第99話 登洞圭三 末吉末吉


 異世界に飛ばされてパトロアって国で傭兵をやっていた。

 そうしたらラシナって民族ヤツらの砦を攻めろって依頼が来たんだ。


 気は進まない仕事だったけどな。

 攻撃地点げんばのカルプトクルキトの大森林には行ったよ。

 そこで、ラシナの武器を見て驚いたんだ。

 ヤツらは〝拳銃〟を使ったんだ。

 異世界で拳銃だぜ?


 剣や弓矢で争う世界のなかで、マカロフで鉛玉を撃ってきやがった。

 視界の望遠機能で確かめた。アレは間違いなくオレらのいた世界の銃器だ。


 敵が拳銃を持ち出してきたのを目にして、オレはすぐさま逃げると決めた。

 拳銃はマズい。ましてラシナ氏族のヤツらは、銃弾に魔術までかけやがるからな。そんなのとってられるかよ。


 なにより、拳銃がラシナに渡っているってことは、地球から転送されたヤツが敵に協力しているってことだ。

 転送されたヤツならツール・ユニットを持っているかもしれない。それなら、ヤバすぎて絶対に敵対できない。

 オレらはツール・ユニットとか、持ってないからな。


 そんなわけで、オレらはパトロアの兵隊たちより一足先に逃げた。

 だけど、ただでさえ森の中の道は狭い。

 そのうえ、事情を知らず砦へ行く多くの傭兵ヤツもその道を進んでくる。ますます道は混む。後ろを見せたらラシナに撃たれる。

 戦場はそんな始末しまつだった。

 まいったぜ。これは、どうにもんでやがる。


 とりあえず健人と残って退路の確保をしていたら、こっちのとっておきのアピュロン星人のナイフが折られた。

 これはもう終わった。死んだ。そう思ったぜ。


 そうしたら────木の上から声がかかった。

 アンタたちも、日本人なのか? だとよ。

 のんびりした声だった。

 とても戦争しているヤツとは思えねえ。

 だが、生き残るにはコイツに賭けるしかねえんだ。


「そうだッ! こっちも日本から転送されたんだ。オレが登洞圭三。それと弟の健人だ。攻撃の意志はない。オレらはこの森から撤退したい。どうだ? 話し合えるか」

「ああ」


 男は蔦を編んだ橋を歩きながら、大木の上から声をかけた。


「降りるぞ、少し離れてくれ」


 その男は散歩しているような気楽な動きで蔓のハシゴをつたって、オレの前まで降りてきた。

 地面に着いてからすぐにオレらに会釈して、軽く上着のホコリを払っている。


 なんか笑ってるぞ、コイツ。

 おいおい。敵を目の前にしてこのゆるさかよ?


 樹上のラシナの兵隊はオレを狙っているのだろう。だが男の手には、アピュロンのナイフはもちろん、なにも持ってはいない。手ぶらだ。

 こちらに歩いてくるのは、まったく緊張感のない顔。暴力とは無縁そうな人間の、のんきな顔だ。

 そして


 いや、おかしい。奇妙だ。そんなことあるか? 

 戦場にいて、しかも面と向かって敵に会うのに、警戒心がまるで無いなんてことがあるのか? 

 しかもその敵はオレと健人という、暴力の気配がダダ漏れしている人間だぞ。半笑いで近寄るとか、対応がおかしいだろ?

 イカレてんのか?

 まったく初めて会うタイプの人間だった。


 男はオレの前で立ち止まり、口を開いた。


「オレは末吉末吉だ。アンタたちよく生きていたな、大変な銃撃だったろう?」


 まずは自分たちを襲いに来ているオレらをねぎらう言葉だと?

 やっぱり変わったヤツだ。


「まあな。銃撃は前にも受けた経験があったからな、早めに逃げ出していたんだ」

「攻めてこられたから、こっちもしかたなく撃ったが無事でなによりだ。オレはパトロアに転送された日本人がいるとは知らなくてな」

「戦争だからな。お互いさまだ。こっちもラシナ氏族を殺しているし、敵に同じ境遇きょうぐうのヤツがいるとは知らなかった」

「まあそうだな。これからの話がしたい。殺し合いをしていたときのうらみつらみは、いまは棚上たなあげだ」


 末吉は、砦の石積みの端に腰かけて、オレらも傍の倒木へ座るように勧める。

 そして瞬間的に2本の缶コーヒーが倒木の上に湧き出てきた。

 アメニティの保管庫から出したのだろう。しかしコイツ、こんなものまで異世界に持ちこんだのか?


「お、缶コーヒーじゃんか!」

「よかったら飲んでくれ」


 いきなり健人が飲んだ。

 おいおい、マジか。健人ッ?


