第126話 登洞圭三 先に行く者


 灰色の巨人がラシナの砦に攻めてきた。

 イルクベルクバルクという大昔の文明の遺産らしい。

 コイツは敵味方の区別なく魔術をバラく。


 砦と森の木々は、パトロアの魔術師たちの放った火球のせいであちこち燃えている。

 四方から包みこむように熱波ねっぱが押し寄せて、たちまち息をするのも苦しくなった。

 手振りで〝腰をかがめて耳をふさげ〟と、伝える。


『ラシナが逃げこまないように、カルプトクルキトの森自体を根こそぎ潰すつもりなのかも』


 先を行く花地本がつぶやく。なるほどそういう意図もあるのかもな。


「タケ、手前の石壁を斬って逃げ口を作れ! 地図を見ろ、手前の遺跡の中に入れるぞ。左手方向に開いた穴を進んで森に入れ」

「まかせろ!」


 オレは前に進んで、衝撃波を出す半透明の球を切った。

 最長に伸ばした刃をふるうたびに、赤く煙る空が一文字に断ち割られる。


「パトロアのヤツらは、味方ごとるつもりか?」

「むしろ、オレらをねらって火球を撃っているのかもな」

「おそらくパトロア軍本隊の魔術師の眼中にオレたちはいない。ヤツらは砦を崩すことだけしか考えてない」

「傭兵なんぞ巻き添えで死んでも構わねぇってことかよ」


 薄々は、わかっていたがこうもあからさまにするとは思わなかったぜ。

 ビスキンや周りの小隊長は健人のように騒ぐことなく足を進める。

 パトロアのしでかす傭兵への扱いには、慣れているらしい。


「そうだ。いつものことだからな。攻めあぐねるとだいたいこうだぜ? さしずめオレたちは、ラシナを砦に閉じこめておくフタの役だな」

「パトロアの作戦はイルクと魔術で砦を丸ごと砕くつもりだろう。オレらはそいつらがここに到着するまでのつなぎだから、もう用もねえわけか」

「ああ、だから傭兵は逃げ時を見極める目が重要、ってことだ」


 先につっこませたイルクには魔術が効かないからな、パトロアの魔術師は遠距離から魔術撃ち放題だ。傭兵の命だって、考えなくてかまわない。

 きっといい作戦なんだろうぜ。犠牲にされる当事者以外のヤツにはな。



「死んだら金も払わねぇで済むしな。傭兵ごときは、使い捨てってわけだ?」

「捨てないかもな。死んだらゾンビにして操れるからな。雇い主の立場なら、タダ働きさせられるだけ、むしろ死んだほうがお得ってことだろ?」


 冗談めかして笑っちゃいるが、健人はかなり頭にきている。

 いまからパトロアの本隊へ殴りこむ勢いだ。


「しかしよお。仲間を後ろから殺るなんてことは、クサレヤクザでもめったにしねぇぜ」

「タケ、怒るのは後回しにしろ」


 さすがに、いまは逃げるのが先だとわかっているのだろう。健人も感情を抑えるための深呼吸を繰り返している。


「圭三さんッこっちはダメです! 逃げ道の先にパトロアの本隊がいます」


 なんだ? 花地本が、戻ってきた。意外に足早いな、コイツ。


「おい、花地本どうしてこっちに来た? 先に進んだ団員らは、放っておいていいのか」

「ええ、先行していた団員はもうパトロアの本隊とぶつからないあたりに抜けました。指揮はクーボがとってます。アイツやたらと兵隊の扱いがうまいんですよね。で、マップを観たら後ろの人らのほうがマズいんで、ボクが来ました」


