第101話 ディゼット 警告 


「あれ、ディゼット、夜中にどうした? どこかに出かけるのか?」


 さすが、スエヨシ様です。

 天幕てんまくのなかにいたので気づかないと思っていましたが、やはり彼に気づかれずに移動はできないようです。

 夜半にセタ・ラシナの守る三ノ砦を抜け出そうとした、その瞬間に天幕から顔を出したスエヨシ様に呼び止められました。


「傭兵の尖兵せんぺいを撃退したこのすきに、パトロアの本隊の偵察へ行きます。ウイシャの承諾しょうだくはもらっています」

「え? ディゼットが、ひとりだけで偵察へ行くのか? それって危なくないのか?」

「我が身だけならば、守るのも逃げるのもたやすいのです。ましてやカルプトクルキト大森林は、自分の家も同じ。敵兵になど見つからないでしょう」

「まぁ、そうかな。ディゼットなら心配ないとは思うけど、気をつけてな」


 私がいなくとも、セタ氏族の守りはスエヨシ様がいれば、心配ありません。

 スエヨシ様は、お師匠さまと同じアピュロンの御使い様なのですから。


 セタ氏族のみんなには、攻めてきた傭兵の撹乱かくらんに行くと伝えて砦を離れました。

 もちろんパトロアの伏兵は排除はいじょしますが、本当の目的は別にあります。

 ギトロツメルガ付近の土地について、パトロア側へ知らせなくてはならないことがあるのです。



 ギトロツメルガ陣地の広場を幕で二重に囲んだ真ん中に煌々こうこう篝火かがりびが燃えています。

 馬車を2りょうならべて間に飾り板を渡した構造は、パトロアに特有の移動式の戦闘指揮所せんとうしきしょ

 100年前から変わらない、見慣れたパトロアの戦の情景です。

 同じものが部隊ごとに何十とありますが、ここは特別。

 パトロア王の指揮所ですからね。


 特別と言えば、指揮所の傍に小山のようにとても大きな物体が置かれていました。

 全体が布で覆われているので、確かなことは言えませんが、

 あれは先史文明の残した魔術の遺構いこう。巨像イルクベルクバルク。

 覆っている布の柄が記憶のままなら、おそらくは鈍色にびいろ真紅しんくの2柱でしょう。

 スペッドはあんなものまで、ひっぱり出してきたのですね。

 今回の遠征えんせいは、本気の度合いが違うようです。

 そうなって当然ですね。

 もうすぐ〝御使いの日〟なのですから。


 指揮所の周りには、護衛が5人。

 油断なくあたりを見張っています。

 みな手練てだれの魔術師────守られる主よりも格段に弱いけれども、中にいる人間はパトロア最強の魔術師であるのだから、しかたないことです。

 むしろ、自分より弱い護衛でもそろえていれば、非常時に盾くらいにはなると考えて自身の傍に控えさせておく。その慎重さが、今代のパトロア王の長所です。



 私が近づいていることに気がついていない外の護衛を静かに昏倒こんとうさせて、扉を開けました。


 目をらすと部屋の中には王らしき男がふたりいて、どちらも同じ顔。衣装も同じです。


 男たちは左右の長椅子に物憂ものうげに身体を預けています。

 もちろん本当の王は、ひとり。

 パトロア王は、つねに影武者を帯同たいどうしているのです。


「久しぶりです。パトロア王」

「警護の者は……あなたを止められるはずもないかぁ」


 王によく似た影武者に向かい、言葉をかけます。


「私は、パトロア王と話をするために、この場にきました。あなたは御遠慮ください」


 スペッドと同じ顔で寸分違わない姿の大円座だいえんざ筆頭魔術師ひっとうまじゅつしは席を立ち、深々と頭を下げると部屋を出ていきました。


「やはりムリかぁ。ノイ・ファー先生の目をあざむけるはずは、ないものな」


 パトロア王は芝居がかったのんびりとした動きで肩をすくめます。

 ですが、視線は私から一瞬もはずしません。

〝お久しぶりです。ノイ・ファー先生〟と腰を屈めながらも、油断なく私を見ています。


「二代目の魔術王にして、それ以降に即位したすべてのピンズノテーテドートの導き手」


 実に立派な人物だと笑います。しかし、彼の表情は笑ってはいません。


「たしかいまは〝ディゼット〟と、名のっていましたよね?」


