第60話 谷葉和豊 運命の日


 チキガムガン渓谷けいこくへ、ノイといっしょに行ったときのことだ。

 自分の本当の素性すじょうを隠していることがバカバカしくなって、ボクがピンズノテーテドートという大魔術師じゃなくて、日本からきた谷葉和豊という異世界の人間だとノイに教えたんだ。


 予想の通り、ノイはボクの素性すじょうなんて気にも留めなかった。

 ボク、というかピンズノテーテドートをあがめる心に比べたら、そんなことは取るに足らない要素らしい。

 ほんとマジで信仰ってヤバいね。もう、これって洗脳と変わらないよ。


 忠誠心は揺るがなくても事実を知ったショックはあったようで、ノイはピンズの映像へしきりに目を向けている。

 そりゃあ、立体映像を見たら、驚くよな。

 ピンズと実際のボクの似ても似つかない別人っぷりも、かなり衝撃あるしね。

 でもこれが現実だから、いろいろ納得してくれよ。うん。



「あ。申し訳ありません」

「いいよ。それよりも流されている船を助けよう。ついておいで」


 ボクの本体を消した後、天幕を張った船を探した。船は下流まで流されていた。

 渓谷に流れる川の水面は、濁流だくりゅうが渦を巻く。

 船は流されながら回転していた。これは舵が壊れたか、それとも船を操れる者がいないんじゃないかな。


 船の画像をズームしたら、船体がかなり壊れてかしいでいた。マズいな。もうすぐ沈むのかもしれない。

 めんどうだけど、見殺しにもできないだろう。実にめんどうだけど。

 あ。そうだノイに救助を任せてみよう。


『ノイや、あの船を沈まないように岸辺きしべげてみなさい』

「はい」


 ノイが杖をむけて呪文を唱えると、杖の指した水面が盛りあがり、さざなみが大きなうねりに変わった。


〝船を沈ませるな〟というと、おそらく多くの人は船を動かすことに着目しそうなものだが、ノイは船の周りの水を操っている。

 船の損傷を考慮してなおかつ、多めに動かす水が緩衝かんしょうとなり振動が抑えられている。

 それに一連の判断と行動が早い。ノイは実のところ魔術師にむいているのかもな。


「終わりました」

『では、救助に向かおう』


 浮遊しながら船へ近づくと、眼下の船から声がした。


「ピンズノテーテドート様?」


 誰だ? ピンズの知り合いか?

 現地の人との対応をピンズのAIに丸投げで任せているから、ボク自身はパトロアの関係者とか、ほとんど知らないんだよな。

 日常生活は、ノイにまかせっきりだし。

 毎日、部屋でゲームしているだけの暮らしなんだよね。


 ダラダラしている間は、ピンズの映像を座禅っぽく座らせている。

 それだけで周囲の人からは〝深い瞑想で内的宇宙を探求する修行をしていらっしゃる〟とか言われているらしい。現地人ダマすのは、チョロいもんだよ。


 で、何の話だっけ?

