第127話 花地本利文 ボクとタケ君だけが知っていた


 圭三さんと別れて、ボクらはラシナの陣地を出た。

 切り開いた道は、10階建てのビルくらいある巨木の樹洞うろに続いていた。


 空が赤い。

 視界をおおう無数の火球が、地上に降っているんだ。

 周囲は霧と煙が立ちこめていて、自分の靴の先だってろくに見えやしない。

 うかつに動くのは危ない。だけど、パトロアの本隊やゾンビの兵隊もボクらを探しているんだ。のんびり休んでもいられない。

 次の火球の着弾予測地点ちゃくだんよそくちてんをマップで確認した後、大きな声で叫んだ。


「こっちだ! ボクの後に続いてッ!」

「カジポンのトコだ。ここまで来い!」


 あちこちから押しよせる爆発の音にまぎれてしまって、ボクの声が届いているのか、心もとない。

 少なくとも、同じ転送された者どうしのタケ君には届くから、みんなにぜんぜん伝わらないってことはないハズだ。


 進むたびに、ますます耳が痛くなる。

 火球の爆発で空気がかき回されて、身体が揺らされるから、ちゃんと立てもしない。

 耳を両手で覆って叫んでいる兵士があちこちにいた。

 爆発のなかにいるんだものな。この場にいる誰もがPTSD心的外傷後ストレス障害を発症しそうな状況だよ。


 金輪目団の傭兵とともに、ラシナの砦から一歩でも離れようと歩みを進める。誰もなにもしゃべらない。

 逃げ道には、ボクがマップを見て巨大な倒木の樹洞うろや大岩を穿うがったトンネルを選ぶ。


「こっちだ、下に、くぐるぞ」

「おい、だいじょうぶなのか、ここは? 崩れそうだぞ……」

「ビスキン、気にするな。いまはカジポンに従え」


 音がするたびに引き返したくなるけど、後ろは向かない。

 ふり向けば、きっと圭三さんのところに戻ってしまう。

 ラシナの砦を囲む魔術師の包囲を抜けて周囲に散らばる金輪目団のメンバーを回収した。


 タケ君が、歩きながら大声をあげて、皆に行き先を伝える。


「オレらはとりあえず、シシートに行くぞ」

「タケ君の言うとおりだ。金輪目の団長の許しもある。シシートは、熱心に傭兵をつのっている。ボクらでも受けいれてくれるハズだ」


 こんな状況だからか、誰からも質問や反対意見は出てこない。

 クーボが居住いずまいを正してボクとタケ君へ向きなおる。


「ええ。シシートはトウドー会並びに金輪目団を客分としてお迎えいたします」


 雰囲気が違う。

 いつもクーボが、みんなに見せている軽い笑顔じゃない。真剣な顔だ。


「自分のほんとうの名前は、クーボナ・ジリム。シシートの伯爵家の者です。自分と、ジリム家がトウドー会全員の身元を引き受けると、約束します」


 そうか、やはりクーボはシシートの貴族だったのか。

 圭三さんは、ここでも正しかったんだ。

 タケくんまで、珍しく真顔だ。


「よろしく頼むぜ」

「決まり、ですね」


 話を聞いていたビスキンが、会話に割って入る。


「みんな、ちょっと待てよ。戦の後でいきなり雇い入れるって、怪しまれねえか? シシート側に、オレらが敵に送りこまれたスパイ的なのとか思われねぇか?」


 ビスキンが不安だと言うのは当たり前のことだ。

 だけど、クーボは圭三さんが見こんだヤツだ。任せていいと思う。


「だいじょうぶっす。そういうことに手慣てなれた自分が手引きしていますから」


 クーボの話の後にボクが話を続けた。


「……手土産にピンズノテーテドートの首を持っていく。だからシシートは必ずボクらを受け入れてくれるさ」


 みんな止まる。ボクから出た言葉が意外すぎたのだろう。

 言ったボクだって意外だったし。

 すべてが、どうでもよくなるほどに悔しさがあふれてしまったんだ。


 視界のマップが圭三さんの戦いを表示するたびに、味方を巻きこんであんな兵器を使ったパトロアとピンズノテーテドートに憎しみがつのる。


 マップで見る圭三さんは苦戦していた。たぶん、深手をっていると思う。

 でもボクは、なにもできない────そう思うと、自分でもわけがわからないうちに言葉が口をついて出ていた。

 突拍子とっぴょうしもない、できそうにもない提案だとは自分でも思ったさ。


「そりゃ豪勢ごうせいだな」

「いいねえ。おし、ピンズノるぞッ」

「おう、やろう」

大戦おおいくさだぜ。ハハ!」


 いくつもの声が重なる。みんな敗走しているとは思えない元気さだ。

 登洞会のみんなは、誰もボクの言葉に反対したりバカにしたりはしなかった。

 景気づけのごととでも思ったんじゃないかな。

 でもボクは、本気だ。

 このとき決めたんだ。ピンズノテーテドートは倒す。

 絶対に。


 理由ができたんだ。

 このとき、マップ上の圭三さんのマーカーが消えた。


 うめき声を押し殺して歩いていると、ひときわ大きなきしみが戦場の爆発音を通して聞こえ、衝撃波がみんなの背中を押した。


「なんだチクショウ、どうしたんだ。またパトロアのアホ魔術かよ?」

「ラシナ砦の方向だな。とうとう焼け落ちたらしい……」


 赤と灰色の2つ、高層ビルほどの大きさで立ちのぼった煙が────さらに燃えあがる。

 爆発につづいて、破片が散り、風の塊が身体にしかかる。


「砦じゃないぞ。み、見ろよあれ、イルクベルクバルクが、壊されたようだぜ」

「え? 壊れるのかよ、あれ」

「オレは見ていた。ケイゾーだ。ケイゾーがやったッ」

「非刃のトウドーがイルクを斬り伏せたのか!」


 歓声がく。

 ボクとタケ君以外の団員たちは跳びあがって喜んでいる。

 タケ君が立ちすくんでいる。ビスキンが肩を叩く。


「どうしたよ? タケト? うちの代表が大手柄おおてがらをあげたんだぞ」

「……だな」


 いつもと違うタケ君の顔つきを見て、接し方がわからないようすのビスキンは頭をいて離れていく。

 正直なところ、ボクもタケ君を見ていられなかった。

 そう、この場では、ただが知っていた。


 マップからマーカーが消えたんだ。

 登洞圭三さんの位置を示すドットが。

 爆発したイルクのドットの少し前に消えていた。

 つまり────圭三さんは、死んだんだ。


 でも、そのことは口にしない。できない。

 言葉にしたら、逃げていられなくなる。

 だから、いまは言えない。

 もうすぐラシナの陣地から抜ける、みんなが安全な場所へ逃げられる。それまでは、圭三さんの身に起きたことは誰にも言っちゃいけない。

 ラシナの砦で起きたことを知ったら、ビスキンたちは圭三さんがいたところへ戻りかねない。せっかく身を挺して仲間を逃がした圭三さんの行為がムダになる。

それだけは、絶対にダメだ。

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