晴子は遠距離恋愛の覚悟を決めたのに
ムーゴット
晴子は遠距離恋愛の覚悟を決めたのに (「パラレルワールドの不条理」シリーズ第2作)
高校生、男の子と女の子。
2人は、コンビニの前で肉まんを頬張っていた。
笑顔が絶えない楽しい会話。
女の子は声を上げて笑っている。
一瞬、話題が途切れた後、覚悟を決めた女の子の発言が続いた。
「ねぇ、武佐士。
卒業式までいよいよカウントダウンだね。
私たちさぁ、卒業後はさぁ、遠距離になっちゃうけど、
ちゃんと付き合ってみない?」
霞晴子(カスミハルコ)は、
躊躇なく、さらっと坂口武佐士(サカグチムサシ)に尋ねた。
今日も2人きりで、学校からの帰り道。
高校三年間同じクラスで、
お昼休みも一緒に過ごすことが多く、
休みの日に2人だけで水族館に行ったこともあった。
「ごめん、俺、彼女いるから。」
思いがけない返事に、ドリフのようにズッコケた。
最近、昭和の動画にハマっているのは、
武佐士に教えてもらったからだ。
それでついズッコケた。
「晴子、ごめん。
黙っているつもりは、なかったけど。
なんとなくお前の気持ちもわかっていたけど。
俺、バイト先に彼女いるんだ。
彼女も春から、俺と同じ東京の大学行くんだ。
2人とも受かれば、だけど。」
「そっか、よかったね。
武佐士に素敵な彼女がいないはずないよね。
遠距離って大変そうだから、どーかなーって思ってたんだよね。
うん、スッキリした。
ハッキリ教えてくれてありがとう。
都合よく二股する奴もいるから、ほんとありがとう。
いいなぁ、一緒なら東京でも寂しくないよね。
スカイツリーとか、江ノ島とか、サンシャイン水族館とか、
いいなぁ。《私、しゃべりすぎ。》」
「ごめん。」
「なんでー。謝らないでよ。
武佐士は悪くないよー。
ちょっと縁がなかっただけ。
高校が違ったら私とも会えなかったし。
違うバイトしてたら、彼女さんとも会えなかったし。
それだ、けの、ことだよ。」
嗚咽が出そうになり、声が裏返った。
晴子は涙目になってきた。
「ごめん、もう行くね。」
走り出した晴子の涙は、もう止められなかった。
「《あーどこで間違ったんだろう。
武佐士がバイト始めたのは、一年の三学期からだから、
もっと早く告白していたら、私だったのかな。
二年の夏休みに、一緒に水族館行った時なら、
まだ私だったかな。
受験勉強があるから、ちょっと距離を置こうって、
あれが失敗だったのかな。
あぁ、私、こんなに好きだったんだ。》
あぁ、やり直せるならやり直したい。」
信号交差点で足を止めて、息を整える。
歩行者信号が青に変わって、歩き出そうと一歩踏み出した時、
道路の向こう側で、大きく手を振り、
こちら側に合図をする男に気がついた。
お調子者のサラリーマンといった風貌。
見覚えは無い人だ。
周囲を見ても、こちら側には、私しかいない。
警戒しながら渡っていくと、
道路の真ん中で接近遭遇。
右に避けようとすると、同じ側に来る。
左に避けようとしても、同じ側に来る。
ついに男は両手を突き出して迫ってきた。
「やぁこんにちは、お待ちしていました。」
「だれ?!」
「私はあなたの願いを叶えます。」
「はぁ?ばっかじゃないの?
ランプの精なの?魔法が使えるの?」
ちょっとイライラして、知らない人に当たってしまった。
同時に、気晴らしにバカ話がしたい気分だった。
「魔法、あなた方の科学技術からしたら、
あり得ない魔法みたいなものかもしれませんが、
私達の知見においては、光速度を超えるのも、時間を遡るのも、
全て物理法則に則った、普通の技術。
素敵な魔法をお見せしますよ。」
「じゃあ、私を高校一年生に戻して。
高校生活をやり直したいの。
過去を変えて、今を変えたいの。」
「残念ながら、我々の科学技術を持ってしても、過去は変えられません。」
「でしょうね。思った通りだわ。
これ以上私を不機嫌にさせないでね。
さよなら。」
「でも、あなたは、坂口武佐士くんとこれからも仲良くしたいのでは?」
「えっ!」
「恋人同士がいいのかな?」
恋人、なんて言葉が出て、ちょっと恥ずかしくなった晴子。
その分、強い口調となる。
「何言っているの!!
