第129話 末吉末吉 ラシナの戦争 


 ラシナ氏族は三ノ砦を捨てて、ギトロツメルガへ向かうと決まった。

 オレもできる限りの手助けはするけど、これは絶対に無謀むぼうだと思う。

 数でまさる敵の本隊へ正面から挑むなんて、自殺行為だ。

 きっと相手はラシナの襲撃しゅうげきを待ち構えていることだろう。


 後ろから来ていた灰色のイルクは、登洞が倒したと地図で確かめた。魔術師たちも散り散りだ。

 スゴいな。アレは生身の人間がどうにかできるレベルじゃないだろうに。

 おかげで挟み撃ちにはならないけど、まだ敵は無数にいる。

 不安は尽きないよ。


 砦を捨てて大森林の中を進むうちに、行く手の木々が急に絶えた。

 ぽっかりと空いた山裾やますそが見えたあたりで、雨があがる。

 同時に、遠くで鳴いていた虫の音もピタリと止まった。


「静かになったな」

「いかにも敵がいそうな地形と気配ですね」


 ディゼットのつぶやきを聞いて、視界の地図を確認する。

 たしかに視界の地図上では、オレたちの前方に光る点が密集みっしゅうしている。およそ8000人を越える人間がいるらしい。


「いるな。待ち伏せというか、待ち構えられている。このようすから察すると、ラシナの動きは敵に読まれているようだな。敵の数は8562人もいるぞ」

「スエヨシ様には、見えてもいない遠くの敵陣の人数まで正確にわかるのですか。驚くべき能力ですね」


 感心している場合かと言っていると、斥候が帰ってきた。


「戦闘準備だ、一時停止ッ!」


 遠くにかすむ敵の陣地を拡大したあと補正し、鮮明にする。

 あれ?

 敵はパトロアじゃないのか? 見るからに別の格好の一団だ。

 手に環を握っている。いま見た敵の様子や格好を話すとウイシャが答える。


「それはデ・グナだ。パトロアとは別の国だ」

「別か……パトロアの他にも、敵はまだいるんだな」


 カンベンしてくれ。ひとつの国相手でも滅ぼされそうな少数民族集団なのに、複数相手なんて過酷かこくすぎるぞ。


「パトロアとデ・グナとシシートと争っている」

「3か国もか……」


 ムリだムリ。なにやってんだよ。この民族。


「どこもアピュロンの御使い様の秘密や能力を手に入れたがっている国だ。あいつらは、ラシナがなんらかの重大な秘密を隠していると思っているらしくてな」


 ウイシャの言葉が耳に入らない。

 ラシナって人種は、大森林のなかにいるすべての氏族を合わせても12000人くらいしかいないと聞いている。それなのに、敵が多すぎる。


 不屈の精神は立派だけど、こんなのは、ムチャだ。

 どうにかして和平とか結べなかったのか。まんべんなく戦うとか自殺行為だ。

 なんだよ、アピュロンの御使い、争いばっか生んでるな。疫病神か。



「各人ごとに散れ、樹間にまぎれてデ・グナを撃つ」


 ウイシャのかけ声を聞いて、ディゼット以外のみんなが散り散りに森の中に駆けこむ。

 オレは、この場に残って視界の地図を眺めていた。

 待ちかまえているヤツらは魔術師と表示されている。

 魔術師は、この世界の戦争において最大の戦力だよな。

 つまりオレの視界の地図上にひしめいているのは、戦場で最強のユニット。一般人ではとても敵わないことを意味するアイコンだ。


「危機的ですね。僧兵の数がかなり多い」


 ディゼットが細い杖を引きだすと、宙をかき回す。

 杖の先と片方の目が淡く光っているから魔術を使っているようだ。

 敵のようすを探るレーダー的な術か?


