第5話 呪禁道について

 所謂「呪い」の話ってやつですね。

 実は本作には、あんまり詳細な呪いを絡めるつもりなかったんですよね。某人気漫画の二番煎じみたいになるから。

 けど、神様に対抗しうるのは同じ神様か妖怪か、人間が敵になる場合、もう呪いくらいしかないわけで。

 仕方ないから、さらっとやろうと思ってました。けど、物語が進んて行くと、さらっとって訳にもいかなくなる。


 呪禁道というのは、めっちゃ単純明快に説明すると、平安の昔に陰陽道より先に入ってきた、呪いを弾き返す術のことです。

 順番としては、呪禁道→陰陽道→密教家の仏教って感じになります。

 本作中にも出てくる蠱毒とか巫蠱ってのは呪いで、それを弾くのが呪禁師です。呪禁道では主に呪いは呪いで返します。それが呪詛返しです。

 作中でも花笑円が言ってますが「神様が祓いでもしない限り、呪いは祓われれば術者に返る」ものです。


 言霊は「神々の呪詛」といわれ、素朴で最も強く中国文化伝来前からある日本の神々の思想です。だから本作の言霊師である英里と、その霊元を受け継いだ重田さんは、ある意味最強なわけです。

 まぁ、拡大解釈するなら神託は、ある種の呪いですな。


 神々を呪うことを「とこう」、呪いの道具を「詛戸とこいと」といいます。呪詛の仕掛けを「厭物まじもの」と呼びます。

 これらが中国伝来の道教なんかと交わって、現代の人々が連想するような呪いになっていきます。

 この辺りは後々、本作にも出てくるんじゃないかと思います。


 その前に中国の呪い事情をちょっとだけ。

 昔の中国は、呪いの坩堝でした。呪いで人を攻撃するのを法律で禁ずるレベルの社会でした。

 特に蠱毒は割と誰でもできる呪詛なので、結構気軽に浮気した旦那に蠱毒を仕向けたりして、旦那がそれを返して、更に返してを繰り返すうちにどんどん呪いが強くなって(呪詛返しすると、より強力になりますので)、無関係な知人に被害が、なんてこともあったらしいので(どこまで本当かは知らんが)、そりゃまぁ禁止にもなるでしょうねって思います。


 ちなみに蠱毒とは、壺に蛇やら百足やら猫やらいろんなものを閉じ込めて、数日置いて共食いさせる。生き残った一匹が呪いとなって、相手を呪い殺しに行く、みたいな感じです。蛇が生き残れば蛇蠱、犬なら犬蠱、狐なら狐蠱と呼びました。

 ちなみに相手を呪い殺すだけでなく、財まで奪い蓄えることができる。何ともまぁ、流石呪いって感じですねぇ。

 巫蠱とはそれを生業とする巫女やまじない師です。


 本作中で枉津楓が自分や槐を「巫蠱の腹から生まれた蠱毒」と呼んでいますが、母親である久我山あやめは久我山家に巫蠱の教育を受けて育った女性で、自分の腹を蠱毒にして子を産んだ、という意味です。

 一個の卵子を求めで何億という精子が泳いで奪い合うわけだから、受精もある意味で蠱毒だねってことなんですが、あやめさんの場合は呪詛を使い狙って蠱毒になる子を孕んだわけです。

 久我山あやめが何のために楓や槐のような蠱毒を産んだのか、真意は本作でもまだ明かしていないので、伏せますが。並々ならぬ思いは感じるよね。


 それでまぁ、蠱毒に関しては日本でも法で禁じていたと思います。

 とこうより遥かに強く相手を絞って殺せる呪詛は、中国文化の伝来とともに明確化し、普及しました。

 陰陽道が主流になる前は呪いを弾く技術は呪禁道しかなく、呪いで病になる者も多かったので呪禁は「呪術的医療の知識・技術の体系」であり「典薬寮てんやくりょう」という医療機関みたいなところに、当時の呪禁師は属していました。


 つまり当時の呪禁師ってどういう人かって言うと、蠱毒なんかの呪術を見抜き防ぐための呪医だった。逆にいえば、悪用すれば相手をいつでも呪い殺せる人たちでもあったわけです。そりゃ囲っておきたいよねぇ。


 時代が下ると、陰陽道が隆盛してきて、式神なんかで呪いを制するのが主流になってきます。


 呪禁道がメインだった時代にも陰陽道は日本に存在しました。けど、陰陽道って本来、星を呼んで吉凶を占い暦を作るのが仕事だったから、呪詛払いとは縁遠かった。少なくとも賀茂氏が主体だった時代はそうでした。