あなた、盗み聞きしてたの?」
「すべてを見聞きして、その上で提案しています。
そりゃあ、もうすべてを。
過去のあなたのすべてのケースを。
高校2年の夏、あなたが武佐士くんに告白した世界線も確認しています。」
「告白って何?世界線って何?」
「説明しよう。あなたが今いる現在は、
過去において告白をしていない世界線の現在です。
並行して、高2の夏にあなたが告白を実行した世界線の現在があります。
あなたが望む世界がすでに実在しているのです。
その望む世界へあなたの存在を移すことができます。
私は、あなたを別のパラレルワールドへ転移させることができるのです。」
「転移って、、、、意味わかんない。
あんた、やっぱり頭おかしいでしょう!」
「お嬢さんこそ、ラノベとかアニメとか見ないんですか。
そう言う下地が地球にはあると思って、ここを選んだのに。」
「そんな出来もしないことにこれ以上付き合えないわ。
時間の無駄。
できるか、できないか、ハッキリさせて!
できないなら、これでおしまい、さようなら。」
「できますよ。
たった今、ハッキリさせて、とご依頼いただきました。
私も今期のノルマがあるので、特急で話を進めますね。」
「では!!!」
男のひときわ大きな掛け声で、晴子は、ピクッと一瞬身構えた。
と、同時にふらっとめまいが。
と、同時に視界がホワイトアウト!
それも瞬時に晴れて、何事もなかったかのような、夕暮れの街角。
「あっ!何!」
晴子の前から、不審な男が消えていた。
周囲をキョロキョロしてみるが、隠れるような場所も、近くにはない。
あっけに取られて、ボーっとしていた晴子だったが、
フッと気づいて、スマホを確認する。
「時間は、17時28分。遅れても進んでもいないかな。」
日付も今日だ。西暦も変わっていない。」
「やっぱり、騙された!ひどいイタズラ!」
「、、、帰ろ。」
家に到着する直前で、保育園からの幼馴染、
蓑美乃花(ミノミノカ)と中川健太郎(ナカガワケンタロウ)に会った。
「お帰り、晴子。」
「お帰り、美乃花、健太郎。」
3人の家はすぐ近所で、家族ぐるみで仲良しだった。
「晴子、元気ないね。」
健太郎は、晴子の様子に気が付いた。
「うん、今日は最悪。
変なおっさんに付きまとわれたり。」
「、、、さっき、コンビニで武佐士にフラれたし。」
「えっ!あんなに仲良かったのに、なんで!」
美乃花が声を上げる。
「武佐士、彼女がいたんだって。」
「うっそ!いた、っていつから?誰?」
健太郎も声を上げる。
「バイトで一緒の人だって。
もう随分前から付き合っていたみたい。
一緒に東京の大学行くんだって。」
「ちょっとそれ二股ってこと!?
大学のことも嘘つかれていたの!?」
美乃花の発言は、晴子の認識を超えていた。
「えっ!?ちょっと待って二股ってなんのこと?
大学の嘘って何?」
晴子が知らないことを、美乃花は知っているようだった。
そこへ晴子のスマホに武佐士からメッセージが。
【今どこ?】
気まずくて、返事をしたくない晴子。
「武佐士から?返事しないの?」
黙っている晴子に見切りをつけて、
「じゃあ、僕がするね。」
健太郎は、武佐士に電話する。
「ちょっと、ひどいね、武佐士くん。」
電話の声「えーーっとぉ、何!?」
「晴子に聞いたよ。おまえ、二股してたのか?」
電話の声「待て、なんのこと!?今、晴子と一緒なの?」
「晴子、ここにいるよ。」
電話の声「良かったぁ。無事なら良かったぁ。
急にいなくなるから、探していたんだ。
店の人に頼んで女子トイレも探してもらったんだよ。
、、、晴子に変わって。」
スマホを差し出す健太郎。
話は聞こえていた晴子だったが、話が見えない晴子は、
ひと呼吸おいてから、武佐士に話し始める。
「先に帰ってごめん。でも、私、帰る、って言わなかったっけ?」
「えー!聞いてないよ!急に消えたから心配したよ。
晴子の頼んだパフェ、アイスが溶けちゃったよ。
で、どうしたの?」
ますます話が見えない晴子。
「今まだコンビニなの?」
「えー!コンビニには行っていないよ。
今まださっきのフードコートだよ。
今日は一緒に受験勉強するはずだったじゃない。」
美乃花が割り込む。
「モールのフードコートにいるのね。
待ってなさい二股野郎。
これから行くからね。」
「ちょっと二股って何?それ、、、」
武佐士が話終える前に電話を切る美乃花。
「行くよ!」
晴子の手を引っ張って、美乃花と健太郎は、戦闘モードだった。
武佐士のもとへ話をつけに向かう。
3人が到着すると、
フードコートの一角で、武佐士は腕を組んでいた。
「俺が二股ってどう言うこと!?」
「私もわからない。」
晴子は自分が記憶喪失か認知症にでもなったかと混乱してきた。
美乃花が口を挟む。
「この裏切り者!
