第130話 末吉末吉 デ・グナの交渉


 ラシナが、ギトロツメルガへ向かう途中で、デ・グナが襲ってきた。

 ここでも戦闘だ。

 デ・グナは、青いイルクを出してきた。あんなデカブツの相手なんて、していられないから逃げようとすると。ピクトが(オレにしか聞こえない)大声でなじってくる。


 ピクトと話しているとデ・グナ側の木々の間から、お経みたいなのが響く。

 呪文の詠唱だ。もうすぐ火の玉が飛んでくるのだろう。

 ウイシャがコトワたちを岩場に隠している。


『ほらほらラシナのみんなは、ここであのロボを迎え討つつもりですねぇ。戦っているその間に子どもを逃がすつもりですよ。できますかね? いやできないでしょうね。そんなの戦力差を見れば明白ですよ。まったくあの人たちの行動は、正気とは思えないですね。主が放置するとラシナのみんな死にますですよ。確実に死ぬ人を放置しますか? 人殺ししますか?』


 ああああ。なんなんだよ。やるよ、やりますよ。

 オレの周りはヤバイのしかいないのか!


「みんなは逃げてくれ。足止めにはオレが行ってくる。よくわからないけど、なんとかなるらしい」

「待ってください。急に戦うと言っていますが、だいじょうぶですか?」


 ディゼットと、ラシナのみんなが動きを止めてオレを見ている。

 ああ、そうだよな。行動が変だよな。

 さっきまで森のなかへ逃げようと言っていたオレが、急に意見を変えているんだもんな。

 いきなり自分がひとりでデ・グナとの戦いに出るとか言っているし。

 考えが変わるのが突然すぎて、不自然だよな。


 オレ以外には、ピクトの存在が見聞きできないから、いきなり考えが変わる、とてつもなく気まぐれな人間に見えるよな。わかるよ。


 わかるけど、このまま耳元でずっと悪態をつかれていたら、いろいろおかしくなるから、しかたないんだ。

 なんなんだ、このシステムは。

 ウイシャがれ物に触るような物腰でオレに話しかける。


「歴史上イルクベルクバルクを撃退したのは、ピンズノテーテドートただ一人だけと伝わっているのだが、それでもスエヨシは、あの巨人を倒せるというのか?」

「たぶん。ダメだったら、みんなは逃げてくれ」


 楽勝だ。ド楽勝だと耳元で叫ぶイカれたヤツがいるのだから、しかたないんだよ。

 こうなったら責任とれよ、ピクト。信じているからな。


 一人で青いロボに向けて駆け出すが、すぐに息があがる。足がもつれそうだ。

 だいたいこの大森林は平らな地面がないんだよなあ。あー。もう疲れた。ここらで待っていればいいか。


 われながら、体力がないと実感するな。素のオレは絶対に弱い。

 こんな体たらくで巨大ロボと戦おうとするとか、笑えるよ。オレ。

 アピュロン星人のふしぎ科学ユニットとピクトがいなけりゃ自分単体では、なんの役にも立たないと実感する。


 地鳴りが続く。左側からも声がする。こっちがデ・グナの部隊だな。

 そうだよな。攻めてくるのは正面だけとは限らない。

 角笛つのぶえと、先触さきぶれの口上が始まっている。


『偉大なるデ・グナの軍勢に、抵抗してもムダだ。われらに及ぶ力などあるはずもない。ただひれ伏すがいい』


 角笛の調子が変わった。長く音を引いている。


『デ・グナには、慈悲じひもある。投降するのが、最善だ』


 あいつら、完全に自分たちは勝てると思っている。

 そりゃそうか。巨大ロボを連れているうえに、倍以上の戦力で攻めているんだから、とうぜんそう思うよな。


『武器を捨て、たがいを縛ってわれらの前に来い!』


 誰も従うわけがない。ラシナはマジでどうかしている戦闘民族だぞ。

 ここでビビるくらいなら、とっくの昔に逃げているって。


 口上とともに、魔術の詠唱も終わった。音の重なりがワーンと連なる。呪文の変な感じにも耳が慣れてきた。

 こっちも準備しないとだな。


「ピクト、手前のヤツらの魔術が通りそうな辺りを、ぜんぶ界域指定してくれ」

『はい。とっくに終わっていますですね』


 接しにくいけど、ピクトが来てくれてから戦いは格段に楽になった。

 矢玉が飛びう戦場ですら、ぼーっと立っていたってケガもしない。


『火球群の発生と同時にストアに収納しています』


 遠くで声が聞こえる。

 また飽きもせずに魔術攻撃だ。火球か竜巻だろう。どれも発生したとたんに、消えた。光が次々にともっては、すぐに消えるんだ。

 初めからなにもなかったかのように熱風だけが通り抜けていく。

 風のなかで声が響いた。


 攻撃が止んだ?

