第120話 谷葉和豊 ギトロツメルガ永久焔獄


『わからない? あんたを殺すのは、。生き物としての限りある寿よ。私は何百年でもストアのなかで待つから。あんたは、いずれ老衰ろうすいかなんかで死ぬでしょ? 私の武器は、よ!』


 なに? ボクの寿命がきるのを待つだとッ。

 バカバカしい、そりゃ死ぬさ。でもおまえだって何百年も経てば死ぬだろうに。


「里右、おまえは数百年後も自分だけ死なないつもりなのか?」

『ええ。死なないつもりよ』

「とうてい不可能だろう。デタラメを言うな。人間をやめたのか? おまえはラシナに味方したからって自分もラシナ人になったつもりか?」


 数百年を生きるということは、収納された異空間の時間の流れをとめるつもりなのか? でもそれは、ムリだ。

 たしかにストアの中で時間は止められる。

 だけど、収納したは止められない。

 ストアの機能で生命活動に関わる化学反応を止めたら、それは生物を殺すことになるとアピュロン星人は考えているからな。

 そんなことは、ストアの基本的な仕様だ。里右なら知っているはずのことだ。


 やはりコイツは、なにを考えているのかわからないヤツだ。

 奇妙な言動は、追い詰められて自暴自棄じぼうじきになった結果だ、とも思えないんだがな。


『騒がないでくれる? 私のもうひとつの武器はコールドスリープ。仮死状態になることよ。メディック・ユニットには、それが可能なの。あんたがこの世界にいる限り、私は眠るから。寝ていたらほとんど歳をとらないから、寿命も来ない。だからもう一生会うことはないの。大量殺人者のいる時代はパスすんのよッ、バカ!』


 里右の話す言葉の意味することに驚きすぎて、反応できなかった。

 、だと?

 たしかに、ストアに入られたら、もうこちらからは手出しはできない。できないのだが────


 なんだ、その作戦は?

 閉じこもっているだけで、勝ったといえるのか?

 意味がわからない。


いばらの森で王子さまが来るまで眠りにつくから、あんたは後悔にまみれてシクシクと泣いて老いさらばえて寿命で死んでたらいいよ!』


 理解が追いついたとき、息を忘れるほどに唖然あぜんとした。

 その瞬間────視界のマップから里右里左のマーカーが消えるのを見た。


 里右に逃げられたのだとわかった。

 理解したとたんに、涙と怒りがあふれた。

 ニッケ殺しの犯人は里右だというのに、もうあいつには手が届かない。

 ボクはニッケを守れなかったし、かたきてないのだ。

 しばらくは頭が働かなかった。言葉も出ない。

 だが、すべてをあきらめることは、どうしてもできなかった。


「────わかった。里右、おまえはそこにいろ。寝床は暖めていてやる。目覚めた瞬間に黒焦くろこげになるようにな。魔女は焼くものだよな? 里右」


 すぐに、命令を持たせた伝令を走らせた。


『この土地にいる軍を分ける。半分は王都へ戻り建設部隊を引き連れて再びこの地に戻れ』

「なにをお作りになられるのでしょうか?」

『この地に山のようなかまどを作れ。大きな発熱装置だ。仔細しさいは追って指示する』


 霧の魔女を閉じこめるおり、100年も200年も絶えることなく燃え盛るほのお監獄かんごくを作る。


「現実空間に出た瞬間、里右はストアをする間もなく黒焦くろこげだ」


 ただボクが老衰で死ぬのを待っているだけの先延さきのばしならば、里右もやがてこの大竈おおかまどのなかで焼け死ぬだろう。

 だが、あの女が単なる先延ばし戦略をとるだろうか? あの悪辣あくらつな知恵の働く女が? 

 ありえないだろう。

 そう何度も騙されてやるものかよッ。


 里右の隠している別の意図を探して、コミュユニットの会話のログをあさる。そして気がついた。


〝 この後ここに来る私の仲間のほうがあんたより強いから 〟


 里右は、そう言っていた。

 仲間が転送されてくるだと?

 アイツは確信していた。なぜだ? なぜそんなことがわかる?

 アピュロン星人が次の転送時期と人員を伝えたのか?

 いや、アイツらは、ボクらが異世界に行ったら、干渉かんしょうできないと言っていた。

 予測した? いや、コミュユニットですら未来はわからない。里右にもできっこないだろう。


 しかし、デタラメを言っているようにも思えない。

 手がかりを探して、待機空間からこの世界へ転送されたときの記録を見直したら、奇妙な箇所がみつかった────


 どういうことだ? 

