第128話 花地本利文 ギトロツメルガへ

 ボクら登洞会は、カルプトクルキト大森林から撤退できたらしい。

 やっと前方に明かりが見えたんだ。


「おおお、やっとラシナの森を抜けたぞ」

「助かったあ!」


 カルプトクルキト大森林の出口へ続く道には、先行していた先代の団長たちが待機していた。


 連れてきた後発の傭兵たちを合流させ、傍にいる金輪目団の先代の団長らにシシートまでの指揮や統率を頼んだ。


「シシートまでは、登洞会(うち)のクーボが案内します、圭三がもどるまでは、引き続き金輪目団をよろしくおねがいします」


 ビスキンにも、シシートまで行くように頼む。


「カジモト! おい、待てよ。どこに行く? どうしておまえが、また森へ戻る?」

「ここで、お別れだ。ボクは……ちょっとやることがある」

「カジモトッ!」


 ごめん、ビスキン。ほんとうのことは、なにも言えない。

 このまま、言う通りに先に行って欲しい。


「ビスキンは、圭三さんが言ったことに逆らうのか?」

「おまえ……」


 押し黙るビスキンをその場において、きびすをかえす。

 示し合わせることなく、タケ君も森へ向けて歩いていた。

 だけどタケ君の足がすぐに止まる。

 顔を伏せて握った手を見ている。


「どうすればいい、カジポン! わからねぇよアニキがいねえんだ、どう動けばいいんだ。オレはどうすれば……」

「圭三さんの言いつけを守るだけだよ」


 ボクは、自分でも驚くほど落ち着いている。

 いや、違うか。怒っているんだ。

 他にはなにも考えられないくらいに、身体のなかに怒りが固まっている。


「ピンズノを始末しろと言われたんだ」

「カジポン……」

「だからピンズノテーテドートを討つ」


 そう言われなくても、やるけど。

 圭三さんのドットがマップから消えたとき。その瞬間から決まっていることだ。


 圭三さんはイルクに殺された。

 イルクを操っていたのは、パトロア王。

 だから、ピンズノテーテドート七世。

 そいつは必ず殺る。


 タケ君に向き直る。

 手の中にナイフを出して、強く握る。

 真新しい金属の柄から目をそらさずにタケ君が口を開く。


「相手は世界最高の魔術師だぞ」

「だから?」

「死ぬぞ」

「だから?」


 タケ君は言葉に詰まった後、涙と一緒に声を絞り出した。


「ピンズノ殺してもアニキは生き返らないぞ」


 そのまま並んで、タケ君の肩を殴った。


「らしくないな」


 ボクが強く肩を押してもタケ君の身体は、揺れもしない。

 しばらくして歩きだす。

 辺りは喧騒けんそうに満ちているのに、黒く焼けた砂を踏むふたりの足音だけが鳴るようだ。

 下を向いたタケ君が、急に笑う。


「まさか、カジポンに肩パンされるなんてよ」


 ずっとクスクス笑っている。タケ君、感じ悪いぞ。

 たしかに前までのボクなら、考えられないな。

 そう思うと、つられて笑った。


 ボクらは、路上に捨てられていた荷物から取った登洞会の旗を肩にかけて歩き、ギトロツメルガ永久焔獄の外構に入った。

 ボクとタケ君が、敷地内へ足を踏み入れたのと同時に、無数の火球が一斉に宙に湧いた。

 火球に照らされた永久焔獄の構内を囲む壁の上には30ほどの人影が立っていた。あれはきっとパトロアの誇る最高戦力、大円座の魔術師たちだろう。


「ボクらが来るのを待っていたみたいだね」

「なるほど、大歓迎かよ、ハハハおもしろくなってきたぜ……」


 火球が動く。ゆっくりと環になりボクらを囲んで回る。


「金輪目団の離反を確認した。金輪目団傘下のトウドー会だな。おとなしくパトロアの本隊へ投降しろ」

