第100話 登洞圭三 撤退へ

 傭兵の仕事でラシナの砦を攻めていたら、敵側に末吉末吉という名前の日本人がいた。

 会ってみたら、平凡な外見の男だ。まったくすごみもない。だがコイツは妙に物怖ものおじしない。戦争している現場にいるとは思えないほど落ち着いている。


 単にバカなのか?

 しかし、コイツはアピュロン星人のナイフを半ばから消した。

 気を抜いていい相手じゃない。

 そう身構えていたら、言葉が出なくなった。

 黙って座っている状況が気詰きづまりだったのか、末吉のほうから声をかけてきた。


「それでさ。登洞は、どうしてラシナの人たちを襲っているんだ?」

「仕事だ。傭兵だからな。相手は選べない」


 末吉は〝仕事かあ〟と、ため息をついている。かなり困った顔だ。

 マズい。

 答えを間違ったのかも。戦闘再開か? 

 とにかく会話を続けて、交渉こうしょうまでもっていかねぇと。


「末吉は、おまえは、どうしてラシナを守る?」

「仲間だから、かな」


 本気かよ。なんでコイツは日本から送られて来た異世界で、エルフみたいな人種と仲間になっているんだ? 

 わけがわからねえ。


「こっちに実体化してすぐにおぼれていたところを、ラシナの人に助けられてさ。それから同行している」

「なるほどな。じゃあ、しかたねえか」


 いや、そういうものか? 

 健人は納得なっとくしているが、溺れているところを助けられたからって、自分に関わりのないヤツらの戦争に加わるものか? 

 末吉は、どういう理由で関わっても得のない、危険だけがあるようなヤツらとつるんでいるんだ?

 アピュロン星人は、オレらの精神が過度のストレスでイカレないように細工しているみたいだから、魔術やらの魅了や、薬物での洗脳ってことはないだろう。


 つまり、こいつは元から変わり者なのかよ。末吉末吉。

 ラシナも素性も知れないヤツをよく仲間にするもんだ。

 仕事の前に調べたかぎりじゃ、排外的はいがいてきな集団のはずだったがな。


「登洞がやっている戦闘が仕事なら、必ずしもラシナを襲わなくとも構わないだろう。こちら側についてくれないか?」

「いいぜ。そっちは、いくら払える? もちろん通貨つうか粒銀つぶぎんでたのむぜ」

「ああ。お金、か」


 話しているうちに、汗がにじんできた。

 末吉の目的はなんだ。なぜオレらに声をかけてきたんだ? オレらを仲間にしたいのか?

 取りこんで、パトロアを攻撃する際の尖兵せんぺいにでもするつもか?


「いま、お金はないんだよな。森から出たことがないと言っただろ? この世界のお金はさっき登洞からもらった分しか持っていない。報酬ほうしゅうはタバコや酒でどうにかならないか?」

「ならねえな」


 即答で拒否きょひったけど、内心は冷や汗もんだ。

 もし末吉がオレの返事に激昂げきこうして〝仲間にならないなら死ね〟ってことになって攻撃してこないとも限らない。そう頭をよぎったんだ。

 軽率けいそつに協力をこばんだのは、しくじったかもしれねぇな。

 少しは末吉の提案ていあん譲歩じょうほしたようにみせておくか。


「だが、日本人どうしが殺し合うのも確かに嫌だな。それじゃあよ。仲間にはなれねえが、オレたち登洞会はこの戦いから手を引くから、このまま無事にメアンの街まで帰してくれよ」

「なるほど! そうしてくれたら、こっちも助かる」


 ありがたいことに、どうやら末吉もオレらと戦うつもりはないようだ。

 あくまでも末吉をおもんぱかって戦いをやめるていにもできた。


「じゃあ、決まりだな」

「良かったよ。てっきり最初に会う日本人は里右だと思っていたからパトロアの側に転送された人間については考えていなかったんだ。登洞たちが視界の地図へ表示されたときには、ほんとうに慌てたよ」