 薄暮の空間にいたのは、23人。

 キリバライキへ来たのは、8人。

 薄暮の空間から異世界へ転送された人数と、この地に来た人数が合わない。

 足りない分の15人は、どこへ行ったのだろう?


 そして、数が合わない理由は、なんだ?

 転送はされている。だがキリバライキには来ていない。

 死んだ者であっても、死亡した地点の記録は残る。

 それなのに、記録が残されていないのはなぜだ。


「それは、つまり。死んで、いないからだ……」


 来ることは確定していると里右は言う。

 そういうことか。

 つまりは────


 転送された場所と着いたは、みんな同じだけれど、到着したは同じじゃなかったんだ。

 アピュロン星人は空間だけではなく時間も操作できるのか。

 いや、むしろこの場合は、うまく操作ができなかったのかもしれないな。


 残りの転送者たちが、いつこの地に来るかをコミュユニットに予想させたら、そいつらの到着日は、いまから150年と2日後だとわかった。



 そいつらは里右の知り合いなのか。元からの知り合いか、あの薄暗がりの空間で仲間になったのか。

 いったい、そいつは誰だ。特定しなければならない。

 薄暮の間にいた者のリストはもう出せないが、この世界に到着したヤツらに会っていけばなんらかの情報が得られ────


 いや。そう難しく考えることもないのか。

 見方を変えれば単純なことだ。

 150年後に、この場所へ里右に会いに来たものが里右の友人。

 つまりは、ボクの敵だ。

 誰でも関係ない。来たヤツを討てばいいだけだ。

 わかったよ。やってやるよ里右ッ!


『150年後に、この地で戦争を行う。各人は、軍に備えよ』


 この命令を聞いたパトロアの軍勢は、とても驚いたようだ。ボクと里右との確執かくしつも、メディック・ユニットの機能も知らないのだから当然だ。

 150年後に戦争するなんて、なにを言ってるのか理解できないだろう。

 しかし、ピンズノテーテドートは深淵しんえんなる叡智えいちをもつ大魔術師として敬愛されている。

 そしていまやパトロア王だ。

 軍勢の誰もが頭を垂れて承知したと言うだけだった。



 こうして半年を待たずに、ギトロツメルガに巨大な熱源となる構造物は完成する。

 なんのための施設か、ほとんどの者が知らないまま〝ギトロツメルガ永久焔獄えいきゅうえんごく〟と命名され、厳重な警備がかれた。


『良いか。パトロアの兵に命じる。この火を少なくとも151年の間は絶やしてはならないッ!』


 設備の維持と警備のために、50人ほどの兵隊をこの場所に止めおいた。

 そして、長い年月を待つのに適した者であるノイに、復讐の指揮をたくす。


「ノイ、おまえに使命をあたえる」

「はい」

「150年の後、9番目の月。ボクのいた世界と同じ場所、日本からこの世界に来る者がいる。アピュロン星人に転送される者たちだ。そいつらが、里右をあのかまどから出そうとしたら────殺せ」

「承知しました」


 ノイはボクから突拍子とっぴょうしもないことを言われても、動じることもなく、すぐに同意した。さすがの忠誠心だ。ノイは最高だ。

 里右も、ボクの仲間にこれほど信頼のおけるラシナ人がいるとは、夢にも思わなかっただろう。


「ノイ。おまえの種族は800年ほど生きるのだろう? ならば150年間くらい、この場所を守ることもできるな」

「はい」

「この地に永久にほのおの絶えないひとやが築かれ、守られ続けている意味はパトロア最大の秘密として、王をぐ者にのみ伝えることとする」

「はい」


 これで、安心だ。

 ノイならば、ボクの言いつけは忠実に守るだろう。

 だが150年後にくる相手は、アピュロン星人のツール・ユニットを持っている。ノイを退しりぞけて、里右の封印を破るかもしれない。


 そうだ。

 万が一でもこの焔獄が解かれたら、しかばねがこの地を覆うしくみを作ろう。

 屍ならば里右のメディック・ユニットも効かないからな。

 呪術を使おう。呪術の元になるイルクも配置しよう。

 イルクにも里右を襲わせよう。

 魔術ロボにも医療用ナノマシンは通用しないからな。

 2体ほど、ここにつないでおくか。


 里右を生かすのならば、この世界は敵だ。

 里右とともに丸ごと滅ぼしてやる。

 どうあがいても里右里左は、生かしておくものか。


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