 そうそう、船の中の人がピンズの知り合いかも? という話だった。

 えーっと。音声センサーで拾うと、まだかろうじて船内の音声は聞こえる。

 だけど、激しい風音にかき消されてきちんとは、聞きとれないな。まあ良いけどさ。


「あれは、パトロア王家の御座船ござぶねです。乗っておられる方は、おそらく公爵家のどなたかではないでしょうか?」


 ノイの言葉を聞いて、コミュユニットに公爵家のリストを表示させる。

 いま現在ここにいるとすると、該当がいとうするのはプード家のマグリブか。

 照会しょうかいしたら、ピンズにも面識めんしきはない人だった。


 しかしなんで、あの人たちは嵐の日に船なんかに乗ったのだろう。

 川遊びするには、ハードな日和ひよりだろうに。

 パトロアの王族ともなると、並の川遊びくらいじゃ満足できないから、エクストリームな川遊びをするものなのかね。


 辺りのようすを見ながら、川岸にげられた船の上に降りた。

 天候は荒れたままだ。まだ、おさまるようすがない。

 風は人を軽く吹き飛ばせる勢いで吹き、雨は滝のように辺りを打ちつけている。


『まずは荒天を退けるか』



 ボクはすぐに、風延の範囲を広げつつ、ドーム状に形を変えて船に被せた。

 ノイも同じことができるので風延のドームの維持をまかせて、ピンズを船室前へ進ませる。


『雨風は締め出しましたので、もう外へお越しいただいてもけっこうですぞ』


 呼びかけてしばらくすると、扉が開く。まずは従者が外に出て控えた。

 しばらくして、開け放たれた扉口に現れた女性がいる。

 これがマグリブだな。

 模様まみれの格好をしている。きっとこれって豪華な服なんだろうなあ。


 さてと、記録上はマグリブとは初対面だ。対面のときの礼儀とかめんどうくさいな。今回もAIに丸投げだな。


「どうしましょう! やっぱりピンズノテーテドート様だったわッ。かの高名な大魔術師様よ。どうしましょうッなんてことかしら? きっと、今日は運命の日なのだわッ」


 駆け寄るマグリブは、いきなりピンズの手を取る。

 作法にはない動作だ。

 ちょっと待て。この女はなんで、こんなにれしいんだ。

 初対面だぞッ。


 マグリブは頭の上で渦巻く雨風を見ながら、その場でぐるりと回る。


「荒れた空模様を押しとどめていますのね。素晴らしい魔術の数々ですわ! 目にするだけで陶然とうぜんとしてしまいます」


 ああ。うるさい。

 なんだよ、いきなり早口で話し続けるなよ。

 こんなのにつきあっていられない。ピンズのAI頼んだぞ。


「とくに最後に蛇狼の吐く石を消した魔術。あれはわたくしですら、見たことも聞いたこともない魔術でした! あんな魔術があるなんて!」


 うわぁ、ストアを見られたかぁ。

 マズいな。ピンズが特別な魔術を持っているとちまたに広まると、良くないことがあるかもな。他の転移者がボクの存在に気づくかもだし。

 さて、どうごまかそうか。


『初めてお目にかかります。我はピンズノテーテドートと申します。お名前を教えていただけますか?』

「まぁッ、ピンズノテーテドート様が、わたくしを、ご存知なかったとは悲しいことですね。わたくしは、マグリブ・プードですわッ」


 もちろんマグリブのことは、コミュユニットのレポートで知ってはいる。

 コミュユニットのことを話さなくても不自然にならないように、順序だてて初対面の会話からはじめているわけだ。めんどうだけどな。


 プード家は、ガンギガール、バロバロワとともにパトロア教国に3つある公爵家のひとつで、王様になれる資格をもつ家格の貴族だ。


 マグリブとそのお供の人たちは、みんな豪華な服を着ている。

 貴族の勢いの程度は、従者の衣装で判断できると聞いたことがある。となると、プード家は羽振りが良いらしい。


 マグリブはかなりの魔術マニアであり、魔術師好きだと、レポートにはある。

 パトロア人らしい趣味だ。なるほどそれでピンズに関心があるわけだな。


 マグリブの後ろからまた一人出てきた。女性だ。誰だろう?


『助けていただき、ありがとうございます。私はメリタ・カロシエと申します』


 こっちは、なるほど、マグリブの家庭教師か。

 レポートだと────そうか。

 公爵家を回って作法やら教養やらを教える仕事ね。

 これは王様が直々じきじきに任命する役目だ。王以外のすべて人の日常生活での態度や行いを叱ることができる権限がある。

 なるほど、公爵家の家庭教師の地位とは、大変な権限と名誉のある役目らしい。


 ふーん。メリタ・カロシエは、かなり有能な人物だと表示されている。

賢人淑女けんじんしゅくじょ〟というあだ名で宮廷社交界でも有名なのか。

 顔をあわせてから、5分以上もふたりによる自己紹介とピンズへの称賛が続いている。

 はー、つまらない。

 コミュユニットに対応を丸投げできなければ、とっくにここから逃げているぞ。


 彼女たちについてのレポートを読んでいると、突然視界に〝判断してほしい〟との表示が浮かんだ。

 ええ? なんだよ?




* メリタ・カロシエの画像(線画)は

  以下に掲示。


https://kakuyomu.jp/users/0kiyama/news/16818093088112529316


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