第98話 末吉末吉 開戦

 戦いに備えるため、転送前に拾った銃をメンテユニットで複製して、ラシナに配った。


「スエヨシ。ジュウを撃つ練習は、どうやるのだ?」

「練習用に多めに弾を出すよ。オレは拳銃のあつかいにくわしくなくて、みんなには教えられないんだ。悪いな。すまないが、みんなで射撃が上達する方法を考えてみてくれないか?」


 複製のための材料が余ったので、予備の拳銃と弾倉を作って、空の木箱に出す。


「見たか? スエヨシの目の前に一瞬でたくさんの弾丸が生えたぞ。聞いたこともない魔術だ……」

「まだ弾丸を出せるのか? スエヨシはこんなこともできるのだな」


 木箱の横で弾丸の補充をながめていたウイシャたちが、驚く。

 ツール・ユニットの機能は、ラシナの人たちから魔術と思われている。

 もちろん魔術じゃないけど、訂正とか説明をする自信がないので、思わせたまま放置していた。


「えーっと。いま出せるのは、これくらいだ」


 できることなら、セタ氏族以外のラシナ氏族の分まで銃や弾丸を作りたいが、今日まで分のVPバーサタイルポイントは使ってしまった。

 累積るいせきの分はまだ7ポイントは残っているけど、これから戦争が始まるのだから、もしもの時に備えてできるだけVPバーサタイルポイントは取っておくべきだと思う。

 あと、オレが疲れた。やっぱり、こういう細かい作業は苦手だ。

 ピクトにやってもらえば良かった。忘れてた。


「じゃあ、弾丸たまを配ってくる」

「手伝うー」


 満杯になった木箱をワフクの背にくくりつけて、子どもたちといっしょにセタ・ラシナの各グループへ配布する。


「みんな弓矢の要領で、銃の練習をしていてくれ」

「うむ。頑張る」


 手持ちぶさたになり、子どもたちと一緒にラシナの射手が弓の練習にいそしむようすをながめていた。


「ええ? この矢って、どれくらい先の標的まとまで届いているんだ?」


 視界に射程距離を表示させると、230メートルと出た。

 拳銃で届く射程より長い。

 次に拳銃を撃つと、これまた380メートルまで届いて、しかも的に当たっている。

 視界に出ているピクトの解説によると、練習した状態の人がこの拳銃を撃って静止した人体ほどの大きさの的に当てられる距離は、通常なら長くて50メートルほどだという。


「ラシナの人は標人の7倍以上の距離で、当てるのかよ……」


 ラシナの人の遠距離攻撃能力には驚くばかりだ。


「とんでもなく正確な射撃だな」

「射法という魔術だ。飛ばすものなら遠くに届かせるし、狙った場所へ当てられる」


 これはラシナに特有の魔術で、生まれつき誰もが使えるという。


「予想以上にラシナに銃を渡すってことはヤバかった。オレ、とんでもないことしたかもしれない」

「もう遅いぞ」


 ウイシャが不敵ふてきな笑みをうかべている。先行きの大殺戮場面だいさつりくばめんを思い描いて頭を抱えていると、視界に地図が浮いて警告された。


「ウイシャ、8キロ先に250人だ、ラシナじゃないな」

「わかった。しかし、スエヨシのその魔術はとても有用だな。見張りより遠くがわかるのだから」

「魔術ではないけどな。それより敵の動きが早い。パトロアにこちらの動きを読まれているんじゃないか?」

「おそらくそうだろう。御使い様にかかわる予言はパトロアも知っているからな」


 ウイシャは落ち着いて、いつものとおり木の樹冠部に作ってあるトーチカにラシナの人たちを移動させる。

 パトロアの兵隊を待ちうけるつもりだ。

 ギトロツメルガの本隊に合流する前に少しでも兵の数を減らすつもりらしい。


 地面にも塹壕ざんごうが掘ってあり、ここにも狙撃手を置いていた。

 地図で確認すると、予想されるパトロアの侵入経路では射線が上下左右で交差するようにほりが配置してある。


「手早いな。やはりラシナは戦争に手慣れているんだな」


 ラシナの兵を眺めていると、樹冠から流れ出した狼煙のろしが横に細く長く、たなびいていた。

 銃撃開始の合図だ。


 タンタンと、近隣の木々の間から銃声が鳴り、残響が空気を震わせた。

 乾いた打音が鳴るごとに、パトロアの兵が倒れる。


「うわあ。スナイパーだらけの森で進軍するとか、ムチャだろう。パトロア、早く撤退しろ」


 ラシナの射ち手はパトロアの傭兵が進軍する勢いを徐々じょじょに、そして確実にいでいた。敵からは、こちらが危なくなるような反撃はない。

 たぶん、パトロアの傭兵たちはラシナの射ち手のひそむ場所をみつけられないのだろう。

 やがて敵の一部が逃走を始めた。

 射ち手は持ち場を動かずに弾丸をびせて、兵力をさらに削り落とす。

 守備として正しいのだろうけど、むごい場面だ。


「いまのところ、スゴくラシナが優勢だな」

「ああ、現在はそうだが、わからんぞ。こっちには替えの人員がいない。射ち手を休ませながら応戦していかねばならん。それに被害がないわけでもない」


 ウイシャの言うとおり、40人近いパトロア兵に一気に囲まれて潰された塹壕もあった。

 そんな場合ラシナの射ち手が討たれた後の拳銃は、ストアで回収している。


 すべての拳銃には、アピュロン星人の地図上で追跡ついせきをかけているんだ。

 もしも拳銃が敵の手に渡りそうだとピクトが判断したら、ストアするようにあらかじめ指示していた。


「数に押し負けずに持ちこたえていられれば、オレかディゼットが大将首を取るよ。たぶんな」

「ウイシャ、スエヨシ様、私は砦の周囲を見まわります」

「わかった。頼む」


 ディゼットが一人で森に消えた。

 ラシナは各人、各隊のそれぞれが判断して少人数で動く傾向がある。

 オレには、戦いのことはよくわからない。大森林に適した戦い方らしい。


「戦闘力のある人には、別行動で自由に動いてもらうほうが得策だろうな。ん? これ呼び出しか?」


 準備の最中に里右から連絡があった。ひさしぶりだ。

 でも、あいかわらず通信状況が激悪いよ。


『し□らく連絡□きなく□□□ど、ま□□□らく□□たら会□る□□たぶ□ね』

「どうした? なにか、アクシデントでもあったのか? ちょっと通信状態が悪くなっていて聞き取れない」

『い□□□□□の。だけど□□し□□会に□来□□ても□□□ら』

「えーっと、ほとんど聞こえていないぞ。とにかく会いにいくよ。困ったことがあるのなら、手伝うし。この世に数少ない転送された者どうしだろう? 里右? おい?」


 なにも内容が伝えられないまま、唐突とうとつに通話が途切れた。


「まいったな。里右のほうのラシナ氏族もパトロアを攻めているのかな? 攻めてそうだよなあ。どうにか戦いを早く終わらせられないものかな」


 森の中で、立て続けに銃声が響く。

 視界の地図を確認すると、ラシナの各隊の射撃が始まり、砦に近づいたパトロアの傭兵たちを倒していた。パトロアもりないな。


「とにかくいまは、ラシナの被害を最小にして侵攻を防がないとな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る