第102話 ディゼット 教示
昔、関わりのあったパトロアの王へ会いに行きました。
ギトロツメルガの地で呪術を使用しないよう伝えに行ったのです。
「パトロア王よ。あなたは先史魔術を習得する際に、ファシク家の所持する文書を読んだのですか?」
「なんのことかなあ、ファシク家の文書とは、なに?」
「知らずに先史魔術を
「ん? 優れた魔術師? 言われている言葉の意味がわからないなあ。一度として魔術の技量で先生を上回ったことのない私が? ひょっとして当代のパトロア王は、まがい物のピンズノテーテドートだと皮肉を言っているのかなぁ」
────ピンズノテーテドート。
スペッドは、知っているのでしょうか。
その名前の本来の意味を。その古いおとぎ話を。
「そうだとしたら初代様以外の者は、誰もがまがい物のピンズノテーテドートですよ。魔術において初代様の足元にも及ばない
そうです。名前などは、どうでも良い事がらです。
初代様の名を継ぐ制度は、
当代のパトロア王が、歴代のなかでも格別に優秀なのは間違いありません。
けれども残念なことに、その優秀さが世の中に害をなしてしまう、というだけのことです。
「スペッド。あなたが
「なぜ、廃止などされたのです?」
「簡単に魔力線の接続を断てる点など、魔術としての欠点が多いのです。このように────」
言葉とともにバタンと大きな音が響き、近くの護衛の騎士が直立したままで、まっすぐに前へ転倒しました。
倒れた騎士は、ずっと床に置かれていた置物のように少しも動きません。
護衛が倒されたのに、スペッドはその乱暴には関心がないようで、しきりに魔術の反応を確かめるばかりでした。
「どうしたのだろう? 護衛の
自分の術が破られたことよりも、その方法に興味が向かうとは、魔術師としては、正しい姿勢ですね。
「魔力線を断ったのです。もっとも、とっくに死んでいた者が動くことこそが不自然だったのですよ。さて、先史魔術は、このように防ぐのは簡単」
話の途中でスペッドが私の自由を奪うべく、呪術の魔力線を
実際に私の言葉を確かめたいのですね。
とっさに、腰の得物で
「剣? 先生、魔術は使わないのですか?」
「みな同じことを言いますね。これは剣などではないのに」
目を
そう。私が持つのは細剣ではなく、杖。
幾本もの針金が編まれた長く細い杖なのです。
「ああ、そうか銀線の杖かあ。そんな形のは、初めて見たな」
今度は杖を立てたままで、再び身体に絡まる呪術の魔力を解きました。
「実際は杖など使わずとも、身体に触れただけの魔力線なら簡単に消せますよ」
「魔力が、消えた? そうかあ。どうも先生を
「わかりましたか? 初代様の教えを受けた者に、呪術は無意味です」
自分にかかる魔力線を切って散らしているために、呪術は起きません。
そして、と声に出してスペッドへ向きなおります。
「アピュロンの御使いにも、呪術は効きません」
「やっぱり、先生には
前ぶれもなく、指揮所を囲む兵士たちが窓越しに私へ矢を
しかし、反射的に展開した私の風延に巻かれ、放たれたすべての矢はあえなく地面に落ちました。
「魔術だけではない攻撃とは、よく考えられていますね。パトロアで最高の魔術師となったいまも、魔術だけにとらわれていない姿勢は、みごとです」
「それは考えるよねぇ。他の誰でもない先生が私の敵となっているのだから、どんな手段だって使うようにしないとね」
スペッドの言葉が終わらないうちに、今度は指揮所の屋根に仕掛けられた自動で動く発射装置が、いくつもの矢を放ちました。
これは、私がパトロアにいたころには無かった仕掛けですね。
魔力を遮断する仕組みに
「偉大なる先生に魔術を向けてもムダだと知っているから、魔力を使わぬ攻撃を選んだのです」
頭上に風延が張られるよりも早く、矢は私の身体を貫きました。
「見事です」
私の身体を貫いて、そのまま床に刺さった矢を見たスペッドは、笑みを浮かべて上を向きました。
「私に見せている姿が、最初から幻影だったわけかぁ。さすが〝幻影のピンズノテーテドート〟の直弟子だなあ」
先生のこういうところですよ。
そう言って天井に向けた顔は、泣いているように
「先生だけが、昔から私を退屈させないんだ」
スペッドは天井を
教授していた時期に
スペッドが私を理解できないように、私はスペッドを理解できませんでした。
やはり、他者の心の内を察するのが苦手な私では、スペッドを説得することなど、ムリなようです。
それでも、なにもせずに放っておくことはできません。
姿を消したまま、立ち去り際に声だけを指揮所に飛ばします。
「重ねての忠告です。くれぐれも死者など使役しないでください」
敵陣を後にして、夜の森をラシナの陣へ戻る道すがら考えました。
子どものころ、彼にどう接すれば良かったのだろうと。
スペッドと会うたび、私には他者を教え導く役目などふさわしくないと実感します。
それでも、私しかいないのです。
他には誰もお師匠さまの素晴らしい魔術や、お考えを知らないのですから。
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