「────うるせえ。退けッ!」


 タケ君が返事をすると同時に、火球がボクらへと迫る。

 向かってくる火球を切り落としながら、ボクらは歩いた。

 壁の直近まで進んだところで、各々の手近な魔術師を手前の壁ごと切り裂く。


「ちゃんと、警告したぞ」


 崩れる壁を見ることなく、永久焔獄を守る本隊へ歩みを進めた。

 魔術師たちがなんか叫んでいるけど、さっきから本当に音が聞こえない。

 周りで響く火球の破裂する音が大きいんだ。


 タケ君はもちろん、ボクも空中の火球を次々に斬り落としているからね。

 そうなんだ。傭兵をやっているうちに、ボクの運動能力もかなり上がっているみたいなんだ。慣れるってスゴいよ。


 敵も、やっとボクらには火球が通用しないとわかったらしい。

 壁に並んで立っていた魔術師たちはトカゲの引く箱車へ、我さきにと乗りこんだ。


「本隊の陣まで退くぞッ」

「一時撤退だ。下がれッ下がれ!」


 魔術師たちは、ギトロツメルガの建物のそばにいる本隊まで戻るようだ。

 好きにすればいい。行く先は、ボクらも同じだ。


「すぐにオレらもそっちに行くけどな」

「ああ。ピンズノテーテドートがいる場所だからね」


 魔術師の向かった方向へ歩くうちに、後ろから声が聞こえた。

 見慣れた大男が息せき切って近づいてくる。


「タケトッ、カジモト!」


 ビスキンが走ってきた。

 後ろからはウズリ、バヤナン、トーベリが続いていた。

 いつもの登洞会の隊長メンバーだ。


 え? この人たち、どうして戻ってくるんだ?

 苦労してやっと森を出られるところまで行けていただろうに。

 ボクが大きなため息をつくのと同時に、ビスキンが止まった。


「お、おい! まてよ、タケト、カジモト! 待てって。おまえらッオレをッのけ者にしてッどこに行くつもりだッ?」

「この土地のヤツには関係ないことだ、オマエらは先にシシートへ行っていろッ!」


 自分に背を向けたまま話すタケ君の手をビスキンが掴んだ。握ったその手は、震えていた。


「あるだろ。あるに決まっているだろ! ケイゾーを殺されて、関係ないわけッないだろう」


 タケ君の動きが止まる。振り返って顔を合わせたら、ビスキンは泣いていた。


「オマエ……なんで、それ、知ってんだ?」

「わかるさ。おまえが、そんな顔しているんだぞ」


 ビスキンがタケ君の肩を叩く。タケ君は、ビスキンのなすがままにされている。

 いつの間にか登洞会の隊長メンバーが、ボクらふたりを囲んでいた。


「おまえやカジモトに特別な力があるのは知っている。だけどそんなものはなくても、わかるんだ」


 わかるんだよ。そう言葉を絞り出したビスキンは次の言葉を繋げられなかった。口ごもったかと思えば、急に泣いた。


「カ、カジモトッ、オレらは、仲間だろ? そう言ってくれただろ?」


 すがるように問いかけられたから、ボクまで涙があふれた。

 そして顔をあげられないまま、滴りのしみる足元の土をただ見ていたんだ。

 しばらく誰もなにも言わなかったからか、タケ君が結んだ口を解く。


「わかった、オレが悪かったよ。ビスキン。ウズリ、バヤナン、トーベリ」


 ビスキンの口もとが震えている。タケ君がビスキンの肩を抱く。

 ふたりとも言葉がでない。

 しかたがないから、ボクが周りの仲間たちへ声をかけた。


「ここからはボクたち登洞会は全員で戦う。圭三さんの仇討ちだ。ピンズノテーテドートを殺す。いいなッ!」


 おうと答え、仲間たちは一斉にギトロツメルガへ向けて駆けだした。

  

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