第133話 末吉末吉 150年前の希望

 青いイルクにくくりつけられていたラシナの人を助けた。

 ミゼさんと言う人だ。

 でもなぜだか、ミゼさんは初対面のオレを見て、スゴく驚いているんだ。



「ス? スエヨシッ!」

「ん? オレの名前がどうかしましたか?」

「な、なんでもないッ!」


 なんでもないハズがないリアクションだが? 

 どうも、助けたから感謝されている、というわけでもない感じだ。

 突然ギクシャクするミゼさんは、ことあるごとにオレをじっと見ているし。

 横のコトワは、盛んにうなずいているだけだ。


 この母娘は、オレに対してなにか思うことがあるらしい。

 またアピュロンの御使い様の関係だろうか? 

 正直なところ、聞いてもわからないから信仰の話は、苦手だ。

 そんなことよりも、ミゼさんを捕らえた敵の情報のほうが重要なんだよな。

 彼女へ、デ・グナに捕まったときの状況をくわしく尋ねた。


「デ・グナの兵隊を追い返していたら、どうしてだかわからないけど、いきなり気絶しちゃったの」


 ミゼさんの説明だと、デ・グナ側の用いた呪術とかいうもので自由を奪われていたらしい。

 ギトロツメルガの周りでうろついている死人の兵隊を動かしているのと同じ技術なのだそうだ。


 でもって、現在いまはミゼさんを気絶させた呪術のしばりはけている。

 理由としては気絶させられていたミゼさんをストアに入れたときに、行動をコントロールされていた要素が切れた、と言っていた。

 なんかミゼさん。やたらストアに詳しいんだよな。


 事情を聞いたウイシャがうなる。


「小石の魔女ほどの卓越した能力のある魔術師を生け捕りにしたのか。そんなことをできる猛者もさが、敵にはいるということなのか……」


 ミゼさんは、セタ・ラシナで一番の手練てだれの人らしい。

 じゃあそれはラシナ全体の危機ってことじゃないか。

 敵側に恐ろしい強者つわものがいるってことなのだから、これは、ヤバい事態だ。


 ミゼさんの周りで指を振っていたディゼットが、変な呪文みたいなのを唱えた。

 すると彼女から黒いモヤが宙に湧いては、ただよう。


「ミゼの周りに、呪術に使った魔力線の切れ端が残っていました。呪術の痕跡こんせきです。つまりミゼを襲ったのは、ファシク家の生き残りのようです」


 ディゼットの言葉に、ウイシャがとまどう。


「どうしてファシク家の者が? アレは、もはや絶えた家系ではないのか」

「シシートに分家があったそうですから、そこの者でしょうか? 小石の魔女の隠していた群青のイルクを手に入れるために出てきたのだと思われます」

「なんとな。パトロアとラシナの戦いに、デ・グナに加えてファシク家までが割りこんできたのかッ」


 みんな、言葉に詰まった。

 新たな敵の参戦を思うと、ラシナの戦いの成り行きに一筋の光明も見いだせなかったからだ。

 沈黙を払ったのは、ことさら朗らかに声を張ったウイシャだった。


「いや、考えてみればファシクの者が狙うとすれば、目当てはピンズノテーテドートだろう。我らが上手く立ちまわれば、案外ギトロツメルガをろうせずに崩せるかもしれんぞ」


 苦笑しながらも笑っているウイシャと対象的にディゼットは無言で考えこんだままだ。

 大人たちの気の塞ぐやり取りを尻目に、コトワは久しぶりに会えたらしい母親へベッタリとくっついている。


「ねーねー母さま、ほんとうに身体はだいじょうぶなの?」

「うん。ごめんね、心配かけて。コトワこそ、元気だった? どこもケガしてないの?」


 母子がいたわりあう景色は、見ていてなごむ。

 ピクトがミゼさんをストアに取りこんでくれて、ほんとうに良かった。

 気がつかずにあのロボと普通に戦っていたら、上に乗せられていたミゼさんは死んでいたかもしれないからな。


「スエヨシ様、ありがとうございました」

「結果として助けた形になっただけです。意図いとしてミゼさんを救助したわけではないですから、気にしないでください」

「あ、スエヨシ様。あの、かしこまらないで。私のことはミゼと呼んでください。なにせ、あなた様は命の恩人なのですから」

「えーと。わかった。では遠慮なく。そっちも末吉と呼んでくれ」


 改めて思うけど、この世界の人は、異国というか異世界の人間を見てもぜんぜん驚かないんだよな。

 精神的に大らかなのか、雑多な人間を見慣れているのか。実にふしぎだ。


「日本からこの森に来る人の話は、霧の魔女さまがくわしく教えてくださったの。だからラシナのみんなは驚かないの」

「ああ、そうか。霧の魔女って、たしか予言者だったんだよな」


 霧の魔女か。誰、だっけ? 

 ……思い出した。里右の話の中にも出てきた人だな。

 そうだ、ミゼ。

 里右はミゼって人とも会話していたな。この人がそうだったのか。

 子どもだと思ったけど、大人だったんだな。


「霧の魔女って、どんな人だ?」

「霧の魔女さまは、ラシナの大恩人。救い主。パトロアで神にも等しいといわれる大魔術師ピンズノテーテドートを退しりぞけた、ただひとりの御方おかたなの」

「ラシナ史上、もっとも優れた魔術師だよ」

「なにより、良い人間だ」


 いつの間にかオレとミゼの話に周りのラシナの人が加わっていた。

 誰もがこぞって霧の魔女をほめそやしている。いきなりこの場所が〝霧の魔女絶賛称えまくり集会〟となっていた。


「霧の魔女って、ラシナの人にやけに好かれているんだな」

「うん。みんな霧の魔女さまのことが大好きなの。でも150年前にピンズノテーテドートに閉じこめられたの」

「あの煙を吐き出している黒い建物に囚われているのが、霧の魔女なんだよな」


 ギトロツメルガの永久焔獄に閉じこめられたその人を助けるために、ラシナは頑張っているんだよな。

 恐るべき影響力だ。霧の魔女の奪還が、ある種の信仰みたいになっているし。


「霧の魔女を助け出せたら、パトロアとの戦いにも勝ち目が出てくるんだろ?」

「う? うん」


 反応が微妙だな。オレは変なこと言ったのかな?

 ────なんだろう。

 ひどく重要ことを見落としている気がする。確認してみよう。

 えーと、初代のピンズノテーテドートが、この辺りにいたのは150年前。その時代の話だよな。


 ただの人間のオレにとっては、ずいぶんな昔だ。

 けれどラシナ族の感覚に変換すると、たぶん15年くらい前の話の印象なのだろう。


 150年前に、この世界に転送された日本人のなかに、大昔の伝説の人間と同一視されるヤツがいたんだ。


「名前は伝わっていないのだけど、パトロアの王族の誰かを殺されて怒ったピンズノテーテドートが、ラシナ氏族と霧の魔女さまを攻めたの」


 あいまいなミゼの話に、ディゼットが情報をつけ加えた。


「ニッケル・ハルパ。殺された女王の名前はニッケル・ハルパだったと聞いています」

「犯人は霧の魔女なのか? 霧の魔女がパトロアの女王を殺したから、あのギトロツメルガに閉じこめられたのか?」

「違うよッ! サトリサ様は、そんなことしていないのッ。戦いの最中でも敵を殺そうとは、なさらなかったのッ」


 霧の魔女の名前は、サトリサというのか。

 あれ? サトリサ? 


 え?


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