第102話 ディゼット 教示


 昔、関わりのあったパトロアの王へ会いに行きました。

 ギトロツメルガの地で呪術を使用しないよう伝えに行ったのです。


「パトロア王よ。あなたは先史魔術を習得する際に、ファシク家の所持する文書を読んだのですか?」

「なんのことかなあ、ファシク家の文書とは、なに?」

「知らずに先史魔術を自得じとくしたと言うのですか? まったくアナタは優れた魔術師だ。当代のピンズノテーテドートに選ばれるわけですね」

「ん? 優れた魔術師? 言われている言葉の意味がわからないなあ。一度として魔術の技量で先生を上回ったことのない私が? ひょっとして当代のパトロア王は、のピンズノテーテドートだと皮肉を言っているのかなぁ」


 ────ピンズノテーテドート。

 スペッドは、知っているのでしょうか。

 その名前の本来の意味を。その古いおとぎ話を。


「そうだとしたら初代様以外の者は、誰もがまがい物のピンズノテーテドートですよ。魔術において初代様の足元にも及ばない不肖ふしょうの弟子である私ですら望まないまま、数年の間その名前を名乗ったことがあります。しかし唯一本物のピンズノテーテドートは初代様しょだいさまだけ。本来あの方の名を継げる者など誰もいません」


 そうです。名前などは、どうでも良い事がらです。

 初代様の名を継ぐ制度は、下々しもじもの者に王の権威をわかりやすく印象づけるだけのしくみなのですから。


 当代のパトロア王が、歴代のなかでも格別に優秀なのは間違いありません。

 けれども残念なことに、その優秀さが世の中に害をなしてしまう、というだけのことです。


「スペッド。あなたが先史魔術せんしまじゅつと呼ぶ技術は───それはかつて呪術と呼ばれていた魔術の形態のひとつであり、150年前に絶えた技術体系です。初代様しょだいさまが、廃止はいしされました」

「なぜ、廃止などされたのです?」

「簡単に魔力線の接続を断てる点など、魔術としての欠点が多いのです。このように────」


 言葉とともにバタンと大きな音が響き、近くの護衛の騎士が直立したままで、まっすぐに前へ転倒しました。

 倒れた騎士は、ずっと床に置かれていた置物のように少しも動きません。

 護衛が倒されたのに、スペッドはその乱暴には関心がないようで、しきりに魔術の反応を確かめるばかりでした。


「どうしたのだろう? 護衛の屍兵しへいが動かない。先生は、なにをしたのかな?」


 自分の術が破られたことよりも、その方法に興味が向かうとは、魔術師としては、正しい姿勢ですね。


「魔力線を断ったのです。もっとも、とっくに死んでいた者が動くことこそが不自然だったのですよ。さて、先史魔術は、このように防ぐのは簡単」


 話の途中でスペッドが私の自由を奪うべく、呪術の魔力線をからめました。

 実際に私の言葉を確かめたいのですね。

 とっさに、腰の得物でいばらのような魔術線を切り、そのままおもむろに杖を構えます。


「剣? 先生、魔術は使わないのですか?」

「みな同じことを言いますね。これは剣などではないのに」


 目をらして、スペッドが身構えます。

 そう。私が持つのは細剣ではなく、杖。

 幾本もの針金が編まれた長く細い杖なのです。


「ああ、そうか銀線の杖かあ。そんな形のは、初めて見たな」


 今度は杖を立てたままで、再び身体に絡まる呪術の魔力を解きました。


「実際は杖など使わずとも、身体に触れただけの魔力線なら簡単に消せますよ」

「魔力が、消えた? そうかあ。どうも先生を拘束こうそくできないと思っていたら、さきほどから私の魔力が切られていたのか」

「わかりましたか? 初代様の教えを受けた者に、呪術は無意味です」


 自分にかかる魔力線を切って散らしているために、呪術は起きません。

 そして、と声に出してスペッドへ向きなおります。


「アピュロンの御使いにも、呪術は効きません」

「やっぱり、先生にはかなわないなぁ」


 前ぶれもなく、指揮所を囲む兵士たちが窓越しに私へ矢をます。

 しかし、反射的に展開した私の風延に巻かれ、放たれたすべての矢はあえなく地面に落ちました。


「魔術だけではない攻撃とは、よく考えられていますね。パトロアで最高の魔術師となったいまも、魔術だけにとらわれていない姿勢は、みごとです」

「それは考えるよねぇ。他の誰でもない先生が私の敵となっているのだから、どんな手段だって使うようにしないとね」


 スペッドの言葉が終わらないうちに、今度は指揮所の屋根に仕掛けられた自動で動く発射装置が、いくつもの矢を放ちました。

 これは、私がパトロアにいたころには無かった仕掛けですね。

 魔力を遮断する仕組みにまぎれさせて、他の罠の存在をわからなくしていたようです。


「偉大なる先生に魔術を向けてもムダだと知っているから、魔力を使わぬ攻撃を選んだのです」


 頭上に風延が張られるよりも早く、矢は私の身体を貫きました。


「見事です」


 私の身体を貫いて、そのまま床に刺さった矢を見たスペッドは、笑みを浮かべて上を向きました。


「私に見せている姿が、最初から幻影だったわけかぁ。さすが〝幻影のピンズノテーテドート〟の直弟子だなあ」


 先生のですよ。

 そう言って天井に向けた顔は、泣いているようにゆがんでいました。


「先生だけが、昔から私を退屈させないんだ」


 スペッドは天井をにらみ、握った手を払いました。

 教授していた時期になまけさせなかったから、スペッドは私を憎むのでしょうか?


 スペッドが私を理解できないように、私はスペッドを理解できませんでした。

 やはり、他者の心の内を察するのが苦手な私では、スペッドを説得することなど、ムリなようです。

 それでも、なにもせずに放っておくことはできません。

 姿を消したまま、立ち去り際に声だけを指揮所に飛ばします。


「重ねての忠告です。くれぐれも死者など使役しないでください」


 敵陣を後にして、夜の森をラシナの陣へ戻る道すがら考えました。

 子どものころ、彼にどう接すれば良かったのだろうと。

 スペッドと会うたび、私には他者を教え導く役目などふさわしくないと実感します。

 それでも、私しかいないのです。

 他には誰もお師匠さまの素晴らしい魔術や、お考えを知らないのですから。


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