第62話 谷葉和豊 限界

 マグリブ・プードがボクの部屋に入りびたるようになってから一月ほどして、王室から使者が来た。

 来客はいつものように魔術学院の応接室でピンズのAIが対応した。

 使者の話の内容は、要するに望みの爵位を約束するから、マグリブと婚約してくれということだった。


 マジか。

 どうもパトロアは国ぐるみでピンズノテーテドートを抱えこみたいようだ。

 信じられないな。

 まがりなりにも王族の婚姻だろう? こんな決め方ってあるのか?

 異世界の常識は計り知れないとしても、パトロアでの大魔術師とは、それほどの存在なのだろうか。


 いやムリだよ?

 マグリブとは結婚したくないし。

 くれるって言う爵位というモノは、たいていなんかの収入と義務がセットになっているよな。

 どうしたってめんどうなことが増える予感がする。

 ボクは日本へ帰れるまで、ダラダラとゲームとかして過ごしたいだけなんだよ。

 爵位とか、いらないんだよなあ。

 だから、やんわりと断ったよ。もちろん。

 でも聞いてないんだ、あいつらは。


「姫様、よろしゅうございましたな」

「大魔術師がプード家を支えてくださるとは、ありがたい。これで御家は安泰あんたいだ」


 女王の使者と一緒にきたプード公爵家の取り巻き貴族たちは、爵位という栄誉を授けられるのだから、断るはずもないと決めてかかっているようだ。

 新たな貴族の家門がおこり、それが自分たちの派閥に加わる。

 これは、もはや決まったことだとばかりに、盛りあがっている。


 マグリブも、まわりの取り巻き達のひとり合点を止めやしない。

 ボクが、婚姻とかに乗り気じゃないのは、前から知っているだろうに。

 だいたい誰も当事者であるボクというかピンズの意志を確認もしないのは、おかしいだろ。

 自分たちとは違う価値観があるとは、少しも考えないわけだ。

 もしかしてコイツら、勢いで結婚まで乗り切れると思っているのかもな。


 取り巻きたちが騒ぐほどに、嫌気がさす。

 ここ半年間、パトロアの戦争に協力していたんで褒賞金な感じのお金が日本円で2億円分くらいは貯まった。

 改めて考えると、この国を去るには良いタイミングかもな。

 そう思っていると、嫌な会話が耳に入る。


「─────風延ではないの。テーテドート様の秘術で蛇狼の石つぶてを消してしまったのッ」

「まことですかッ! にわかには信じがたい話ですが、ピンズノテーテドート様なら、ありえますなッ」


 マグリブとその取り巻き連中は、ボクのストアの話で大盛り上がりだ。


 いやいや。待ってくれよ、マグリブ。

 マグリブはさ、命を救ってもらったお礼に、ストアのことは喋らないと約束したよな?

 約束を破って朗らかな笑顔とは、たいした気づかいだ。


 あーあ。わずかばかり残っていた、パトロアの人たちとうまくやっていこうって気持ちも消えた。

 やはりここには、長く居すぎたかもしれない。

 パトロアにこだわる理由もないんだし。

 いちおうは、こちらの考えも伝えてから席を立つか。


『公女様。我の魔術については、他の者へ伝えない約束でございましたが? なにゆえに、口にされましたか?』


 わずかだが、マグリブの動きが止まった。

 ボクとの約束を破ったことを少しは悔やんだりしたのかな?


