第14話

(これが、この迷宮のお宝、なんやろか)


彼女が一定の距離に到達すると、石像の表面に微かな震えが走る。

石像に亀裂が走り、静寂の中で「パキッ」と音を立て罅が入っていく。

罅はゆっくりと広がり、石像の内部から異様な気配が立ち上る。

石像の四本の腕がわずかに動き出し、警戒感が一気に高まる。


(罅わ…)


彼女は後退しようとするが、それよりも早く罅から黒い霧状のものが吹き出てくる。

放出された毒素が鮮やかな紫色を帯び、空間を満たしていく。

彼女の身体を覆うように、霧が巻きつき、抵抗する間もなく彼女を包み込む。

彼女の体に異変が起こり、目の前が眩しく揺らぐ。


「え…ぁ?」


突如訪れた不快感に、彼女は腰が抜けて地面に尻持ちを突き出す。

瞳が焦点を失い、彼女は驚きと痛みの中でその場に崩れ落ちる。

鼻の下から鮮血が流れ出し、赤い跡が顔を汚す。

彼女は苦痛に顔を歪めながら、力なく体を支えられずにいる。


(なん、や…この妖気、…他のとは比べ物にならん…)


かつての静寂を破り、石像が完全に崩れ落ちる音が響く。

亀裂から吐き出された黒い霧が妖の姿を纏い、四本の腕が生まれ変わる。

腕には鋭い爪が生え、鋼のような硬さを示しながら動き出す。

目が赤く光り、凶暴なオーラを纏った妖が立ち上がり、彼女に迫り来る。

彼女は恐怖のあまり、視線を外すことすらできず、その姿を見つめ続けた。


(あかん、殺される、今回だけは、絶対や)


四本腕の妖がじわりじわりと近づき、その異様な姿が暗闇の中で際立つ。

妖の体からは不気味なオーラが立ち上り、周囲の空気が重くなる。

手足の動きは緩やかだが、確実に彼女の距離を詰めていく。

鋭い爪が空気を切り裂く音を立て、緊張感が一層増す。

妖は無表情ながら、その存在感には恐怖が凝縮されている。


(いやや、うち、まだ死にたくない、やり残した事が、まだ…)


彼女の目に恐怖の涙が溜まり、瞬きするたびにこぼれ落ちる。

壊れそうな心で、恐怖が心を締め付け、体が硬直していく。

恐れの中、彼女の身体が自然に反応してしまい、暖かなものが下に流れ落ちる。

彼女は恥じらいを感じる間もなく、恐怖が彼女を支配していた。


「だ、ぁ」


震える唇から声を絞り出そうとするが、恐怖で顎が大きく震える。

震えた声は途切れ途切れで、しっかりとした言葉にはならない。

彼女の脳裏には、逃げられないという圧倒的な恐怖が渦巻いている。


「た、すけて」


四本腕の妖が彼女に手を伸ばし、その動作はゆっくりとしたものであったが。


『呀呀呀呀ッ!!』


突然。

黒色の泥でできた獣の集合体が妖に向かって飛び掛かる。

獣たちは獰猛に牙を剥き、妖に向かって猛突進するが、妖の腕がそれを迎え撃つ。


「シぃッ!!」


妖はその力強い腕で獣の集合体を打ち破り、爆発音と共に泥が飛び散る。


「…一人で勝手に降りるな」


突然現れた百鬼九玖が彼女を背後から抱きしめ、強い力で引き寄せる。

彼の動きは素早く、周囲の状況を瞬時に把握している。

彼女を守るように後ろに下がり、四本腕の妖との距離を取る。

その優しい力に、彼女はほっと安心感を覚え、恐怖が少し和らいだ。

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妖術が存在する世界観、主人公に対して次第にドロドロな感情を抱くヤンデレヒロイン、主人公しか持たない妖術で進んでいく、妖術ダンジョン現代ファンタジー 三流木青二斎無一門 @itisyou

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