第132話 末吉末吉 小石の魔女


 ラシナ氏族を待ちせしていたデ・グナは戦場から退却した。

ピクトが青いイルクをあっという間にストアに収納してしまったら、恐れをなして逃げたのだ。


 デカい巨人を一瞬で消したのだから、デ・グナの僧兵たちが驚いて逃げるのもムリはない。

 壊されたとかじゃなくて、跡形あとかたもなく消えて無くなったところを見せられたのだ。なにがどうなったものか理解が及ばないのだろう。


「さーて、デ・グナのヤツらの置いていった武器や食料をストアで集めるか」


 ピクトに回収を頼む。大量の物資はコピーの原料にもなるしな。手早く集めるぞ。

 ポイポイとモノを消してストアに収めつつ、移動する。ストアする様子を見たラシナの人は、もれなく感嘆するんだよな。


「一瞬で大きな荷車が消えたぞッ」

「木の幹に突き刺さったたくさんの剣や槍が無くなったわ!」

「散らばった矢玉やだまが、こんなに簡単に集まるとはッ」


 何度も見ているはずだけど、この作業はラシナの人たちに大好評だ。

 じっさい、ストアは地味な収集にも役に立つ。

 むしろ平和的な利用のほうが、オレも気分がいいくらいだ。


 輜重しちょう隊の台車に集めた物資を載せ替えたあと、ラシナの侵攻軍は休むことなく、ギトロツメルガをめざして出発した。

 なんかますます気合いとか入って、やる気満々だよ。



 進み始めてほどなく、永久焔獄の外構が見えてきた。

 同時に黒い壁の周りで、うろつく兵士もまた視界に入る。

 ガクガクした動作で歩いている人間は、誰もがまともな姿形じゃなかった。


「でたよ、ゾンビの兵隊」


 ゾンビは、オレたちを見てもパトロアの本隊に連絡しないのが良いけどさ。

 だけど、ゾンビなんて見ているだけで気が滅入めいるんだよなあ。

 そんなオレとは対照的に、ラシナ氏族の皆さんの士気は高い。

 さっそく作戦会議が始まっている。


「永久焔獄の外構は、屍兵が防衛しているのか」

「アレが相手では、ケンジュウなど効くまいて」

「いやいや、そうでもあるまい? 屍兵とて膝を砕けば、動けぬ」


 みんなで意見を言い合いながら防御の手薄な所の偵察を行いつつ、各氏族から突撃隊を編成している。

 前後から敵に挟まれて窮地きゅうちにおちいっているのに、やたらと元気だ。

 ある意味頼もしいけど、やっぱり不安はぬぐえない。

 基本的にオレはこの戦争の当事者とうじしゃじゃないから、でしゃばれないけどさ。


「戦闘前の空き時間って、変にヒマだな」


 ラシナのみんなが戦争の支度をしている間は、やることがない。

 邪魔にならないように隅に座って、里右との通信ができないものかと、あれこれ試していると、ピクトが出てきた。


「どうした? 敵でも近づいているのか?」

『周囲は安全が確認されました。ピクトは捕まえた者をどうするかの指示をいただきにきたです。ストアから、あのイルクの上にいたラシナ氏族を外へ出すですか?』

「そうだ。忘れていた! 保護したままだった」


 身体に損傷そんしょうなどの問題がないと、ピクトに聞いていたから、周囲が安全な状況になるまで収納していたんだっけ。


 さっそく、ストアから草地に出して横たえる。

 外見や服装から女性だ。ラシナの人だ。

 よくわからないけど顔立ちは整っている方だろう。年齢はオレの感覚だと10代後半なのだけど、ラシナの人の年齢は外見からはわからないものな。


「ピクト、この人ってさあ、ぜんぜん動かないけどケガとかないんだよな? ただ寝ているだけ、だよな?」

『もちろん、健康体です。もうじきに目を覚ますです』


 近くにいたラシナ人に仲間が倒れていると伝えると、倒れている女性をひと目見て、走っていった。

 知り合いなのかな? 


「とりあえず、オレのやれることは、これまでか……」


 見るともなく目を向けた巨木のむこう側から遠雷えんらいみたいな音がする。

 もう日が暮れるのに、まだ戦争をやっているのか、嫌だな。

 もっとも、日がどこにあろうとも戦争は嫌だけどさ。


 いつものとおり、ボーッとして缶コーヒーを飲んでいると、飛ぶような速さで足音が近づく。

 ああコトワか。なんだか今日はいつにもまして勢いがスゴいな。


「母さま!」


 え? 母さま? 

 寝ている人に取りすがって、母さまという呼びかけを続けている。

 え? つまり、この寝ている人は……コトワのお母さんなのか。

 ふたりが並んでいるのを見ても、姉妹にしか見えないぞ。

 人の年齢の判別とか苦手なオレにしたら、ラシナ人の外見は完全にワケがわからない。


「スエヨシ、母さまはケガをしているの?」

「だいじょうぶだぞ。身体はなんともない。ただ眠っているだけだ」


 横になっている母親に抱きついて泣きだしたコトワから、ありがとうの連呼が浴びせられる。

 どう答えたらいいか、事情がわからずに困っていると、ウイシャが、教えてくれた。


「寝ている女性は、ミゼという。コトワの育て親でありセタ・ラシナ氏族で最高の魔術師である〝小石たびしの魔女〟だ」


 彼女は、地中深くに隠されたラシナの持つ青いイルクベルクバルクを、150年前から今日まで独りで守っていた者だという。


 ああ、あの青いのか。デ・グナに盗られて使われていて。さっきピクトが丸ごと捕獲したあのロボは、元はこの人が隠していたのか。

 結果的に、取り戻せたから良かったんだな。


「ほんとだッ小石の魔女さまだ!」

「良かった、ケガもしていない。小石の魔女さま」


 コトワの他の子どもたちも、ミゼさんの近くに集まってきた。

 ラシナの大人の人もこの場に集まる。

 皆の立てる音を聞きつけたのか、ミゼさんの上半身が急に跳ね起きた。

 半分閉じた目で周囲を見回すと、大きく息を吐いた。


「……あれ、あ。私、寝てたの? あーみんないるね。ごめんごめん。私やられちゃったみたい……」


 目を覚ましたミゼさんは、じっくりと辺りを見回している。


「うわ、コトワ! なになに元気そうね。おいで、抱っこさせて」

「うん。母さまもみんなもスエヨシが助けてくれたんだよ」

「ああ、どうも末吉末吉です。ミゼさんが無事で安心しました。大変でしたね」


 会話の流れで挨拶あいさつをしただけなのにミゼさんが固まっている。

 え? なんでだろう。

この人、オレを見てスゴく驚いているぞ。

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