第131話 末吉末吉 魔術食い

 デ・グナの勧誘かんゆうを断ると、交渉こうしょうしてた部隊長のブタンジ・ノールが消えた。

 男のいた場所を見てピクトがイヤそうに肩をすくめる。


『立体映像ですね。魔術とかいうちゃっちぃ技術ですよ』


 幻だったのか。見事みごとなものだな、魔術っていうのは。オレには、まったくわからなかった。

 ウイシャが、駆け寄って抱きついてきた。


「どうしたおい、ウイシャ、いきなりなんだ!」

「なにもッいらないとはッ! やはりスエヨシは、アピュロンの御使い様だッ」


 どうしたんだよ。大泣きしているけど。理由がわからないって。

 対応できなくてリアクションに困っていると、ディゼットがワケを教えてくれた。


「自分の中の正義に従い、見返りを求めずに命をかける行為をラシナはもっとも尊いとするのです。150年前の〝霧の魔女の献身けんしん〟の故事こじに由来するき行いとされています」

「いやぜんぜん、違うし。オレは、そういうのじゃないから」


 勧誘を断った理由をしているのか。

 それなら誤解だ。この世界に永住えいじゅうするつもりがないって言っただけだ。

 誤解をこうと話していてもやっぱり、オレの言うことは聞き入れられない。

 ウイシャまだ泣いているし。


 この民族、他人の話を聞かない伝統でもあるのか。オレの喋る意図いとが伝わらなすぎるぞ。

 話しているうちに空中から光と轟音ごうおんが広がる。


『デ・グナの攻撃です。まーた、ムダなことをするですねえ』


 光は、まぶしいと感じたすぐ後に消えた。

 火の塊をびた瞬間に、ピクトがストアしたのだろう。火の玉は消えた。

それでもまだまぶしさが目に残っている。


「すごいな。空をおおうほど多数の火の玉を撃ったのか。仲間にならないとわかれば、即行そっこうで殺そうとするんだな。ヤバッ」


 多数の火の玉での攻撃は、山火事が丸ごと空を飛んでくる勢いだ。

 火の玉の表面温度は、とてつもなく高いらしい。熱気があふれて、周りの木々が揺らいで見えた。


「これは、火の玉にかすっただけでも消し炭になりそうだな」


 もちろん、どれほど熱くても問題はない。

 どんなに高温な物体だろうとストアには収納できる。

 実際のところ、オレに向けられた火の玉も熱気も、見る間に、すべて消えてしまっていた。


「見事だよな、ピクトのストアは。相手の攻撃がまるごと無効になる。戦闘って感じじゃないぞ。オレは楽だからいいけどな」

『そもそも、この世界の攻撃など、このピクトを相手にしては意味がないのです』

「しかしなぜ魔術での攻撃というと、火の玉だけなのだろうな。水の玉とか風の玉とかも出せそうじゃないか?」

『出せることは出せるらしいです。でも破壊が目的なのですから、種類を増やす意味がないんでしょうねぇ。また、火の玉ならぶつけたあと延焼を狙えるですしね。あと燃えているところに水の玉が当たったら火が消えたりするですし』


 言われてみれば、そういう考えもあるか。魔術を戦争に使っていると、いろいろ考えるものだ。

 とりあえず、デ・グナの攻撃は防ぎ切った。一息ついて腰を下ろしていると、後ろで声がした。



「なんという、奇跡だろうか」

「やはりスエヨシ様にかなうものはない」

「やはり御使い様は素晴らしい御力おちからを持っておられます」


 ラシナの人たちが口々にオレをめそやすが、正直いって他人事ひとごとだ。

 実際にストアを仕切ってラシナの人を守ってくれているのはピクトだし。


 道端の岩に座り、ピクトと雑談しながら缶コーヒーを飲んでいると、周りにいたウイシャとディゼットがしきりに空を見つめている。

 長いな。なにかを探しているのか?

