第119話 谷葉和豊 大魔術師と魔女


 ニッケの葬儀が終わった翌々日、ピンズノテーテドートはパトロアの全権を握った。

 架空の大魔術師は、ついにパトロア教国の王となったんだ。


 あっけないほど、周囲からの反対はなかった。

 まるでずっと前からピンズの王位継承おういけいしょうが決まっていたかのように、すんなりと決まった。

 数か月前からニッケがピンズへ王権をゆずる計画を進めていたからだ。

 そんな計画が進められていたのは知らなかった。

 だけど、ニッケがボクに王位を譲りたいと考えていたことは知っていた。

 彼女が望むのならパトロアの王様になってもいいと思っていた。

 だけど、こんな形でニッケの望みがかなうなんてな。


「それでも、使わせてもらうよ。王様の権力が必要なんだ」


 即位式そくいしきもそこそこに、パトロア王室軍のほとんど全兵力である50000人の兵隊をカルプトクルキトの森へ、里右里左のいる場所へと向かわせた。

 街ひとつほどの人数が移動しているが、ボクのまわりには音らしい音もしない。

 風延が3重にボクの身体を囲んでいるからだ。


 近ごろ、ノイが以前よりもっとボクの近くにいるようになった。

 そうだな。最近のボクはいつも死にそうな顔をしているからな。心配なんだろう。今日もとなりに立っている。


「霧の魔女と話し合いなどしなければ良かったな」

「はい」


 言うともなく漏れたつぶやきに、ノイが返事をする。

 いつもより返答が短いな。

 ボクに気を使っているのだろう。口数が急に減った。

 ほんとうに良いヤツだな。


「霧の魔女へは、屍兵で対応する」


 めずらしく即答しなかった。だが目をそらさずに、ゆっくりとだけど、返事をした。


「はい」


 里右は兵士を眠らせる。

 だったら眠らない兵隊で攻めればいい。

 死体を操る呪術で作った〝屍兵〟を使う。死体は眠らないからな。

 もう忌避きひもなにもない。呪術だってなんだって使う。

 里右を殺せさえすれば、それでいい。

 ストアで消しきれないほど大量の屍兵で囲み、後方からそいつらのあつまった場所へ火球をてば、すべてが済む。


「動く死体とともに、魔女を焼いてやる。それで終わりだ」

「はい」


 コミュユニットのレポートでは、里右のメディック・ユニットに物理攻撃を止める能力はない。

 ストアのレベルは、ボクと同じレベル1。

 里右は大軍の攻撃を防げない。


「里右里左は、ここで殺す。ただし命乞いのちごいをした場合は捕らえて女王を殺害した理由をう」

「はい」


 騎士と魔術師たちで森を大きく囲み、コミュユニットを通して里右へ呼びかけた。

 気がつけば親指のあたりに爪が食いこんで血がしたたっていた。

 叫びだしたくなる自分をおさえているうちに、拳を握りしめていたらしい。


 なにも知らないうちにニッケを亡くした。

 そのうえ里右がニッケを殺した動機が、いまだにわからない。

 知ったところで、意味がない。そんなことは、わかっている。だけど、ボクはニッケが殺された理由を知りたかった。



 この世界で里右の脅威になり得るのは、ボクだけだ。

 ボク以外の誰を殺しても、里右にとってボクに敵視てきしされているという状況は変わらない。

 むしろ、ボクの考えが里右への報復攻撃ほうふくこうげきに固まっただけ、里右にとっての状況は悪くなっている。


 やるだけ不利益になる暗殺を、なぜ里右は実行したのか?

 不可解なことに、この件に関してはコミュユニットの出すレポートの回答がいまもって要領ようりょうを得ない。これも里右の仕業しわざなのか……


 急いで森の際に行き、里右にニッケの殺害について問いただしたが、返ってくる言葉は、自分が犯行を行っていないという主張だけだった。


『え? なに? 刺す? 誰が? 私、誰も殺してない。私、人なんか殺したことないから。それ違うよ。人違いだよ』


 なぜだ? 

 里右が、いまさらニッケ殺しを否定してどうなる。意味がないじゃないか。どうせ敵どうしなんだぞ。


「ニッケはアピュロン星人のアメニティ・ボックスに入っていたナイフを使って殺された。ボクが探知した転移者はオマエだけ。だから、パトロアの一帯でボクのもの以外で存在するアメニティ・ボックスは。つまりニッケを殺せるのは、なんだよ、里右里左ッ!」

『他の転移者は、いるよ。どうしてわからないのよッ』

「いない! ボクのコミュユニットは誰もあざむけない」

『だから犯人もコミュニケーション・ユニットを持っているんだって! ツール・ユニットの能力で自分の存在を隠蔽いんぺいしているのッ』


 ああ、そうだろうな。確かにボクたちの他にもこの辺りに転送されたヤツがいる可能性だって、いくらかはあるだろう。

 だがそれは可能性の話だ。確実な証拠はない。


 それよりも、コミュユニットの探知をあざむくほどの隠蔽いんぺいができる転移者をなぜ里右が見つけられたのか。その点に違和感がある。

 同じ可能性の話をするのならば、いまコイツが苦しまぎれのデタラメを言っている可能性のほうが高い。

 だからやはり、犯人は里右だ。


「もうやめろ。確かめようのない話なんて、するだけムダだ」

『話してよ。ムダじゃないから。なんのためのコミュユニットよッ』

「必ずニッケのかたきつ。里右里左、おまえはここで死ぬ」

『あんたッ、ほんとッいい加減にしなさいよ!』


 ニッケの殺害を認めないまま、里右はまだ話しかけてくる。

 もううんざりだ。悪あがきは、やめてくれ。


『自分の身近にもう一つコミュニケーション・ユニットがあるのに気がつかないの? あんたの近くにいるヤツが怪しいって。コミュユニット持ちが感知できないとしたら、もうそいつがニッケ殺しっていう事件の犯人だから』

「だから、そいつはどこにいる?」

『そんなの私にわかるわけないじゃないの!』


 敵側は話をしつつ、霧を発生させたな。そんなもの想定の範囲だ。


「霧か。焼くだけだ。ナノマシンなど、ボクまで届かせない。おまえの攻撃は無意味だ」


 まだ里右は大声でわめいているが、もう耳にも入らない。ムダだ。


「おまえはどうだ? 第五階梯の魔術を防ぐ手だてを持っていないのは、わかっているぞ」


 あれほど騒いでいた声が止まる。なんだ? 


『手だて? あるわよ、そんなもの。私には魔術とか効かないから。ストアのなかにいるから、魔術なんて意味ないからッ』


 は? ストアの中だと! 

 里右は、自分を収納するつもりなのか。

 しかし、一時的に閉じこもってどうする? いずれは、出てくるしかなくなるだろうに。


「おまえだって、なにもできなくなるんだぞ?」

『いいじゃない。私は他人を攻撃なんてしたくないし。それに私がなにもしなくても、あんたは勝手に死ぬわ』

「ボクが死ぬ? どうやって?」


 ばかばかしい。いったい誰が殺せるというんだ? 異星人のテクノロジーを備えた世界最強の魔術師であるこのボクをッ。


『王は死ぬものだ、だよ。谷葉君』


 ほんとうにコイツは、なにを言っているのだ?

 ボクが死ぬとは、どういう意味だ?

 里右の想定する攻撃の手段がわからない。

 ボクが、自分でも気がつかないうちにミスをしたのか?

 そんな確実にボクが死ぬワケがない。

 またコイツは、ふざけているのか?

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