第103話 ミゼ・トワ 僧兵と屍兵
石の上に乗り、森の中の大きな木の枝を滑るように
これは、私だけの魔術。
手で持てる大きさの石なら自由に操れる。
カルプトクルキトの森の樹冠部分には、私たちラシナ氏族しか知らない枝の道がある。
道は木の上で大きく網の目のように繋がってる。
それに安全。この速さで動いているときに、大樹の下から私の姿は見えていないはずだから。
もうすぐ約束の日がくる。
すべてのラシナ氏族が集まる〝御使いの日〟だ。
カルプトクルキトの森の奥、失われた約束の地、ギトロツメルガ。
そこへみんなが
〝いつか必ずこの場所に帰ります〟
そう誓ったあの日のことは、いまも忘れられない。
サトリサ様にまた会える。
あの日、サトリサ様は消えて、3体のイルクはピンズノテーテドートに持ち去られた。
だけど、私たちセタ・ラシナは生きのびた。
10人にも満たない小さな部隊に分かれて、カルプトクルキト大森林の深い山野に逃げこんだの。
広い山野の深い森の中に潜んでいたから、パトロアも今日までラシナを攻め滅ぼせなかった。
「セタ・ラシナのみんなに会うのは久しぶり。きっとみんなもサトリサ様を迎える準備をしていたはず。ああ、胸のドキドキが
はやる心を
またサトリサ様に会えたら、話したいことはいくつもある。
ぜったいに、たくさんお話をしよう。
そしてまた、サトリサ様のポケットにキレイな石を入れてあげよう。
そうだお水。あんなにカラカラに乾いた土地にずっといたのだから、サトリサ様はきっとノドが乾いているに違いない。
霧の魔術を行うのだって、ままならないだろうから、たくさんお水を持って行かなくちゃ。
ああ、解放の日が待ちどおしい。
進むにつれて、山の向こう遠くの森に幾筋も煙が立ち上るのが見えた。
「あれはッ、ギトロツメルガの三ノ砦のほうだ! たいへん! もう敵に攻められている」
先に砦に行かないと、解放の日の前にラシナの人がたくさん殺されてしまう。
下を見ると、森の端にも兵たちがいた。
ここでもラシナの氏族が襲われている。
「どこでも敵いるなあ! あの僧の
パトロアが、カルプトクルキト大森林を攻めてきたのにあわせて、コイツらも攻めてきたのかあ。ズルい。楽に攻められる機会をうかがっていたのだろう。
「あいつらの思い通りには、させないけどッ」
一帯の巨木の
数百個の石を高い木の上から、勢いをつけてぶつけてやったんだ。
当てられた者のほとんどは、倒れて動かなくなった。
かろうじて動いている僧兵が、叫んでいる。
「どういうことだ! 石が降ってきただとッ」
「この攻撃はッ! 隠れろ、
小石の魔女は、私のこと。
子どものころから片手で持てる重さのモノを自在に浮かせて、狙った場所に当てられた。
これは私だけの能力。この力でラシナをいじめる標人と戦っていたから、パトロアのやつらから小石の魔女と呼ばれることになった。
そしていまではデ・グナのヤツらまで私をそう呼んで怖がっているらしい。
どうして自分が小石を動かせるのかは知らない。子どものころから小石を動かして遊んでいたし。
魔術なのかもしれないけど、わからない。
私は石を動かすだけで、他の魔術はなにも使えないから、違うのかも。
ラシナの女には、世代ごとに数人そういう変テコな能力を使える者が生まれてくるらしい。
だから、魔女っていうのは魔術師じゃなく
下のデ・グナの僧兵たちは、最初の攻撃に
なにか勝ち目がある作戦か、武器があるのかも。気をつけないとだ。
「後ろからも僧兵がドンドン来るね。デ・グナも予言の戦争に本腰入れて混じってきたんだな」
あ、僧兵が私のいる位置に見当をつけた。こっちに金環を向けている。
そしてすぐに、たくさんの火球が宙に浮かび上がった。
「わッ、反応はやい! 火球の数も多い!」
私に向けられたいくつもの火の球は、上がった勢いのまま空へと抜けて行った。
「そうなるよね。下から火球をいくら
僧兵から見上げたら、私なんか点だ。
しかも枝だけじゃなく空中も進むからね。予測も狙いも、つけられないし。
魔術の呪文をのんびり唱えている間に、すぐに別の場所にいなくなっちゃうもんね。
「今度はこっちの番ッ!」
さっき落として地面に転がっている石を、ふたたび
足の下からもデ・グナの僧兵へ石をぶつける。
そして兵隊に当てた後で、樹の上まで来た石をまた下へ勢いをつけて降らせる。
無数の小石が、飛び上がっては突き落とされて、また兵隊に当たった。
石の動く中は、ゴウゴウと
そんな石の雨の中は、大騒ぎだ。
「気をつけろ! 地面の石が飛び上がるぞッ」
「なんだとッ! そんなものッ、ど、どうすればいいのだッ」
「上下から石を
石って、バカにできない威力があるんだ。
重いし硬いし、割れてもすぐに代わりを用意できる。
当たれば金属の鎧だって
連続で30個くらい身体に受けると、もう戦闘不能だし。
私は小石が蓄えてある範囲の森の中なら、たいていの敵は怖くない。
「下からくるッ。うわッ!