「わたくしは、ピンズノテーテドート様の名誉に花をそえたのです。名誉こそ貴族そのものですもの」


 あーあ。あきれるよな。

 こいつは、まったく悪びれないぞ。

 なるほど、そうか。マグリブほどの地位の人間は、他人の心のうちなんか、わかる必要がないものな。

 生まれてから今までなんでも許されたのだろうし。なにをしても、とがめられなかったろうな。

 そうやって生きてきた人間に関わったのが、ボクの間違いだった。しかし間違いは、正さねばならない。


『さよう、ですかな』


 この国を出ようと決めたときにピンズのAIはボクの感情を反映して、嫌悪や失望、威圧に関わる表情や語調、音声やしぐさを表す。

 そして、魔術システムから大量の魔力を引きこみ、ピンズの身体から溢れさせた。

 魔力は瞬く間に部屋に満ちた。


 魔術器官のないボクには、ちっともわからない。だけど、魔力の多寡が感覚としてわかるパトロアの魔術師たちには、じゅうぶんな威圧になったのだろう。

 場の空気が一瞬で変わった。


「ピンズノテーテドート様……」

「な、なんという、魔力だ。これほどの濃度が瞬時に満ちるとは」


 静かだが、急激に空気が冷えて、誰もがその場で固まった。

 へぇ、マグリブまでたじろいでいるね。


「ピンズノテーテドート様ッ。お、お気持ちをみ取れず、もうしわけありませんでしたッ。しかしながらすべては大魔術師様をお慕いするあまりしでかした粗相そそうでごさいます。どうか、どうかお許しくださいませッ」


 声を震わせて謝るマグリブを前にしても、ピンズは無言のまま立たせている。

 このキャラクターは威厳があるから、黙っていると怖いんだよね。


 この世界に伝わるピンズノテーテドートは、伝承の中の人物だ。

 民間で伝承された話の中には、たったひとつの約束を守らなかったばかりに、すべてを失う話のパターンがあるものだよな?

 現代のピンズノテーテドートでも、そのパターンをやろうと思う。

 この場にいる者たちは、新しい民話の誕生を見ることになるのだろう。


 ノイを連れてこの場から文字どおり姿を消してやろう。そう思ったときに、声がした。


『お慕いする? 約束を違えることが慕うことなのですか?』


 声がする方を見た。メリタだ。

 えーっと、たしかマグリブの家庭教師だったよな。

 怒っているようだけど、どうしてだろう? 彼女はマグリブの取り巻きではないのか。


『姫様は、ピンズノテーテドート様へ正式に謝るべきです。そのような言葉だけの謝罪は無意味です』


 メリタの言葉にマグリブも顔色を変えた。

 恐れ入ることに、メリタはあのわがまま公女を従わせている。

 マグリブは重ねて謝罪の言葉をのべて、後日書面を送ると言って退席した。

 せっかくメリタが場を収めてくれたのだから、これ以上は事を荒だてなくてもいいか。消えるのは、無しだな。


『メリタ殿、かたじけない』

『当然のことです。むしろ私の教育が行き届かず失礼をいたしました』


 これでトラブルは終わった。

 そう思っていたのに────

 翌日になると、更にめんどうなことになった。

 王宮から使者が来て告げたことには、この件で国王が謝罪するという。

 いやいや止めてよ。そういうの必要ないから。

 なんの地位もない年寄りに王様が謝るのとか、おそろしい情景だ。


 調べたら、パトロアはとにかく魔術がうまけりゃ偉いという考え方が社会のすみずみにいきわたっている魔術大好き国だ。

なので、ピンズノテーテドートは国王より人気があるとかコミュユニットのレポートには書いてある。


 あと、王様は名誉職な位置づけで実際の国家運営は公爵家と宰相らの合議で行われているのか。

 それにしても、王様の謝罪は大げさすぎないかな。


「王様の名前はニッケル・ハルパ。ああ、そうだ女王だった」


 会見は王宮の離れの教会で非公式に行われるとかで、ボクはその指定の時間、伝えられた場所で待っていた。


 暇なので、コミュユニットのレポートから女王の知識を仕入れている。

 彼女は2年前に王位を得た。ガンギガール家の出身者だ。

 対外戦争に熱心で、戦争が続くかぎり自身も野営陣地で寝泊まりすると宣言している。まぁ、変わり者だな。


「はぁ。極度の戦争好きって。ゴリラみたいのが来そうだな。やだな」


 結果として、儀礼のときにだけ王宮に戻る生活を続けているようだ。

 身なりも所作にもかまわず、宮廷らしい音曲、舞踏に疎いことから陰で〝戦塵女王せんじんじょうおう〟と呼ばれている────か。

 シンデレラのミリタリー版みたいなあだ名だな。


 そういえば、女王に会うのは初めてだ。

 しかし、ボクというか、ピンズと会ってどうするのだろう? 

 パトロアとの戦争への協力はしてやるから、ボクの私生活は、ほっといてくれないだろうか。


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