鈍遅道失格者の逆襲

筋肉痛

本編

 滅多な事では泣かない私が悔しくて泣いた。

 乳酸菌飲料カル〇スの原液を涙で割って飲んだ。

 まずかった。甘くて苦くてしょっぱくて、おまけに喉に変な膜みたいなのがまとわりついた。

 臥薪嘗胆。これでいい。これで忘れない。


 私の好きな人、幼稚園の頃に結婚を誓った人を横恋慕で奪われた。泥棒猫は、ドジっ子を自称するかまとと女だった。胸が私の3倍くらいはある強かな女だった。

 私には明らかに故意だと分かる方法で、私の想い人に事あるごとに下着や谷間を見せつけたりれさせたりして彼を篭絡した。

 プールの授業に下着で意気揚々と現れた時には、頭がおかしいのかと思った。


「いやぁん、またやっちゃった」


 すぐに更衣室に引っ込むでもなく、彼と目を合わせて舌を出してそう言ったのには最早感心したものだった。意中の人の心を射止めるのにはやはり、痴女スレスレの覚悟がいるのだ、と。


 だから、私はプライドを捨てて模倣することにした。ドジの道を進むことにしたのだ。スキル販売アプリココキョウトで見つけた星4.9(評価数1051)のドジっ子指南に、藁にも縋る思いで申し込んだ。

 今時珍しく対面で指導を行うらしい。なるほど、ドジの道は奥が深い。指定されたのは、廃寺の本堂。今にも朽ち果てそうだが、なんとか建物の体裁を保っている。

 こんなところで真面まともな指導が受けられるのか不安になったが、最早後戻りはできない。学生には決して安くはない料金も先払いで支払ってしまった。

 指定時間は17:00。オンタイムだ。

 恐る恐る本堂の引き戸を開けた。


「貴様にドジの素質はない。帰れ」


 座禅を組んだ坊さんらしき人物に、こちらに振り向きもせず言い放たれた。


「そんな! 何がいけないというのですか?」


 私は納得できずに引き下がる。


「今は何時だ?」

「16:58です。約束は17:00ですよね。間に合っているじゃないですか」


 未だ振り返らず、坊さんはかぶりを振った。


「だから、素質がないと言っているんじゃ」

「意味が分からない! そうか、詐欺なんだ! いい加減なことを言ってお金をだまし取ろうとしているんでしょ!?」


 私は失恋のショックも重なっていたので取り乱してしまう。でも、本当にふざけているとしか思えない。お金もしっかり払ったし、約束も守った。一体何が不満だというのか。


「いいか、よく聞け、小娘。ドジっ子は約束の時間に。それどころか、靴の片方くらい失くしてくる。鈍くて遅いと書いて鈍遅ドジと読むのだ。それができない奴には何を教えても無駄じゃよ」


 私は膝から崩れ落ちた。その通りだ。私はどう足掻いてもドジっ子にはなれない。この約束については手帳にしっかり書いたし、スマホアラームも設定してあった。30分前には現地に到着し、スキル販売者とどういうやり取りをするかをシミュレーションしていた。結局そのシミュレーションは何の役にも立たなかったけど。


 私はドジっ子どころか、超しっかり者だった。彼との将来設計も子供の数から、終の棲家の計画まで綿密に立てていた。


 そう、そうだ。


 私にドジっ子の素質はないけれど、彼を幸せにできるのは確実に私なのだ。あのぶりっ子は絶対に彼を破滅させる。私が救ってあげなくては。

 私は絶望をバネに情熱をさらに燃やした。『ドジっ子がダメなら、ツンデレになればいいじゃない』私の中のアントワネットがそう言った。


 今度は怪しいアプリではなく、きちんとした由来の専門学校に通った。高校に通いながらのダブルスクールは大変だったけど、彼のためなら乗り越えられた。


 スカートを履き忘れて登校した恋敵にドロップキックをお見舞いしたくなった事もあったけど、血が出るほど歯を食いしばって我慢した。代わりにペットにしているクラス担任(♂、37歳)にサソリ固めを極めてストレスを発散して頑張った。


 髪も金髪に染めてツインテールにした。ツンデレの正装だと専門学校で習った。ついでに資産家の令嬢であるのが理想的だと言われたので、地面師として暗躍して財を築いた。しっかり者の私には、簡単なことだった。

 さらに外国籍、特に今ならロシアあたりの国籍があると良いと聞いたので、帰化した。戦時中で色々と疑われたが、金で黙らせたらそれも簡単だった。


 完璧だった。単なるドジっ子かまとと女ラッキースケベ発生装置に負ける要素は一つもなかった。


 ツン9割、デレ1割から初めてデレの比率を徐々にあげていき、黄金比率半々くらいになったところで満を持して彼に告白した。


「ごめん、俺、おっぱいの大きいが好きなんだ」


 大好きな人の頬に右ストレートが飛んでいた。無意識だった。

 帰化する際に強制的に習わされたシステマが効いた。一発ダウンだった。


 仕方ない。彼はおっぱい星人に洗脳されてしまっていたのだ。私は全財産を投じて、宇宙開発事業を立ち上げた。


 おっぱい星人の母星を滅ぼすために。

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