「デ・グナの僧騎兵どもが騎馬をおりて攻めてきました。なにかを企んでいるのでしょう」


 デ・グナは馬に乗って攻めるのが基本的な攻撃のスタイルなのだとディゼットが、教えてくれた。


 でもいまは魔術を使っている。

 手に持っている金属の環から光が漏れている。蒸気がもれるような音がしているから、そういうことなのだろう。

 あの環が、パトロアの二又の杖と同じ働きをするデ・グナの魔術道具か。


「ディゼット、僧兵と魔術師は同じような役割なのか?」

「まったく同じ、とは言えないですね。僧兵は第二階梯の魔術をいくつか使えるだけですから。簡単な魔術を大量に放ったあと乗馬して、突撃するのがデ・グナの戦術の基本です。騎兵としてはよく訓練されていますが、魔術師としては初学者しょがくしゃですね」

「魔術専門というより、魔術も使える騎兵って役割か」

「はい。しかし今回は、いつもの戦い方と違うようです。デ・グナと長年戦っていた私も初めて見る陣形です」


 ディゼットも困惑こんわくしている。

 オレに、この世界の戦法とか教えられても、わからないんだけど。

 とりあえず、うなずいておいた。


 実感としての戦争なんて知らない。これまでは日本で、平和で安穏な人生を送っていたし。

 だけど、多くの生き物がひしめく雑多な音が押し寄せてくるのは、それだけで普通じゃない状況だとわかる。


 急に地図上の数か所の温度が上がった。

 おそらくは、火でもつけたのだろう。

 変化は景色にも現れた。

 鳥だ。凄い数の鳥が森から飛び立って空をおおっている。

 地図上のデ・グナの軍勢はこちらへ進む方向のまま、ずっと動かない。

 どうしてだ? 包囲もしないのか。


「なんだろう……あれ?」


 音が響く。重い音だ。身体が震える。

 遠くの谷間に姿を現していたのは、青い巨人だ。


「またイルクベルクバルク、ですか」


 ディゼットが、ため息をつく。


「ウソだろ。デ・グナも持っているのかよ。ラシナのほかは、みんなあんなデカいロボを持っているんだな。あんなの攻撃に使うのズルいよな」

「ちがいます。あれはみな、他国がラシナから盗んだものなのです。イルクベルクバルクは元をたどればラシナが前の世界から受け継いだ遺産なのです」

「だとしたら、なんとも皮肉な状況だ。自分の持っていた兵器で攻められるのかよ」


 今度のヤツは、青いな。

 登洞が倒した灰色のヤツより、背が低くて、頭がタテ長だ。コックの帽子みたいな頭をしている。


「イルクベルクバルクって、それぞれ形が違うんだな」


 緊急事態だとわかってはいるが好奇心もあり、マジマジとながめた。

 青いヤツの身体の造形は板を折って作ったような形だ。三角形を連ねて人の形にした感じか。

 肩口からは本来の腕の他に追加の小型の腕みたいな突起が出ているな。

 首周りのジグザグの形状が歯を見せて笑っている顔のようにも見える。

 あとは、右の拳が無い。

 青い大きな身体が動くにつれて、四肢の節々から不規則に漏れる蒸気が広がる。


「みんなあらがわずに逃げろッ! アレにはジュウとて効かないぞ」


 珍しいな。ウイシャが一戦もまじえずに逃げるように指示するとはな。きっと、あのロボは、恐ろしく危険な存在なのだろう。


「やっぱ、そうとう強いんだろうな。今度のロボも湯気を吹き出したりして、ただ者じゃない雰囲気だしてるよな」


 ロボの体表を這う電流が薄く光るとともに、バリバリと乾いた音が辺りに響く。

 歩みを進めるにつれて、背中側からなにかが落ちていた。

 石? どうしてそんなものが、落ちてくるんだ?