 花地本に言われて地図を確認したら、金輪目の逃げ口に向かってくるパトロアの兵隊が初めより増えていやがる。

 花地本は、オレの現在地近くにとどまっている後発の団員の元に駆けつけて、森を抜けられそうな進路を教えている。

 コイツも、ずいぶん戦場で動けるようになったもんだ。


「花地本、どうだ? 無事に森から出られるか?」

「マップのおかげで、ゾンビにもパトロアの兵隊にも会わずに先発の兵と合流できそうです」

「よし、それならそのまま頼む。脱出ルートを指示してやってくれ」


 ラシナの砦のそばには金輪目の団員もまだけっこう残っている。ソイツらを逃がさないとならねえ。

 なのに、灰色のイルクはもうすぐ近くまで迫っていた。

 イルクを追うようにその後ろからパトロアの本隊の魔術師もこっちへ向かってくる。


 気は進まねえが、しかたねぇか。どうやらここは、オレの持ち場らしい。


「向かってくるイルクとパトロアのヤツらは、オレがカタをつける。タケ、花地本、おまえらはここから団員連れて先に行け」

「わかった」

「わかりました」


 ああ、話の途中だというのに、パトロアのヤツらが火球を山ほど寄こしやがった。

 チクショウ、耳が痛いし息する空気が熱い。いろんな方向から熱風が押し寄せやがる。

 魔術かイルクかの、どちらかだけを相手にしても厳しいのに、両方同時かよ。


「ふせろッ」


 雪崩なだれのように押し寄せるイルクの火球や見えない球をけて、花地本を突きとばした。

 デカい爆発が重なる。耳が奥まで痛い。足がふらつく。

 気がつけば、オレらのいる辺り一面が火の海になっていた。


「アニキッ!」

「圭三さん!」


 ─────近づくな。

 オレの周りは、かなりマズい。もう息もできないほどの熱気に包まれているんだ。

 そんなとき、オレを囲んだ大火にポッカリと穴が開き、炎の大半が消えた。

 奇跡かよ。


「だいじょうぶか! 登洞ッ」


 やっぱり、末吉か。

 わざわざオレらを助けに来たのかよ。

 コイツも、そうとうにバカだな。


「まったく、ただの親切なヤツだな」

「助かったぜ、スエキチ」


 花地本が末吉を見ている。


「こっちも急いで行くトコがあってさ。長くはいられないんだ。悪いが、そっちはそっちで生き残ってくれ」

「ああ、たすかったぜ、スエキチ!」

「タケ、急げ。兵隊をまとめろ」


 末吉が通過したあと、それまでヤツが防いでいてくれていた所から落ちてくる火球をナイフで斬る。


「末吉さんッすいませんでした!」


 末吉が向かった方向へ花地本はまだ頭を下げている。末吉とは、いろいろと因縁いんねんがあったようだ。


「タケと花地本。ここはもういい。おまえらは早く団員たちをシシートまで連れて行け」

「圭三さんはっ? 一緒に行きましょう?」


 砦にむかって火球を放つイルクを狙う。

 ナイフの射程を最大に伸ばして振り、手前の外壁ごと切り払う。

 イルクには、まだ遠いか。


「しかたねえだろ。追ってくるヤツの相手をする役がいるんだからよ」


 オレらの動きに気がついたパトロア正規兵や魔術師がコッチを狙っている。


「この世界でも、敵前逃亡は死刑かよ。傭兵なんぞ眼中にないくせに、逃げると殺るって、おかしくねえか? めんどうだがよ、オレらを殺しにくるヤツは殺るしかねぇよなあ」

「アニキ、血が出てるぞ。それ────」.

「たいしたことねえ。さっさと先に行け。走るといてえから、オレは一服した後でゆっくり行く」

「アニキッ!」


 うるせえと言いかけてやめた。まぁそうか。そうだな。健人コイツは、勘だけは外さねえもんな。隠しても、わかるか。


索敵さくてきは地図を見て、状況判断じょうきょうはんだんできる花地本がやってくれよ」

「は、はい」


 どうした? ふたりとも神妙しんみょうな顔しやがって。


「おまえら、登洞会を頼んだぞ。今度はパトロアが敵だ。パトロア王はヤバい。なんでもアリだ。チャンスがあればこの場で始末したほうがいいんだが……まあムリはするな」

「アニキ……」

「圭三さんッ」

「騒がしいんだよ、おまえら。早く行けよッ」



 やっと、行ったか……

 しかし火が回るのが早いな。また囲まれた。ずっと身体が熱いのな。

 ただ、タバコの火をつけるのには、便利か。


 あータバコあったかな。お、残っていたか。

 そうかこれ、末吉に増やしてもらったヤツか。


 ────ふぅ。

 そんなに、悪くもねえか。

 最後に吸うタバコがありゃ、悪党の最期としちゃマシなほうだ。


「……笑っちまうな、最期とかよ」


 あーあ、もう来やがったか。

 ガーガーきしみをたてやがって、うるッせえなポンコツがよぉ。


「焦んなよ。こっちはまだ一服、終わってねぇんだ。タバコくらいゆっくり吸わせろよ」


 ふう、立つのもおっくうだな。

 血が流れ過ぎて、頭がクラクラするぜ。

 どうせ、もうロクに動けねえ身体だ。

 しかたねえ、この眼の前のデカいイルクを始末してやるか。


「さあ、始めようぜ。なに、すぐに終わる。どのみち長くはもたねえんだ」

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