第三章 別世界転送

第118話 谷葉和豊 残されたもの


 カルプトクルキト大森林にもるラシナ、というか里右里左へパトロアの軍隊を向かわせていた。

 2度めの遠征だ。

 おそらく里右は考えを変えないだろう。

 つまりラシナは、イルクをパトロアへ渡さない。

 つまり今度は戦争になる。

 はーッ、めんどうな成り行きだな。


「まったく、気が重いよ。これでボクがメディック・ユニットを利用する計画は実行できなくなってしまったな。あーあ。里右を捕虜にしてユニットを使わせるとか、できるかなあ。ラシナを人質にすれば、いけるかも?」


 ムダな争いなどしたくはないのだが、里右には話が通じない。

 まさか同じ日本人のほうが異世界の住人よりも話が通じないとは、予想もしてなかったよ。

 里右里左は、まったくなにを考えているかわからない不愉快なヤツだ。


「ピンズノテーテドート様に、ご報告ですッ!」


 この日の行軍中に息せききって走ってきた伝令から、あり得ない報告があった。


『女王が────亡くなった、だと?』


 ニッケル・ハルパ女王が亡くなった?

 なくなる? 

 意味がわからない。そんなハズがない。

 女王は難攻不落のパトロアム城内にいて、その周囲はコミュユニットが常に抜かりなく警戒してるんだぞ?

 しかもそのユニットは、今日のこのときまで、異変なんてひとつも知らせていない。


『────だが、これほど重要な報せが間違っているとも思えない』


 なによりニッケの所在をマップで確認すると、ドットが消えていた。

 コミュユニットでニッケの名前を検索したら────〝死亡〟と出ていた。


 間違いでは、ない。

 そうだ事実だ。確定だ。

 ニッケは死んだのだ。


『こんなことがなぜ、起こる?』


 何度もコミュユニットに確認した。

 問いに対するすべての返答は、ニッケル・ハルパ女王の死亡報告が事実だと示している。

 でも信じられない。信じられるわけがない。

 ほんの5日前までニッケは健康だった。死因は病ではありえない。

 事故も襲撃も毒物も事前にわかる。

 ニッケはコミュユニットの作った警戒網で囲って守っていたんだぞ。

 それなのに、なぜ?

 なんの警告も無かったんだッ! 認められるものか、こんなこと!


 だが、事実は揺るがない。ニッケは、もういない。この世界のどこにもいない。

 会えない。ニッケに会えない────会えないッ。

 ああ。ダメだ。

 考えるほどに力が抜けていく。ボクは、椅子から立てなくなっていた。


 気がついたのは、パトロアム城の中だった。

 ニッケが亡くなったという報せを戦場の指揮所で聞いてからの、一昼夜の記憶がない。

 急いで戻ったパトロアム城では、すでに葬儀がりおこなわれていた。

 ボクは無言でニッケのひつぎにとりすがっていたらしい。もちろんその記憶もない。

 後日の、コミュユニットのレポートでは、ニッケが殺されたと確認したボクは、その直後からひどく混乱していたらしい。


 ボクが自失している間は、ピンズノテーテドートのAIと、ノイが諸事うまく対応したようだ。なにも問題は起きていなかった。

 ただ後から記録を見ても、どの言動もボクの記憶には残っていない。他人の行動のようだった。


 ボクの頭には、ずっと後悔しかなかった。

 どうすれば、ニッケを死なせずに済んだのだろう?

 どこで間違ったのか、わからない。


「なにが、世界最強の魔術師だ。好きな人ひとり守れないじゃないかッ」


 いくら後悔しても、みすみす殺させてしまったニッケは、もう戻らない。

 そうわかっていても、考えずにはいられなかった。

 考えていなければ、正気を失いそうだった。


 なぜだ。なぜニッケの危険を探知できなかった?

 コミュユニットは、全世界を網羅もうらして彼女を警護していたのだぞ。

 犯人は、どんな手段で探知の網をかいくぐった?

 そしてなぜ、コミュユニットには、ニッケを殺した犯人がわからない?

 この異世界にアピュロン星人のツール・ユニットを出しぬける存在ものがいるというのか?


 ────いる。いたな。

 こんなことのできそうなヤツがひとり、いる。

 転移者だ。つまりは、里右里左だ。


「ニッケを殺した犯人は、里右里左だなッ?」


 コミュユニットに問いかけても、回答は特定できないと返信するばかりだ。

 なぜわからない? この世界で起きたことを、なんでも記録しているはずの機械じゃないか!

 憤りをぶつけるように何度問いかけても、犯人の名前は得られなかった。


「おまえは世界のことを、なんでも知っているんだろッ!」


 コミュユニットのレポートは、知り得ることのみ知ると答えるだけだ。

 それでは、ただの役立たずだろう。

 コミュユニットをまともに動かすためには、もっと情報がいるのかもしれない。


 犯人を見つけるための手がかりを求めて、ニッケの私室に入る。

 初めて入ったその部屋は、女王の私室とは思えないほど簡素な場所だった。

 ほぼ野戦の指揮所で暮らしていたから、ボクと関わるまでロクに使ってもいなかったと侍女が言っていたな。


「そんな暮らしで、良かったのかな。ニッケ」


 文机にはニッケの手紙が書かれたまま、無造作に積み重なっている。


「書いたまま、ボクへ渡さなかったのか」


 どの手紙も、ニッケの自筆だ。祐筆ゆうひつの筆跡ではなく自分で書いていた。

 それだから書き間違いが多い。何度も同じ箇所を訂正していた。

 ニッケが、心情を表すのに苦心しているようすがうかがえるな。

 どの手紙の文面にも、必ずためらいや戸惑いがあった。


〝カズトヨが来てから毎日が楽しい〟

〝どう報いたらいいだろう〟

〝こんな自分と同席させていて心苦しい。つまらなくはないのか〟


「なんだよ。ボクへの手紙ばかりじゃないか……」


 ダメだ。

 読めない。文字がにじんで、ちゃんと見えない。

 そう思ったとたんに、視界に補正がかかって文字がクリアになる。

 つまらないことばかり気がまわるな。アピュロン星人の行動サポート機能は。

 やって欲しいのは、そういうことじゃないんだよッ!


 けっきょく彼女の身のまわりに、今回の凶行につながる品はなかった。

 なぜ、ニッケを殺す必要があったんだ。それで誰が得をする?


 殺害に使われた凶器は、アピュロン星人が転送者全員に持たせたアメニティのなかのナイフだとコミュユニットのレポートも報告している。


 あれは転送された者なら誰でも持っている代物だ。

 だが、ここの現地人は持っていない。

 もしも、この世界のだれかがアピュロン星人のナイフを手に入れたとしても、使えはしない。

 視界で働く行動サポート機能がなければ、刃を伸ばせないしくみなんだ。


 だから現在の容疑者は、この世界にいる転移者全員だ。

 最悪、各人に会ってアメニティ・ボックスにコミュユニットを接続すれば、ナイフの有無や使用記録をとれる。

 だけど、パトロア厶周辺の半径千キロ以内にいて、ボクをあざむけるほどツール・ユニットに詳しいヤツは限られる。いや1人しかいない。

 すべての証拠が示す犯人は、里右里左だ。あの女以外の人物がやったとは考えられない。


「────必ず、償いはしてもらうぞ、里右ぉ!」


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