バイト先の彼女とは、いつから付き合っているの!?」
「何の話かわからない。バイト先に彼女はいない。
俺の彼女は晴子だけだよ。」
「とぼけるな!晴子に聞いたぞ!」
興奮湧き上がる健太郎。
晴子は、ともかく話が見えなかったが、
武佐士に自分が彼女と言われて、顔が赤くなっていた。
「私は武佐士の彼女なの!?」
「!?」×3。
晴子の発言は、3人を驚かすには十分すぎるパワーがあった。
「えーーー。違うのぉ。
俺は水族館で晴子が告白してくれて以来、
2人は付き合っていると思っていたけどぉ。」
武佐士は、ちょっとおどけて晴子に詰め寄る。
「そうだよ、みんなそう思っていたよ。
それなのにおまえは二股してたのか!?」
怒りの叫びを上げる健太郎。
「《私が告白したって、どーゆー事!?》」
混乱に羞恥心が重なり、思考がカラカラ空回りする晴子。
「二股の話の出所はどこなの?」
ひとり冷静な武佐士。当然、潔白であるからこその冷静さだった。
「晴子が武佐士くんから聞いたって。」
ちょっと思いが揺らいできた美乃花。
「いつ!?どこで!?」武佐士は晴子に問う。
「今日、コンビニで、」と言おうとして、言わずに留めた。
武佐士は、今日はコンビニではなく、
フードコートに私と一緒にいたと言う。
そして、私が忽然と消えたと。
これはおかしい。
私の記憶と現実が違う。
まるで、別の世界のようだ。
まるで、あの男が言っていた、
高2の夏、私の告白が実行された後の世界のようだ。
これは夢!?
いやいやいや、こんな現実味がある夢はないよ。
じゃあ、以前の、武佐士がバイト先の子と付き合っていたのが夢!?
わからない。
「私、頭がおかしくなっちゃったかも。」
武佐士は、優しく晴子の頭を撫でながら、
「俺が何か心配させちゃったのかな!?
でも、俺は晴子だけだよ。俺を信じて。晴子。」
美乃花から、念押しの質問。
「ところで、武佐士くんは東京の大学受けるの?」
「違うよ。地元だよ。
晴子と同じ濃尾大学が第一志望。」
涙目だが、いつもの笑顔が戻った晴子。
それを見て、安堵する美乃花と健太郎。
「雨降って地固まる、かな。」
「じゃあ、僕たちは先に帰るね。」
「ごゆっくりーーーー。」
美乃花と健太郎は、先に帰って行った。
フードコートに残った2人の話は続く。
「私が告白したんだよね。」
「あぁ、高2の夏、水族館で。」
確かに水族館には行った。
でも告白の事実は記憶には全くなく、全然状況が分からず、
でも、それを知らされて、また顔が赤くなる晴子。
「今日、ほんとおかしいね。
でも、あたふたしてる晴子、可愛い!」
「ちょっと!やめてよ!私、マジのマジなんだから。」
言ったところで、何に対してマジなのか、
やっぱり自分でもよく分からない晴子。
「もう一度聞くね。
今日、私と武佐士は学校が終わって、フードコートに直行したのね。」
「そう、今日はコンビニは行っていないよ。」
「私がノートを開いて、先に勉強始めて、
武佐士が2人分のオーダーをしてくれたのね。」
「そう、オーダーの合間にも晴子のいる席をチラチラ見ていた。」
「そう、、、いやらし。」
「何が!?ハハハ!そう、見ていたよ。
でもレジを済ませると、急にいなくなったんだ。
ノートは残したまま。
カバンは一緒に無くなった。
てっきりトイレかと思って、しばらくは心配もしていなかったが。」
「何時だったか覚えている?」
「うーん。5時半ちょっと前だっと思うが。」
「《時間はちょうどあのホワイトアウトの頃だ。》」
「でも、いつまで経っても戻ってこないから。
ちょっと焦って探し始めた。
ホント、生死に関わるような、イヤな想像もしちゃったよ。」
「それで見つからなくて、メッセージくれたのね。」
「そう、そうしたら、二股だーって責められるし。」
「ごめんね。なんか、わたし勘違いしたみたい。」
「《勘違いではない。これがあの男が言っていた転移なんだ。
私が望んだ世界なんだ。》
うーーーーん、私、武佐士と一緒で幸せ。」
「俺も」
そう言ってまた頭を撫で撫でする武佐士。
帰宅して、自室のベッドでゴロゴロくつろぐ晴子。
「《私と武佐士は両思いなんだーーーー》
へへ!へへ!へへへ!へへへ、、、」
無限ににやけてしまう、かと思ったが、
急に顔が強張る晴子。
武佐士の言葉を思い出す。
「、、、急にいなくなったんだ。、、、」
「《あれっ、それまで武佐士と一緒にいた私は、どこへ行ったの?》」
晴子は遠距離恋愛の覚悟を決めたのに ムーゴット @moogot
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