「17柱の巨人群のうちの〝群青のイルク〟あれはカルプトクルキト大森林の奥深くの地で地下へ埋めて、封じていたはず……」

「ああ。小石の魔女が守っていた。つまりデ・グナは、彼女を倒してイルクを奪ったということだ」


 ディゼットとウイシャの話についていけない。

 まわりのみんなも息を呑んで、ぼんやりデカいロボを見ている。

 いや待て、いまはぼんやりしている場合じゃないぞ。


「ウイシャ。早く森の中に逃げないと。みんなで隠れるんだろ?」

「隠れるだけの森が残ればよいのですが、イルクは森ごと焼いてしまうでしょう。逃げるのは良い方法とは言えないでしょう」

「こうなっては、しかたない。進退しんたいきわまったのならば戦って死ぬのみだ」


 ラシナの人ってのは、どこか武士っぽいんだよなあ。なんかすぐに決死の覚悟を決めるし。

 とは言え、ラシナの誰もあんな巨人となんて戦えないだろう。

 当人たちが普通の攻撃は、効果ないって言っているもんな。


 これはなあ。どう考えても、オレがやるしかない状況だ。

 ストアでやるしかないだろうな。

 でもやれるのか?


 ────考え終える前に、視界にピクトが飛びこんできた。


「え? 呼んでないのに出たのか? オマエ」


 視界のピクトは頭に手をあてて、首を振る。


『はあ? 主ぃ、なにストア能力をうたがってんですか? 主は腰が抜けきってんですか。それとも生まれついてのペコペコマンなんですかね。わかってます? クソザコの土着宗教どちゃくしゅうきょうの原始的な惑星エネルギーネットワークなんてものにヒモづけされたガラクタロボット相手にビビっていますけど? あ、もしかして恥とか教えられずに育ちました? いやまさか、ひょっとしてですけど、このピクトの操るストアが、あれにかなわないとでも?』


 耳がいたい。物理的に鼓膜こまくが痛い。

 なにかのスイッチが入ったのか、ピクトの言葉の熱量と、音量が爆上がりしている。


『それとも、8000人ばかりいるチンケな金属を打ちつける物理的エネルギーでしか相手の構造を破壊できない能なしのチャンバラ屋が怖いんっすか? そんなもんは全員、このピクトが一撃でぶっ飛ばしてやりますですわ』

「逃げるというかだな。敵との戦力差がかなりあるから、ここはいったん森の中に隠れてようすをみようという考えだけど」

『はー? それはマジで言ってるですか? 主のその眉毛の下についてんのは、キラキラ光らせて鼻をより愉快にみせる飾りつけですか? あーはッはッ、どうりでさんざん笑わせてくれますわ』


 うわ、耳がキンキン鳴っている。鼓膜が死にかかっているから止せって。

 もうオレにとって一番の敵って、ピクトじゃないのか。


「ピクト、近いんだから会話の音量を下げろよ」


 コイツって、どういう用途のアプリなのだろうな。

 どんな必要があって、ユーザーに悪態あくたいをつくんだ? 

 アピュロン星人の設計、おかしいだろ。

 なによりオレの話、聴いてないし。


『戦力差とは、それはもちろんピクトが圧倒的に強いということですよね? まさかまさか。原始文明のこしらえた定命じょうみょうのソリッドステートごときに、超先進文明のこの時の定めなき存在のピクトが対処できないとでも? あー笑った。笑わされすぎて、殺されるです。主のギャグセンスは危険物指定して取り扱いには免許が必要と、法律で決めてほしいものですな。あーはッはッ』

「わかったよ。戦うよ。それでいいだろう?」

『わかったとは? ピクトの優位性について、まだなにもお話していませんですが?』

「あー。ピクトはアピュロン星人製の悪口言い聞かせマシンなのかよッ」


 オレの問いかけに、ピクトの罵詈雑言ばりぞうごんが止まる。表示されているキャラクターも、なにかふしぎそうなようすだ。

 どういう反応? 言いすぎたか? 


『アピュロン星人とは、なんですか?』

「え? オマエを作った宇宙人だろ?」

『ピクトに自身の製造者の記録はありませんけれども?』


 うわ、隠すなあアピュロン星人。

 徹底して自分らの情報を転送した者たちに伝えないつもりかよ。

 どうしてそこまでする? 宇宙で指名手配とかされているのか?

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