第117話 刈夕加江 ピンズノテーテドート大先生

 転送させられた異世界で腰を落ち着けていたメアンの街。ここも戦場になる可能性があるらしいのね。

 そういえば国境の街だし。確かに危険かも。

 それじゃあこの国では、どこが安全そうなのかしら?

 この国の情勢を侍女じじょたずねてみた。


「はい。首都のパトロアムがきっと一番安全ですわ。諸国を巡るとても強い大魔術師様が来ていらっしゃいますもの」

『ふーん。興味はないけど、パトロア教国って、たしか強力な術を使える魔術師が優遇されるのよね? 国が、その大魔術師をみつけて招待しょうたいしたってこと?』

「ええ。ピンズノテーテドート様は、まさにそういうすぐれた術者だといわれています。おまねきしたかどうかまでは、わかりかねますけれど。大魔術師様はパトロアに、お味方されているそうです」


 なるほどねぇ。ピンズノテーテドートね。転送されてきたヤツだ。谷葉って名前だったよね。

 アピュロン星人のツール・ユニット持ちでなおかつ魔術師なら、そうそう異世界人には負けないでしょうね。

 ディスコミュユニットで少し調べるかな。


 ああそうだったよね。現在、この国パトロア教国とデ・グナ法国、シシート王国の3つの国はずっと戦争しているんだよね。

 そのウワサのピンズノテーテドートが、パトロアの味方をしてくれているおかげで、パトロアは各地の戦闘で勝っていたのね。なるほどなるほど。


 アイツが手助けしているなら、パトロアは安泰あんたいかもね。

 じゃあ暮らす国はパトロアで良いか。けど、場所はより安全な首都に行かなくてはダメね。

 そうと決まれば、さっさと行動に移そうっと。



 〝重病の祖母の見舞いにいく〟という設定で領主を精神操作して、護衛と侍女と馬車を用意してもらった。

 あとは────

 アタシと10日間会わなければ、メリタに関わるすべての記憶が消える暗示を多くの人にかけた。はい、これでオッケー。


 それから12日ほどでアタシは、パトロアの首都、パトロアムに到着した。


 パトロアムは淡い色の石材でできた、かなりオシャレな街だった。配色はピンク多めかな。尖ってる塔がたくさんあった、かも?

 けど、そこはまあいいか。街並みとか、そんなに興味ないし。

 予定通り街に入って、適当な貴族に親族のひとりと錯覚させて暮らしていたわけ。


 ウソの名前に別人の姿形を信じこませた偽りの人間関係で暮らす。

 しばらくは、ウソの山を築くのね。

 で、会話の矛盾なんかがまると、すぐに別の場所や人間関係へと渡り歩く。

 そんな暮らしをしていたの。


 嘘で固めた暮らしは、いろいろむなしくなるかな、とも思ったけど、ぜんぜんそういうのは無かったのね。

 そのうちだんだんと、ダマすことそのものが楽しくなったし。

 元から好きじゃない異世界の人間をダマしても、罪悪感とかないしさ。


 他人を利用した暮らしをするうちに、いつの間にかパトロアの宰相、チャリバールの養女におさまっていた。

賢人淑女けんじんしゅくじょ〟とかなんか良くわからない異名あだなで呼ばれるようにもなっていた。

 ディスコミュユニットのAIから勧められるままに王宮に出入りするようになったら、いつの間にか公爵家のお嬢様の家庭教師になっていたのね。

 と言ってもさ、教えているのはAIだから、アタシは、なにもしてないんだけど。


 その公女と川遊びにいったときの話でね。

 変な動物に襲われたの。

 胴長な猛犬で、嫌な感じのウナギっぽい犬なのだけど。

 動物には洗脳があんまり効かないから、わりとピンチだったのよ。


 そんなアタシと公女の危機を救けてくれたのが、なんと────

 ピンズノテーテドート大先生なわけ。


 生で見たら、いっそう痛々しい感じだったですねぇ。

 現地人の子どもとかしたがえて弟子とか言ってんの。

 もうマジうけるんですけど。ゴッコ遊びすぎるんだけど。

 本人は姿を隠蔽いんぺいしていたけど、より上位レベルのツール・ユニットを持つアタシには丸見え。アイツ、おバカよねぇ。

 お爺さんの隣にいるパーカーを着ているヤツが谷葉だっけ? メリタの立体映像をアイツを見えてない感じで、視線をピンズだけに合わせて会話させるのが大変だった。AIは、アタシの気持ちに同調するからね。何回か笑いそうになったし。


 でも向こうは、まったくアタシに気がつかないの。

 ウソつきどうしの初顔合はつかおあわせだったけど、なんのことはないわ。完全にアタシの方が上手うわての詐欺師だったわけなの。

 それで一瞬さ。谷葉を操って帰還きかんのためのバーサタイル・ポイントをうばおうか、とも思ったけど、やめた。


 転送された者、それも同じコミュユニット持ちどうしで、精神操作がキチンとかかるか不安だったし。

 それでもしもアタシの存在がバレたりして、谷葉と敵対したら面倒だものね。

 なにせ、ピンズノテーテドート大先生は大魔術師様なのだし。

 いつもどおり、アタシは安全が優先だしね。

 そんなふうに慎重にいろいろ隠して、生きてきたのにさ。


 まさかまさかよねぇ。

 アタシがこの世界の生まれじゃなくて、日本から転送された人間だって知られるとは、思ってもいなかったッ。

 それも、あの少しおバカなニッケル・ハルパ女王に見つかるなんてさ。

 ショックだったわぁ。


 精神操作ができなくなって、アタシがこの世界に転送された人間であると勘づかれたうえに、実際の姿──それもTシャツ短パン姿を見られてしまった。

 正体を知られたからにはねぇ、それはもうね。口をふさぐしかない、そう思っちゃったの。

 久しぶりの人殺しだったけど、そこはうまくできた。アタシ、意外に暗殺者の才能とかあるのかもね。

 実際は、ディスコミュユニットとアピュロンナイフが、暗殺に特化させたのかってくらいに適している組み合わせだから簡単なんだけど。


 問題は、この後だ。

 ニッケル・ハルパ女王の殺害は、敵対しているラシナ氏族の魔術師である霧の魔女の犯行であるかのように仕立ててごまかした。

 だけど、たぶん谷葉は真相に気がつくだろうね。

 谷葉がニッケ殺しの犯人がアタシだと気がつく前に、アイツを始末しないとダメだ。

 殺されちゃう。絶対だよ。ヤバいもん。

 谷葉はニッケを溺愛してたもんね。


 もうさ、犯人だってわかった瞬間に復讐されるに決まっている。

 正面切しょうめんきってまともに殺し合ったりしたら、絶対に無傷ではすまないし。下手したら、こっちが殺されるまである。

 これは、なるはやで、しかも慎重にいろんな処理をやらないとだね。


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