「ん? サトウってのは、誰だ? 転送前からの知り合いか?」


 末吉は他の転送された者とのつながりもあるのか。その情報は重要だ。


「いや、アピュロン星人の事故の後に知り合ったんだ。ああ、そうだった。里右里左という女性の日本人がギトロツメルガの近くにいるから、そいつも攻撃せずに見逃してくれ」

「どんなヤツだ? ツール・ユニット持ちか?」

「オレも会ったことはない。話をしただけだ。女性としか言えない」


 なるほど。さすがに個人情報は、そうそう喋らねぇか。


「約束はできねぇが、できるだけ関わらねぇように気をつける」

「ありがとう。もちろんできる限りでかまわない」


 末吉が樹の上に戻った後、ビスキンたちと合流して末吉との話がついたことを伝えた。


「ラシナ側に撤退てったいの保証を取りつけた。いいか、これからオレらはラシナへの攻撃をしないし、ラシナも登洞会は撃たない。登洞会のラシナとの戦は終わりだ。仲間をまとめたら、メアンに帰るぞ」


 クーボが気をかせて、ビスキンとともに退却の指示を各小隊へ触れてまわる。


「ラシナと話をつけた。もう撃たれない。こっちもぜったいにラシナへ手は出すな。メアンに帰るぞ。金輪目の本隊にも伝えてくれ」


 部隊の指揮をクーボたちに任せると、疲れが一気に出た。

 近場の倒木に腰かける。初めて自分たち以外の空間事故の被害者と会って、思いのほか気を張っていたらしい。オレも案外ヤワだな。


「末吉か……ヤバいヤツだったな。アイツの考えていることがわからねえ。どうしてラシナを助けているんだ? 儲かりもしねぇのによ」

「なんだよ、アニキ。スエキチ最高だろ? どういうわけだか、初めて会った気がしねぇし。どこかで世話になったような感じがするんだよなぁ。なにより タバコ出してくれんだぜ、連れにしてぇ人材じゃんか」


 末吉の話を聴いて花地本の動きが止まった。おいまさかコイツ、末吉と知り合いか?


「末吉……末吉さんですか? ラシナ側についていた転移者って末吉さんだったんですか?」

「なんだあ? カジポンは、スエキチと知り合いか?」

「いや、その。まあね」


 花地本は末吉を知っているようだが、それ以上は口を開かない。

 気にはなるが、いまは個人の事情より登洞会の戦場からの離脱りだつが優先事項だ。

 態勢たいせいを整えつつ退却の経路けいろを検討していると、クーボが息せき切って戻ってきた。


「大変っす! パトロアの本隊はまだ撤退する気がないようです。傭兵も撤退は許さないって言っています!」

「は? どうしてだよ。銃は知らなくても、周りの撃たれたヤツの数とケガの具合で状況じょうきょうのヤバさがわかるだろうよ。退却していた本隊も撃たれまくりだろうによ?」

「状況とか関係ないそうっす。本隊の魔術師たちは、この砦に向かっているっす。パトロアの王さまがこの森へ親征しているから、退けないと言ってたっす」


 なるほどな。上のヤツらが自分の面子めんつのために退却を納得しないのか。ありそうな話だぜ。

 確かに見たことのない武器は怖いかもしれないが、ラシナのヤツらはせいぜい500人だ。少数の兵など、数で押せば潰せると思うわな。

 オレの考えに、ビスキンも頷いている。


「ラシナを300人ほども殺せば、戦いがすむ。だとしたら、味方の雑兵ぞうひょうが何人死のうと力押しでいくことを決定するかもな。そういうのは、傭兵の扱いとしてよくあることだぜ?」

「そうだろうけど、気に入らねぇな。他人の命をなんだと思っていやがるんだ。なに様だよ」


 健人が怒っている。

 ビスキンは、ラシナ攻略にワンチャンあるみたいな口ぶりだが、雑な力押しで成功するわけがない。


「そうだな。でもどうあってもパトロアは負ける。ラシナ側には末吉がいるからな」

「そうかもな。でもよ、パトロアの魔術師たちはおまえの言うスエヨシってヤツを知らない。軍は止まらねぇぞ」


 ビスキンの言う通りだ。パトロアのヤツらは、自分がこの世で一番強いと思っているからな。逃げやしねぇよな。


「けっきょく、ラシナとの争いは終わらないのかよ。はあ、こんなとこで死にたくねえな」


  

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