中のポシェットからスミス・アンド・ウエストン拳銃を引き抜き、顔色を変えず、敵に弾丸をあてていきます。


 半魚人マーマンは硬い鱗で全身を覆い、魚のような頭部、大きな目、鋭い歯が並ぶ口、そして首の両側にエラがある。手足には鋭い爪がつき、尾ひれまでついている。――蛙のように聞こえる鳴き声は言語で、下等生物じみた見た目とは裏腹に案外と知能が高く、高度な集団による狩りを得意としています。


「三十体……。知っての通り、こいつらは人間女性をさらって繁殖するから、確実に仕留めないと」


 吉田先生の拳銃弾丸が六発、着物・袴姿の私が背負っている矢筒の矢が十二本、そしてセーラー服を着た寧音さんが手にしている護符が十枚。それから寧音さんの式神・管狐くだぎつねさんが走り回っている。


 寧音さんの護符が宙を舞って半魚人に貼りつくやいなや、発火し、炎が全身を覆う。


 三人三様の得物で、確実に敵を倒していったのですが持ち札を使い切ったとき、最後に一体だけ、無傷の半魚人が私たちの前に立ちはだかったのです。

「群れのボスらしいね」

 弾丸を装填しようとしている吉田先生に、尾ひれの回し蹴りを与えるように見せかけて、星幽界熱線アストラルブレス居合の型をしていた私に半魚人が、一撃を加えました。――敵のフェィントだと気づいたとき私は宙に弾き飛ばされ、瞬間、華奢な寧音さんを小脇に抱えて、岬の断崖から海へ飛び込もうとする半魚人の後ろ姿が見えました。――寧々さんが悲鳴を上げている!


 ところがそこで、ゴムのような黒光りをした人型有翼生物が、横からさらうように、半魚人を捕らえて空中に舞い上がったのです。――で、大きさは男性ほどで蝙蝠こうもりのような翼がありました。さらにいうと、ミイラのように痩せた身体つきで、羊のように湾曲した二本角が生えた頭部には、双眸とおぼしきものが見当たりません。――なんだかダンテの『神曲』の挿絵に描かれる禍々しい悪魔のような姿でした。


 吉田先生が跳躍して、パニックを起こした半魚人から寧音さんを奪還しようと、水掻きのついたその脚にしがみつきます。

「蝙蝠男くんは揚力が凄すぎる。千石先生、もう片脚にしがみついてください」

 半魚人と私たち三人の重みで、蝙蝠男さんはヨタヨタしながらもなんとか、岬から飛び立ちました。ですが、数百メートルほど沖合上空にでたところで耐え切れず、ついに半魚人を落とします。海面までの高さが百メートルくらいはあったでしょうか。このままでは全員、全身打撲複雑骨折で命をなくしそう。


 しかしながら無意識のうちに私は〝夢見の力〟をつかっていました。

 術式を唱えると、空中に金環の岐門ゲートが生じ、私たちはその中に落ちて行きます。


 落ちる直前、私が〝溜め〟をしていた星幽界熱線による居合で、半魚人の頭目ボスを刺し、寧音さんを手放すと吉田先生がキャッチ、お姫様抱っこしたわけですが、落下が始まりました。


 その際、吉田先生が、

「〝夢見姫〟の本分は幻夢境でこそ発揮される!」

 私はその言葉でふっ切れて、


 ――そうだ。ここにいる私は、無敵チートな聖女だったんだ!


 私たち三人が巨大な蒲公英たんぽぽにつかまって、空を浮遊するイメージを浮かべてみる。すると身体が急に軽くなって、風に飛ばされながら、平原の森に囲まれた草地に、ふんわりと降りることができたのです。

 こういうとき助かった実感を噛みしめればいいのですが、生き残ったら生き残ったで、いろいろと頭をよぎるものがあります。


 おかんむりの乃東ないとう校長先生が、


 ――お二人には私、幻夢境に立ち入らないように警告したはずです。即刻、学校からでてお行きなさい!


「ああどうしよう、もう。校長先生に叱られるう……」

 頭を抱えて左右に振っている私をからかうように、吉田先生がモノ真似し、さらに寧音さんがポーカーフェイスで続きます。――まったくもう、おそらく私の両の頬は膨れていたことでしょう。


 追記。あとで知ったことですが、例の悪魔じみた蝙蝠男は、夜鬼ナイトゴーントというのだそうです。



幻夢境地図:挿絵

https://kakuyomu.jp/users/IZUMI777/news/16818093089456324079

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