第4話 姫先生、問題児を更生させる
母方おじい様が伯爵でしたので、母の瞳や夕子叔母様は
女子高等師範学校文科英文学専攻だった私は当然、本校では英語教師として採用されています。ここの一年生の英語テキストには、かなりかみ砕いた『若草物語』を用いることにしましたの。
作中で、母親と四姉妹がときどき演劇をする場面があるのですが、授業では、物語になぞらえて五人組みにした生徒たちで英語劇をしてもらうのです。そうすることで彼女たちは自然と、英会話が上達していったのです。
岐門高等女学校の教師は大半が女性で占められており、男性は少数でした。その男性教師も中高年既婚者が大半を占め、独身の若い男性は吉田先生お一人しかいらっしゃいません。そういうわけですから古典の授業を担当なさっていた吉田先生は、――(性癖に問題のある)個性的な殿方ながらも――きよらな面立ちもあって、女子生徒たちの人気はたいそうなもので、吉田先生が廊下を歩くのを見かけようものなら、ぞろぞろ連れ立って尾行していたものです。
「まあ、吉田先生はご人望がございますこと」
「ときどき胃が痛くなります」
その吉田先生が下宿していらっしゃる
「寧音さん、途中から日本語になってしまいましたね」
「姫先生、だいじなのは言葉ではなくハートだと思います。身振り手振りや表情で、けっこうカバーできるのでは?」
「私もそうだと思います。けれど英語の授業なので、日本語は禁止です」
――ぐちゃぐちゃ、うるせえんだよ、ババア。
――驚きました、寧音さんも念話が使えるのですね。何が不満ですの?
――私の兼好にちょっかいをかけている。
――さあ、むずかしいことで、判りかねますわ。
――とぼけないでよ!
むかしの女学校の制服は、着物と袴を連想なさると思いますが、昭和の御代に入るころになりますと、全国的に洋装が主流で、中学・高等中学ではロングスカートのセーラー服を着用しています。
寧音さんの制服の袖から、イタチに似た小動物が飛び出して来たかと思いきや、〝カマイタチ〟よろしく私の頬に傷をつけてきたでありませんか。ちょっとお仕置きです。
――アンタ、なにすんのよ!
――学校にペットの持ち込みは禁止です。
ヒットエンドランを仕掛けてきた小動物を私は、素手で捕らえて金縛りをかけたうえで、異世界〝幻夢境〟の門を開け、放り出してさしあげました。――つまるところは〝神隠し〟ですね。
『遠野物語』で紹介されていますところの、イタチに似た式神〝
仕方ないですね。私は他の生徒たちに自習を命じ、校舎裏にある厩舎につないだ愛馬ハナの背に乗って、後を追いました。
岐門町の真ん中を幅百メールばかりの岐門川が東流して、太平洋に注いでいるわけですが川底が深く、三メートル以上はあるという話しです。こういうところは淡水と海水とが入り混じったところで、水面近くを淡水魚が、川底近くを海水魚が泳ぎ、カモメやイソヒヨドリなどの海鳥も遡っていたりします。――人間女性の腹を借りて繁殖する河童とも
寧音さんが橋を渡ろうとしたときのことです。工員風の男・二人組が、セーラー服の女の子を取り囲んで手足を抑え、川に放り込み、しめしめとばかりに欄干を乗り越え、自身も川に飛び込んでいきます。
折しも小型汽船〝ポンポン船〟が橋をくぐろうとしておりましたので、馬を跳び下りた私は甲板に降り立ち、水面でもがく寧音さんを海へ引きずってゆこうとする、魚のような頭をした亜人の首を、〝
寧音さんを船縁に寄せて水を吐かせていると、ポンポン船の船長さんが、
「あ、アンタ、東京から来た別嬪さん・姫先生でねえか? どうしたんだ?」
「まことに申しわけありません。私の生徒が橋の欄干から落ちてしまいましたの。ちょうどお船が通りかかりましたので、足場に使わせて戴きましたわ」
「人命にかかわることだ。そりゃ仕方ねえ。気にすんなよ」
「ありがとう存じます」
船長さんが船を近くの岸辺に寄せてくれましたので、私は寧音さんをハナの背に乗せ、近くの診療所で休ませるとともに、学校に電話して、吉田先生に迎えに来てもらい、岐門神社に帰させました。
寧音さんをおんぶした吉田先生と一緒に私が診療所を出たとき、別れ際に、
「この子はあっちの住人が見える知覚能力者、〝
どうやら私は、たいへんな粗相をしてしまったようです。
管狐さんを放り出した〝幻夢境〟の門を再びこしらえて開けてみました。元の場所とつながればいいのですが……。「あっ」とてもよいタイミングで、エーテルが噴き出してきた門から、モフモフの小動物が跳び出してまいりました。
よほど不安だったのか管狐さんは、しばし離れ離れになっていた飼い主の寧音さんに身体をこすりつけては、再会を喜んでいましたわ。
この事件以降、寧音さんは私にとても懐くようになったのですけど、一つ問題がございます。追っかけをしていた吉田先生から私に乗り換え、尾行をするようになったこと。さらに悪いことにお友達を誘うので、〝追っかけ〟の子が日に日に増えていったことです。
「あんな男前、滅多にいない。私、ぜったい姫先生のお嫁さんになる!」
そんな私を廊下で見かけると吉田先生は、ニヤニヤしてすれ違ってゆくのでした。
https://kakuyomu.jp/users/IZUMI777/news/16818093088426920079
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