「て、敵はどこだぁ? 魔女は、どこから狙っているッ?」
「防げないぃ。四方八方から
デ・グナの僧兵の多くが、武器を捨てて、盾を
「え? まだいる? だれかな?」
石の嵐をものともしないで歩く人の群れがいた。
変な匂いがした。
嫌な匂いと、あのギクシャクした歩みの男たちには、見覚えがあった。
アレは、確か……えーっと。えーっと。
そうだッ、思いだした。
あれは、
あんなの、久しぶりに見た。
もうファシク家の呪術なんてもの、
デ・グナは、あの最低な術までこの森に持ってきていたのね。
ああ。これは困ったかも。屍兵がラシナの陣地へ向かっている。
屍兵ってのは、やっかいなのよね。
戦った経験がなければ、屍兵をきちんと始末するのは大変なことだ。
ましてこんなに大勢だと、魔術師でなければ、倒すのは難しい。
これは、砦にたどり着く前に私が屍兵の数を減らさなきゃダメだ。
死体の兵隊だから痛みは感じないだろうけど、動けなくすればいいんだから、対応はできる。
足を中心に狙って石をぶつけるんだ。足の関節を壊せば、屍兵だって歩けなくなるから。
「
小石を操り、屍兵を打ち倒して少しずつだけど順調に数を減らしていたときだ。
茂みから白いヒゲの老人が出てきた。
身体に数えきれないほど金環をつけているなあ。ぜったいあの人、普通じゃない。
屍兵に飲みこまれそうな位置で、トカゲに乗っている。
見えているのかな。屍兵の群れにも、あわてる
目や耳が不自由なのかも。でも胸騒ぎがする。あの人は
「あの、お爺さんは────」
あっという間に、老人は屍兵の波にのみこまれた。
でも次の瞬間、動く死体の群れから出て、あたりには動く屍なんていないみたいに平然と進んでる。
屍兵のほうもその老人には近づかずに、ドンドン前へ進む。
屍の兵隊に襲われないのなら、あの人が術者、呪術師だ。
「呪術って、こんなにいっぱいの人を操れたの?」
5体より多くの人を操る呪術を見たのは初めてだ。
150年前からパトロアが呪術を禁止していたから、もう使える者はいないと思っていた。
だけど、いまの時代のファシク家には、あんな熟練の術師がいたのね。
あ。ということは、強い呪術師がラシナの陣地に向かっているってことだ。
あの呪術師を、砦へ通してはダメだ。ここで止めなきゃいけない。
そう思って、小石を集めて大きな石の塊にして、一気に下へ落として呪術師を潰そうとした。
小石でも集めたらスゴく重くなる。
大きな重さは受けて耐えるのが難しいし、小石の集まりなら砕こうとしても、バラバラになって当たるだけだからね。
これで止められると確信して狙いをつけていたら────お爺さんが、下から私を怖い目で
「うわッわわわ」
青く光るその目を見たとたんに、身体から力が抜けて、枝の上に倒れた。
え? どうなったの? 身体が動かない。
まさかこれ、呪術?
大変。私、呪術をかけられているッ!
* ミゼ・トワの画像(線画)は、以下に
掲示。
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