「かー、ひさびさのカフェインが身に染みるぜ。飲んでみろよ。ぜってー予想より美味いぞ、アニキ」

「ああ、そうだな」


 はあ? コイツはよお、やっぱ学習とかしないのなッ。

 フズル砦での経験が微塵みじんも生かされてねえ。ここまでくると、感心するぜ。


「悪いな。ありがたくいただく。そうだ、元の世界のタバコは持っていないか? あったら少し譲って欲しいんだが? ラシナ側に巻きタバコみたいな品があるのならそれでも良い。メアンにはみタバコみてぇのしかなくて、弱っていたんだ」

「オレは吸わないし、周りのラシナは、だれも吸ってないな。でもタバコの手持ちが残っていれば、増やしてやれるぞ? そういうユニットを入れているからな」


 複製能力のあるツール・ユニットか。

 そりゃ、スゲェや。やはりツール・ユニットの取得しゅとくは重要だったんだな。


「コピーができるのか、タバコ以外も?」

「できるな」

「拳銃もそれで増やしたわけか?」

「そうだよ」


 それで大量の拳銃が用意できたのか。なるほどな。

 でもまあ、最初の一丁を持っているのも、現代日本じゃおかしな話だがな。


 しかし、やけにあっさりと喋るものだ。自分の能力が知られても問題ないという自信か?

 いやたぶん、なにも考えてないな。この男。

 末吉と健人には、似た雰囲気があるからな。

 目の前に、ふたつ並んだ笑顔が怖いぜ。

 イカレているふたりは放っておいて、ポケットを探る。いいぞ。箱に1本だけタバコが残っていた。


「これで頼めるか?」

「ああ、できれば空き箱も渡してくれ。タバコの材料にする。あとはここらに生えている草でいいはずだ。うんいけるな、レジ袋に詰めていいか?」

「ああ、それでいい」


 数秒後には、ビニール製の小袋いっぱいにタバコが詰められて渡された。


「おいマジか? スエキチ、これほんとにもらっていいのか!」

「うん、持って行ってくれ」


 試しに1本けたら、風味はいつもの銘柄めいがらと同じだった。スゲェな。


「ひゃー。最高じゃんか、スエキチ! 良いヤツだなおまえ」


 健人は、すぐさまもう一袋分のタバコを出してもらっていた。

 品物のコピーは、連続でできるし疲れもしないようだ。スゲえ能力だな。


「戦争なんかやってられっか、帰ろうぜアニキ! タバコだぜ吸いまくりだ。あとは、ビールがありゃあ」

「缶で良ければ、あるぞ。えーと、いまの手持ちは6本だけだな」

「最高! スエキチ、最の高!」


 言った直後に、缶ビール6本が目の前に現れる。

 おいおい便利すぎるだろ。末吉のユニットの機能。


「これは驚いたな。マジですまねえ。オレの手持ちは、これで全部だ。代金としてもらってくれ。足りなければ後で持ってくる」


 大きな銀貨を2枚渡す。日本円なら20万円ほどに相当するはずだ。


「オレさ転送されてからこの森から出たことがないんだ。そんなだから、この世界の金銭というか通貨を使ったことがなくてな。世間の物の相場がわからないんだけど、銀貨2枚って日本円だとどれくらいの価値だ?」

「マジかよ。スローライフってか原始人だな。えーと、この2枚で……おおよそ20万円くらいだぜ、たぶん」


 初対面の人間に原始人よばわりという、いつもの健人らしい無神経な対応をしているが、末吉はまったく気にしているようすがない。

 恐怖心や警戒心ともども反応が薄いぞ、この男。

 やはり、精神に関わる部分が普通じゃないらしい。


「20万円ッ? いやいや、そんなにはいらないぞ」

「貴重な日本製のタバコと缶ビールと缶コーヒーだ。これくらいの価値はある」

「そうだぜアニキの言うとおりだ。金になんか替えらんねぇお宝だ。また吸えるなんて、嬉しすぎだぜ」


 末吉は、なんとも言えない顔で銀貨を受け取った。

 よく観察してみても、どこにでもいる普通の男だ。

 日本橋界隈にほんばしかいわいのそこらにいるサラリーマン。

 身のこなしや目線の置き方からみても、取り立てて格闘にかかわる技術は持ってはいない。

 たぶん、オレは素手でこの男を5秒以内で殺せる。


 だが、コイツはアピュロン星人のナイフをへし折った。

 そして、ついさっきまで自分たちを殺そうとしていたオレらを、まったく警戒していない。

 自分の方が強いという優越感や、無条件で人間を信じているお人好しとも違う。

 襲ってきたのに急に戦いをやめると言いだしたオレらを、まったく警戒しない人間。

 いるのかよ、そんなヤツ? それだけで、もう違和感しかない。

 いままで荒くれ者はいろいろ見てきた。だが、こんなにもきものすわったヤツには会ったことがない。

 ヤバそうでないヤツが、最大限にヤバい。

 修羅場しゅらばを生き抜いてきた勘が教えている。


 末吉末吉、コイツ自身は弱いのだろう。

 だが、この男が手にいれたアピュロン星人の装備には、まちがいなく絶大な能力がある。

 そして、コイツの精神は、普通じゃない。

 殺しあえば、5秒で殺されるのはオレの方だ。


 じゃあ、考えるしかねえ。

 どう言えば、コイツを説得できるか。

 どうすれば、ヤバいラシナの森からオレらが無事に逃げられるか。

 それも、いますぐにだ。


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