 すきのない所作しょさを見るだけで、パトロア王が優れた魔術師だとわかります。


「ディゼットという人物はラシナ氏族の味方をして、我が国パトロアを攻撃している。さて、どういうことだろう? あなたには愛国心や忠誠心というものがないのかなぁ?」

「パトロアに忠誠を誓ったことはありません。私の主は初代様しょだいさまのみ。その主を殺したのはパトロアの重臣の娘。パトロアはかたきでこそあれ、母国でもありません」

「パトロアは仇? 確かなのかな、その話は?」

「この話は、するだけ時間のムダです。私はそんな話をしにきたのではないのです」


 スペッドは話し合いに応じながらも、指揮所に隠された仕掛けを動かして兵をこの場へ呼び寄せています。

 この指揮所は、随所ずいしょに魔力を遮断しゃだんして感知させない仕組みがしつらえられているのです。


 これを作った私にはわかっていますが、手練の魔術師でもたいていの場合には通報されたとわからないでしょう。

 現在の私はパトロアの敵ですから、通報はとうぜんの措置そちです。

 魔力を探ると、指揮所の周りはすでに兵士が取り囲んだと知れました。


「パトロア王よ。あなたは、近ごろ先史魔術せんしまじゅつしょうする魔術で死者を使役しえきしていると聞きます。死人を戦いの道具として使うのは、どうかやめていただきたい」

「誰に言っているのかな。敵に命令? これは、またまた意味がない話だなぁ」

「命令ではなく忠告です。この場所で死者を使うのは、誰にとっても良くない事態を招きます。パトロアにもです。初代様が施した呪術装置が動く屍を勝手に増やすので、術の歯止めが効かなくなるのです」

「ああ、それなら知っているよ。わかったうえで屍を使ったんだ。私の力量なら、ちゃんと使いこなせるからね」


 やはりパトロア王は意図いとして、死者たちを使っていたようです。


「先史魔術と称するあなたのその魔術は欠陥けっかんが多い。使わないほうが賢明です」

「欠陥? あなたに先史魔術に対する理解が足りないだけではないのかなぁ?」


 伸びをするパトロア王のそでから出た腕には、刺青いれずみが見えました。

 あれは呪術師に特有の文様もんよう。ファシク家の者が〝継承けいしょうの文様〟と呼んでいた魔力線を操りやすくする図形です。そんなものまで彫りつけたのですか。


「なんであれ利用する。王のその姿勢は、すばらしいことですが、先史魔術はもう一度その取り扱いを考えるべきです」


 現在のパトロア王、スペッド・ガンギガールは〝倦怠たいだのピンズノテーテドート〟と三公家から呼称されています。

 しかし実際の彼は怠惰とはほど遠い。飽くなき探求心を持つ勤勉な魔術師です。

 むしろ、魔術以外のすべてに興味を持たないがために、周囲の者の目には、どんな物事に対しても意欲に欠ける人物と映っているのでしょう。

 魔術好きのパトロア人のなかでさえも、ほとんどいないほど偏った気質といえます。


「先生にめてもらえるとは、光栄だなあ。実際ね、先史魔術は素晴らしいんだ。人知の及ぶ果て、その先の力、見果てぬ夢のまだ向こうにあり、不死を与えられる力だよ。つまりは神の力ということだよね」

「あれは、ただ人の身体を魔力で操り動かしているだけです。仮初かりそめの生命ですらないものです」

「いや。先生、その点はよく考えてみないと。パトロアが先史魔術を復興ふっこうすれば、偉大なる魔術文明の真の後継者となれるのだし。ノイ・ファー先生は、なぜそうしなかったかなぁ」


 たしかに先史文明の魔術は、イルクの起動させる技術をふくめて、現在に残る317の魔術のどれにもあてはまらない現象を引き起こす、興味深い遺産です。研究の余地は大いにあります。

 魔術を偏愛するパトロア王がかれるのも、しかたがないのでしょう。

 だが、お師匠さまが禁じたのだから、あれは使ってはならない魔術。どうあっても、私が使わせません。



 

* スペッド・ガンギガールの画像

 (線画)は以下に掲示。


https://kakuyomu.jp/users/0kiyama/news/16818093088783782973

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