 ラシナ側から歓声があがると、デ・グナからは、さらに大きな声が上がる。


「なにが起きている? 今度は、どうした?」


 地鳴りと木の倒れる音が連なりうるさい。鳥や獣の鳴き声がけたたましい。

 視界の地図を確認するまでもない。またあの巨人だよ。もうオレたちの近くまでたどり着いたのかよ。


『いよいよ、青いイルクベルクバルクがここまで到着しましたですね』


 デッカいなあ。

 やっぱり巨大なロボットに見える。

 鳴る足音と振動が大きくなって、金属のぶつかる音も混じる。

 音の圧力で倒れそうだ。


『あのデカいガラクタは、このピクトめに、おまかせあれです』


 すこともなくイルクを眺めていると、ピクトが声をかけてくる。

 どう対処するのかわからないけど、任せろっていうんなら、丸投げだ。


『あ。その前に、ちょっと判断してほしい事柄があるです』


 視界にいるイルクにマーカーが重なる。なんだ? 注意点か? 


『はい、そうです。あのイルクベルクバルクの機体を人体になぞらえると後頭部あたりに、現地人が載ってるです。どうしますぅ? このまま攻撃するですか?』

「現地人? あのイルクを操縦そうじゅうしている人間がいるのか?」

『いいえ。操作は別の場所からです。操縦者そうじゅうしゃは巨人の後方を進む軍勢のなかにいますね。載せられている人物は意識もありませんですし』


 載っているヤツは関係ないにしても、イルクは人間が操っているのか。

 なるほどな。あの巨人は自分で考えて動いているわけじゃないのか。


 それと、載せられている人間には意識がないと言っていたな。運ばれているのか? じゃあそれは危険な状況だよな。


「ピクト、イルクに乗せられているヤツを無傷で捕らえられるか?」

造作ぞうさもないですね』


 話に集中していると、後ろから呼びかけられる。

 ラシナの子どもらか。


「スエヨシー、大きいのに、ぶたれるよー」

「あぶないからにげなよー」

「スエヨシ危ないのわからないからなー」

「あー、教えてくれてありがとうな。オレはちゃんとうまく逃げるぞ」


 青いイルクは上体をらすと、大きく手を振る。

 台風みたいな風が起こり、低い轟音が長く続く。


「当たらなくても迫力だけで、大変なものだな」


 身体についた石がきちらされて、ガンガンと周りの木々に当たる。

 はからずも、体にくっついている石までもが武器になっている。タチが悪いな。


「なあ、風圧だけで危なそうだぞ? このままでいいのか?」

『は? いいんです。あんなのは、すぐに消えますですから』


 突然に周囲から音が消えて、体を揺らすほど大きな風がオレの身体に吹きつけて、そのまま通り抜けた。


『イルクの機体の収納、完了しましたです』

「はー。ホントにすぐに消えたんだな」


 足跡だけを残して、青いイルクの巨体は消えた。

 ポッカリと音が消えてやけに静かになる。

 少し開けた荒れ地に風が吹きぬけただけ────それで終わりだ。


 デ・グナの兵隊たちの動きが止まり、だれもが呆気にとられて空を見ていた。

 ポカンとしていたのも束の間、動揺が漏れた声とともに広がる。

 信じられないよな。いきなり巨体が消えたんだもんな。

 オレだってそう思うよ。


「イルクベルクバルクまでが……」

「どんなものでも、食われてしまうんだ」


 身じろぎが後ずさりとなり、押し合う動きが波のように伝わってると、ほどなく崩れるように人の群れが退いた。


『デ・グナ、退却してるです。イルクの上にいた人間も機体とともに、ストアで収納しています』

「そうか。ピクトおつかれ。人間もストアできるんだな」

『ね? ピクトの言ったとおりになったですよ?』


 視界の表示に、イルクに載せられていた人の情報が浮かんだ。

〝ラシナ人〟と表示されている。

 乗せられていたのは、ラシナの人か。


「ストアで収納した人は、無事なのか?」

『もちろんです。ただ、はじめに言ったように元から気を失っていましたですよ』


 なんのために、デ・グナは巨人の上にラシナの人をくくりつけていたのだろう?

