第5話 井戸神の真奈巫《まなこ》様
「〝
生徒たちが私のことを
休憩時間のこと学校職員室で、吉田先生がおっしゃるには、間借りしている
「私は神職ではございませんので、お役にたてないかもしれません。あまりあてになさらないで」
「ですが、こっちの業界〝神職〟やあっちの世界〝幻夢境〟で、貴女のことは聖女〝夢見姫〟と呼び、知らぬ者はいない。――お披露目の席に貴女が出席したという事実は、あの子の将来に大きく影響する。貴女が担任なさっているクラスの可愛い教え子ではありませんか。――もし断ったりしたら寧音ちゃん、またグレちゃいますよ」
ククと笑う吉田先生は、世渡りにたけていらっしゃる(※お嬢様ことば翻訳:ずるい)。仕方ありませんわね。
学校にカーストがありますように、そのころの各神社間にもカーストがありました。つまりは、国幣社、県社、郷社、村社のランキングで、
「ほお、あれが噂の
「吉田氏の横にいるのは
「関東大震災の後、東日本の地下を流れる気脈が乱れたせいで、東北地方のここ岐門町も影響を受け、幽世とつながってしまった」
「――ということは片帆嬢も吉田氏と同じく、そっちからのお声がけで、岐門町に?」
「吉田氏のいる岐門高等女学校で英語教師をやっているそうだ。可能性は高い」
えっ、そんな? まるで私、回し者みたいではありませんか!
*
外国鉱山露天掘りの要領で、擂鉢状の大穴を掘削し、底部分で湧水がでたところに井戸枠をつくる。こういう大仕掛けの井戸を〝マイズマイズ井戸〟といいます。諸般の事情により井戸を埋めることになりましたので、新人禰宜の寧音さんのミッションは、井戸神の怒りを鎮める儀式を執り行うことでした。
カタツムリのような螺旋を描いた下り坂の底を見下ろす少女禰宜は、手にしていた土器(かわらけ)皿をみやり、さらさらと皿に文字を書きだします。
まずは皿の内側中央〝みこみ〟に〝天王〟と記し、縁に〝玄武王〟〝朱雀王〟〝青竜王〟〝白虎王〟四王の文字を書きこみ、さらに四王の合間を縫って、〝子〟〝丑〟〝寅〟〝卯〟〝辰〟〝巳〟〝午〟〝未〟〝申〟〝酉〟〝戌〟〝亥〟の十二将の文字を割り込ませる。
それから白木でつくった祭壇に皿を置いて、御神酒徳利の清酒で満たすと、清水に浸した榊を左右に振るい、書きこんだ天王・四王・十二将の名を読み上げるや、サビのところで、ウウ……と声をあげる。
初音さんが、井戸の底の凹みにある木枠めがけ皿を落としますと、念話で、
――なに用じゃ?
まことに白く痩せた、長い髪の、紅の着物を身に纏った少女が現れたのです。
寧音さんの口角がしたりとあがり、
「
――いかにも、
けれど寧音さんは答えません。――真奈巫様は、自然界の神王に水脈の入り口・奈落の門を任された精霊真正なる奈落の巫女という意味です。神に名を問われてうかつに答えてしまうと、奈落に引きずり込まれてしまうからにほかなりません。
――どうした。そなたの名は? なぜ答えぬ?
「さればジャンヌダルクとでも申し上げておきましょう」偽名をつかう。
(ほう、ジャンヌダルクとな。――それで妾になにようじゃ?)
「なんといいますか、可愛いというか、お綺麗というか。そんなお噂を耳にしましてね。ともかく……」
――つまり告りにきたわけか、のお、ジャンヌダルクよ? 百合趣味とは気が合う。
鋭いまなざしをした長いまつ毛の少女は、肯定とも否定ともとれる微笑を浮かべる。
――ここで会釈をしたり、「はい」と答えたりすると、精霊は魂を抜き取りにかかるからです。
――愛おしい人。ささ、こちらへ。妾の髪をなでてたもれ。
魂胆は判っている。――井戸枠に兼好を誘いだして、首に腕をからめ、そのまま〝奈落〟に引きずり込もうというのです。
寧音さんはうつろな目となり、ふらりふらりと脚を井戸枠に進めてゆきます。
したり。
真奈巫様が寧音さんに抱きつく。
寧々さんの後ろに控えている立会人の吉田先生が懐に手をやり、銀弾を込めたスミス・アンド・ウエストン拳銃を抜きにかかり、私が
つんのめった格好の寧音さんが〝奈落〟に落ちてゆこうとする刹那、呪印の形にした手を井戸底にある神将の名をつづった土器皿に向けると、とたん、木端微塵に砕け散った。
「真奈巫様、ごめんなさい」
寧音様は、抱きついていた妖精を突き放す際、口づけをしてお別れする。
妖精は双眼を閉じると、奈落の底へ吸い込まれるように消えてゆきます。
さて儀式も大詰め。少女禰宜は、井戸枠前の白木祭壇から、梅の実と葦の束が入った籠を持って来て井戸に落とし、「ウメてヨシ!」と宣言すると、拍手喝采する関係者たちに振り返って深々と一礼し、つつがなく井戸埋めの儀式は終了いたしました。
それから、
「姫先生、来てくれたんですね。嬉しい!」
寧音さんが私に駆けよって抱き着くと、よほど緊張なさっていたのね、女性神官服を着たまま眠ってしまいましたの。イタチに似た式神の
「
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