 じゃぁ、なんで陰陽道が呪詛祓いだの悪霊退散だのって方面で有名になったのか。

 賀茂忠行に見出された安倍晴明が陰陽寮を有名にするために呪詛法に手を出したから。

 今でもありますよね、傾きかけの大手企業が儲かりそうなセカンドビジネスに手を出す、そんな感じです。


 平安貴族にとり、呪詛は命を落とすかもしれない恐ろしい術であり病だった。それを弾く強くて新しい術式、これからの時代は陰陽道の六壬神課りくじんしんかによる式神だ! みたいな感じです。

 そもそも六壬神課って式盤占い(ルーレット式の占い盤)だし、清明が使役していた式神も、盤に書いてある守護神である十二月将です。

 清明は十二月将を式人形にして、人間や鬼神や様々な動物に変化させて使役していたそうです。

 今までの地味な呪禁師より派手で強そう! と平安貴族に大人気を博しましたとさ。一大パフォーマーだったって感じですねぇ。

 それなりに強い術者だったと思うし賢い人だったとも思いますよ。念のため付け加えますけども。


 ただねぇ、安倍氏は残念ながら、清明以降に有能な術者が出ていません。土御門家は安倍家が主体ですが、その後の陰陽寮は賀茂氏や庶流の幸徳井家の方が優秀だったなと思います。


 陰陽道と言えば有名な呪文「急急如律令」、「魔物は早々に立ち去れ」といった意味で呪符なんかになっていますね。元々は中国の公文書なんかの末尾に「これ法律みたいなもんだからさっさと仕事せぇよ」みたいな意味で書き添えられていた定型文です。

 脅し文句やんな、って思うよね。だから呪符になったのでしょうな。


 そうそう、一般的に「陰陽師」と呼ばれる人々は国に所属する国家公務員的立場の陰陽師たちです。地方や個人で陰陽道の術を使っていた人たちは声聞師せいもんしと呼ばれていて、外法に手を出す者も多くいました。狐使いとかね。

 有名な芦屋道満は地方の陰陽師(声聞師)で、実際のところ清明とは仲良しで、相談しながら地方の陰陽師の仕事とかしていたようですよ。手紙のやり取りとかしてたみたいだし。

 声聞師にはカウンセラー的役割もあったりして「町の何でも屋さん」みたいな感じで親しまれていた人も多かったそうです。


 そんな陰陽道の術者を見ていて、思ったのでしょう。密教系の皆様、同じようにセカンドビジネスに手を出しました。

 それが密教調伏(降伏)法、呪術により敵や悪霊の類を追放したり、殺したりする法術です。シャーマニズム的に依坐よりましとか使ってたのは密教系です。その辺は全国各地に散らばっている空海の逸話とかに詳しいので、語るべくもないでしょう。

 陰陽師が使う式神に相当する使役神が「御護童子」という鬼神の類です。本来、経典や仏教を悪鬼から護る神を使役して呪詛を調伏していました。

 

 そんでまぁ、ここまで流し読みしてくださった皆様はお気づきかもしれませんが、内容が一番ふわっとしてんのが実は呪禁道なんです。詳細が文書で残っていないので。


 つまりね、創作では一番使いやすいんですよ。

 だから楓くんは呪禁師だけど反転術を使うし(術式を強くするため)、封印術とか傀儡術とか使います。

 八張槐は由緒正しき桜谷集落の八張家の長男でもあるので、神の御業・四魂術とかも使うけど、基本は人を殺す重圧術とかの呪詛や、呪符を省略した言葉の呪詛(言霊に近いので高位術)とか使います。

 仄暗Ⅱの最後に出てきた反魂儀呪の護衛団・九十九は、リーダーがⅢに出てきますが、彼が使う術も呪人の術という呪術です。


 そんな感じで自分でガンガン呪詛を作れちゃうのが楽しいですね。

 あと、ウチには高僧が二人出てきているので、須能忍(役行者)と行基が使うのは神通力と法力であり、呪詛を返すのは調伏法です。


 そういうのも楽しんで読んでいただけたら嬉しいなと思います。



 さて、次回は「祓戸四神」について。



 これについて好き勝手語ってくださいみたいな「お題」を頂けたら、適当に書きますので、コメントください。

 肯定的な意見を書くとは限りませんが、それで良かったら。




本作はこちら↓

『仄暗い灯が迷子の二人を包むまで』

https://kakuyomu.jp/works/16818023212261037641


『仄暗い灯が迷子の二人を包むまで・Ⅱ』

https://kakuyomu.jp/works/16818093078564930840


『仄暗い灯が迷子の二人を包むまで・Ⅲ』

https://kakuyomu.jp/works/16818093081595698958


※現在Ⅳを執筆中(まだ非公開)。

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