 変なことするものだ。

 刑罰とかそういう見せしめみたいな仕打ちかもしれないな。


「残りの者らは、私が仕留めましょう」


 ディゼットは散り散りに逃げるデ・グナ兵を倒しはじめた。

 細かい火の玉を無数に飛ばして敵を撃っている。しかも射程が500メートルくらいある。

 ディゼットの魔術ってスゴいよな。パトロアの精鋭らしい大円座のヤツらが使う魔術より強くないか?


『デ・グナ退治は、あらかた終わったです。作戦成功のファンファーレでも、辺りに鳴らすですか?』

「いい。そういうのは、要らない」


 盛り上げる効果音なんて鳴らさなくても、ラシナの人たちのき立ちようはとんでもないレベルだし。

 歓声があがり、踊っている人もいる。完全にお祭り騒ぎだ。


 高揚しているラシナのうちの幾人かは喜びを言葉にのせて、またあのジェスチャーをしている。

 片手の指先を摘んで、胸の前で横に引く動作だ。

 なんかブツブツ唱えているようだ。一連のしぐさは、ラシナに伝わる〝おまじない〟の類なのか?


『直訳すると〝ラシナはアピュロンの御使い様とともに楽土らくどいたる〟まあ要するに、お祈りの一節です』


 ピクトの解説を聞いて、頭を抱えてしまった。

 ほんとうに、かんべんしてくれ。

 オレのは、そういう行いじゃない。ただ他にどうしようもなかっただけなんだって。


「まさしく、これは……神話のなかでしか起きない事ではないかッ」

「英雄が怪物を退ける英雄譚が始まったのだ!」

「霧の魔女さまの予言が成就じょうじゅするぞ……」


 口を揃えてめそやすラシナの人たちへ、何度目かの説明をする。

 オレは、完全に伝承の存在にされてしまっているみたいだ。

 誰もがキラキラしたヤバい目つきでオレを見ている。

 ああ、いやだいやだ。

 なんかもう、やみくもに走って逃げたくなるぞ。


「だから、そんなんじゃないんだって。誤解だから。ただ優れた道具を使っただけだって。しかも借りた道具だしさ。ぜんぶアピュロン星人の科学力のおかげなんだよ」


 自分じゃ仕組みさえ理解していない道具。違う星の生物が作った機器の機能なんだ。

 もちろん。この話もまた聞いてくれない。そうだよね。わかっていたよ、うん。

 とはいえ、この場は居心地がすこぶる悪いぞ。早く日本に帰りたいなあ。


「なんであっても、立派なことですよ」

「アピュロンの御使い様。えらい」


 力なく笑うしかない。ダメだこりゃ。

 ウイシャたちは話し合ってうなずいている。


「ラシナは光明こうみょうを得た。スエヨシ様こそが、わが一族の望みを叶えてくださる御使い様で、まちがいない」

「ラシナの者が夢を追い、倒れかけた果てに手を差し伸べてくださった、報いの主だ」


 こんなのは、もうオレの手に負えない。

 里右と合流してから説明してもらおう。


『ひひひ。人知の及ばぬ御業みわざというやつですよ、このまま現人神あらひとがみとしてラシナに、そしてやがては大陸に君臨すればいいじゃないですか? ハーレムとか作れますよ?』


 ピクトがまた適当なことをいう。性能に比べてインターフェイスの作りが雑だよなあ。このアプリはッ。


「だからな、オレはやがて日本に帰るの。この世界で、のさばって偉そうにしていても、意味ないだろ。責任持てないから、あんまり現地の人とは関わりたくないんだ」


 オレの考えがなんであれ、どんな扱いであれ、ラシナの人たちは前に進む。

 ギトロツメルガへと行く。

 ラシナの戦いはまだ終わってはいない。

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