 どうした。攻撃終了か。


『ラシナよ! 射るなッ、われは使者だ、魔術も撃つな。話がしたい』


 おお。火の壁を突き抜けて、豪華な衣装のお爺さんが来た。

 イヤリングがデカイ。鳥の頭を象った杖を握っている。

 あきらかに、ただ者ではない風体だ。


『われは、ブタンジ・ノール。デ・グナの派遣部隊を率いている。アピュロンの御使いと話がしたい』

「あ、オレは末吉末吉。じゃあ話し相手はオレかな。挨拶とか作法とか知らないからそこは目をつぶってくれ、あとオレはアンタたちがいうところのアピュロンの御使い様じゃないと思うけど」

『魔術食いを見せてもらった。その力こそが、アピュロンの御使いのあかしだ』


 またここでも、アピュロンの御使いか。

 デ・グナが、そう思いたいのなら思わせておいて、こちらも知りたいことを聞くほうが、話が早いかもな。


「まずは聞かせてくれ。デ・グナでは過去のアピュロンの御使いは、この土地でなにをしたと伝わっている?」

『ふむ。詳しい記録はパトロアにしかない。デ・グナに伝わる物語は、おそらく事実の一端しか留めてはいないだろうが、それでも良いか?』

「それでいい」

『ふむ。われらが知ることは150年前にあらわれたアピュロンの御使いが、初代のピンズノテーテドートを殺したから、次の代のパトロア王が永久に焔を噴く監獄をギトロツメルガにしつらえてその者をふうじた────ということぐらいだ』


 へぇ。ピンズノテーテドートって、初代とかいるのか?

 代替わりして名前を継ぐって、歌舞伎役者とかみたいなシステムなんだな。

 あと御使いがパトロアの王様を殺したんだ。それじゃあ、いまでもパトロアからは御使いってだけで憎まれていてもムリはないのか。でもしつこいよな、パトロア。


『スエヨシは、ギトロツメルガを破るために来たアピュロンの御使いだとデ・グナは考えている』

「どうしてそう思う?」

『霧の魔女の予言。ラシナ氏族の伝承がその根拠だ。霧の魔女こそが封じられたアピュロンの御使いだと説く者もいる』



 予言ね。オレがこの場所に来ると、誰かに予言されていたのか?

 それと話の流れからすると、あの建物には誰かが閉じこめられているのか?

 どの国でもオレは、ギトロツメルガに建っている永久焔獄を壊しに来たヤツだと思われているらしい。

 そんな話はアピュロン星人から聞いてないし、オレ自身も壊すつもりなんて全然ないのだけど。


 しかしなるほどな。ギトロツメルガを壊してくれるからという理由で、ラシナ人はアピュロンの御使いの再来を望んでいたのか。

 あの初対面からのフレンドリーさの原因は、それか。


 でもな、どう考えてもオレはやっぱり、アピュロンの御使い様じゃない。

 150年前の転送された人間とは、まったく関係ないんだ。

 ギトロツメルガっていうのがなんであれ、壊すつもりもない。

 アピュロンの御使い様とか呼ばれている予言された人間は、別のヤツだと思う。


「話を聞くと、やはりオレには関係がないな。オレはただ、ラシナの人を殺されたくないだけだ。ギトロツメルガのアレとは、まったく関係ない」


 ブタンジはしばらくうなずいていたが、顔をあげるとなにもなかったように話を続けた。

 またダメか。

 この土地のやつらは、オレの話をまるで信じないな。


『貴殿が欲っする物はなんであろう? なにを望む? アピュロンの御使いでないとしても、貴殿ほどの魔術師ならば、どんな望みだとて叶えられるであろう。金でも地位でも名誉でも。デ・グナは望むすべてを与えよう』


 勧誘か? はいそうですかって場面でもないだろうに。

 こんなときにスカウトするものか。

 現代日本人とは感覚が違うよな。このデ・グナ人は。


「そういうの、いいんだ。いらないよ。オレは、ここの人間じゃないから」


 自分の本来いるべきではない世界で栄達して、どうするんだ?

 オレは日本へ帰れるまでの間、穏やかに暮らしたいだけだ。


「そんなことよりラシナを迫害するな。見てられないぞ」

『貴殿は考えるべきだ。すべて手に入るのだぞ? なのになぜデ・グナと戦う。意味がない。望めば王にもなれるのに』

「そりゃビックリするほどの見返りだ」

『本気にしていないのか? ピンズノテーテドートを超える大魔術師よ。必ず貴殿に国を持たせるとデ・グナは約束できる』


 いらないよ。

 国? そんなのもらって、どうする? 運営とかできないぞ。

 王様だぞといばってみせるのか。わけがわからない。

 オレがいずれここからいなくなる立場の人間じゃなくても、いらない。


「いらないよ。ここにそう長くはいられない身の上なんだ」

『正気なのか? あくまでラシナの側に立ちその他の国と敵対するのか? デ・グナだけではない。パトロアもシシートも貴殿を死ぬまで追うぞ。ラシナに、守りきれるはずはない。いずれは貴殿もこの地に居られなくなるぞ』

「だからオレは、ここからいなくなる人間なんだって。何度も言わせるなよ」


 話が噛み合わないまま、その魔術師は唐突に消えた。

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