第61話 谷葉和豊 詰められる

 チキガムガン渓谷でケモノに襲われている船を助けた。

 助けたのは、貴族だった。それも王様になれるくらいの家格のある貴族だ。



「……どうむくいれば、よろしいのでしょうか?」


 え? 

 なんの話だ? 自分は、なにをかれているのかと、会話のログを見返す。

 ああ、助けたお礼か。別にいらない……いや待てよ。頼みたいことがあったのか。


『ではひとつだけ。蛇狼を倒した、我の固有の魔術のことを誰にも話さないで欲しいのです』

「まぁ、もったいない。あんなにも目を見張る素晴らしい御業みわざを、なぜ内緒にするのでしょう?」

『伝える意味がないのです。魔術は、見世物ではありませんのでな』

「大魔術師様は、とてもつつしみ深いのですね。わかりました」


 マジで会話がつまらないな。相手をする時間がムダだ。

 ピンズに話を切りあげさせよう。


 〝ふたりのお迎えを呼ぶ〟と言って強引に話を打ちきり、ノイとともに飛び去った。

 優秀なピンズのAIがマグリブをうまくあしらってくれたから、この話は終わりだ。

 このときのボクは、そう思ったんだ。

 だが、この考えが甘かったと次の日には気づかされた。



 翌日、学院の離れにマグリブが押しかけてきたんだ。

 ゾロゾロとたくさんの侍従とりまきを連れてだ。

 そして、いきなり宣言した。大声でだ。


「わたくしが、ピンズノテーテドート様のお世話をするのですわ!」


 え? このお貴族様は、なにを言っているのだろう。

 どうしてそうなる?

 ピンズと親密になって大魔術師を手下のコレクションに加えたいのか?

 まさかとは思うけど、チキガムガン渓谷で襲われていた事態さえも仕こみだったんじゃないだろうな。


 マグリブってヤツは本格的にヤバい。

 今朝、押しかけてきてからずっとピンズにくっついて離れない。しかも、ピンズをべたべたと触っている始末だ。完全にセクハラだ。


 しかしさぁ、ピンズの外見は、ヨボヨボのお爺さんだぞ。

 ベタベタくっついて、どうしようというのか。

 あの魔術師の外見は、性欲満載な老人に見えないよな? 

 普通に考えて、色じかけはないだろう。

 このセクハラ公女が、ピンズへベタベタ密着してくる意図がわからない。


「大魔術師様は、奥方にあたる方がいらっしゃるのですか?」

『おりません。そういう者を置く気もありません』

「では、わたくしが大魔術師様のお側にいるためには、どうすれば良いのでしょう?」


 知らないよ。まさかピンズと結婚したいのか?

 マグリブは、本気なのか? どうかしてるな。


 コミュユニットのレポートを確認すると────

 うあ、マジか。

 マグリブは、はるか年上のおじいさんのピンズにマジで恋愛感情があるのかもしれないぞ。


 いくらなんでも、性癖がマニアックすぎるだろう。

 性癖だとしても、純粋な恋愛感情だとしてもだ。

 コイツのアプローチの方法には、ムリがあるって。

 グイグイと強引に迫ってくれば良いってもんじゃないだろう?


 自分の派閥に大魔術師を組みこもうとしているとかの意図があるほうが、まだマシだよ。

 でも、どうやらそうじゃないらしい。

 今代の王は、もう決まってしまっているからな。

 2年前にニッケル・ガンギガールとかいう若い女性が戴冠たいかんした。


 それにコミュユニットのレポートだと、マグリブ・プードという人物には王座を狙う動機が、見あたらない。

 王様や、その候補になる貴族を暗殺できそうな技能をもった危険人物ではない。そういう人物との繋がりもない。


 本人も魔術師ではあるが、いたって凡庸ぼんような使い手だと報告されている。

 そのせいか、マグリブは卓越たくえつした魔術の使い手に強い憧れがあるらしい。ああ、このって点か?

 だから、ボクは、この公女はマジもんで強い魔術師が好きなだけな女だと判断した。

 やっかいではあるけど、放置で問題ないかなぁ。



 放置と決めてかまわずにいた、それが悪かったのだろう。

 マグリブ・プードという人物はボクの予想を軽々と越えてくる。

 抵抗せずに放置したマグリブのピンズへの愛の嵐は、毎日毎日止むことを知らずにボクの部屋で猛威をふるっていたんだ。


「いつでもわたくしは、プードの家を出ます。ピンズノテーテドート様のお側にいられれば、本望にございます」


 などと言って離れない。

 迷惑な好意なんだよなあ。こっちは無職だよ。妻帯とかできないと伝えたのだけど、マグリブは諦めてくれない。


「暮らしのついえなどは、わたくしがいかほどでも御用立ていたしますわ。わたくし、ただただ魔術の強い殿方が好きなのです。容姿も、身分も年齢もどうであってもかまいません。世界最強の魔術師様と愛をはぐくめれば、他にはなにもいらないのです」


 てな、わけのわからない動機を8回ほども聞かされた。もうわかったよ。

 わかったけど、好意だとは理解したけどさ。

 ボクは、ほんとうに困るんだよ。


 ピンズはさ、ボクの指示がなくても設定されたキャラに沿ってオートで行動するし、触れるし匂いや体温も誤認させられる幻影だ。

 コイツなら日本に帰還するまでの間くらいマグリブの相手をさせていられるし、それで良いのかもしれない。


 でもさ。自分のすぐ近くでぜんぜん興味もない女性の発する愛だの恋だのの、ろくに内容もないささやきをだ、日々聞かされ続けるのは控えめに言ってかなり気持ちが悪い。


 ましてこの先、このふたりの関係が成人向けな展開になったりしたら、ボクは吐くよ。考えるだけで限界。ムリだ。

 絶対に耐えられない自信がある。こっちは、かなりの潔癖症なんだぞ。どうするよ、これ。


 師匠のボクがこんなに苦しんでいるのに、横のノイは真剣な顔でマグリブに────


「ご結婚されても弟子は引き続き、ピンズノテーテドート様のお側においていただけますか?」


 なんてのんきに、マグリブに尋ねている始末だ。

 結婚とかないからな。マジで。本当に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る