第59話 谷葉和豊 うち明ける


 魔術の練習で来た渓谷で人間を襲っていた蛇狼じゃろうを、退治した。

 戦闘はすぐに終わったのだけど、思いのほか疲れたので少し岩陰で休んでいる。

 上空からノイが、隣に降りてきた。


「お師匠さま。お教えください。蛇狼を倒した魔術は、なんという名前なのでしょうか?」


 あ。見られたかあ。

 ノイが、興味津々という顔をしている。

 ストアは魔術ではない特殊な技能だから、ボクの素性につながる可能性がある。

 情報が伝わって転送された他の日本人が、ボクを探して会いに来たりしたら、ウザ絡みされるかもだ。


 なにより、パトロアの貴族たちにボクがこの世界の人間じゃないとわかったら、どんな対応になるか、わからない。

 トラブルの予感しかしない。隠している方が安全だな。


 でも待てよ。この状況で他のヤツにバレるなんてこと、あるかな?

 ストアを見たのは、ノイだけなんだよな。

 ノイだぞ。ボクが口止めすれば、こいつは殺されても喋らなさそうじゃないか?


『ノイや。いま見た消失の魔術は誰にも話さずにいなさい』

「はい」


 ほら即答だ。ちょっぱやだ。

 ノイはボクのというか、ピンズの言うことには基本的に〝はい〟しか言わないもんな。


『おまえの見た現象は我の固有の術であり、魔術ではない。よって誰にも習得はできないため、他者に知らせる意味はないのだ』

「はい……」


 少しだけ元気なくうなずいている。きっと〝固有の術〟とか、わけのわからない話をされて、理解できずにいるのだろう。

 それでも、ノイはピンズに問い返したりしない。

 ノイは自分が知る事や理解する事よりも、ピンズの意思や言いつけを守る事を優先しているようだ。

 どうしたものかなあ。

 極端すぎる忠誠心は、良くないよ。


 考えてみれば、ノイは本当のボクを知らないんだよな。

 谷葉和豊ではなくピンズの映像とAIである〝魔術師_A014〟しか知らない。


 ノイとは、けっこう親しくなったと思う。だけどあいつが接しているのは、ピンズノテーテドートの姿として使用しているテンプレの映像。それと、コミュユニットのAIだけなんだよな。


 なんとなく嫌な気分だ。

 ウソをついているのが、うっとうしくなった。

 よし、この機会にノイにピンズノテーテドートの正体を教えておこう。


『そんな奇異な術式が使えるのも、我がこの世界の外から来た者であるからだ。つまりピンズノテーテドートという名前も、外見も偽りだ』


 お? 珍しい。〝はい〟の返事がない。

 見たら、ノイは固まっていた。

 そうだろうな。驚くだろうな。

 尊敬してやまない師匠がいきなり〝自分はこの世界の人間じゃないんだ〟とか、訳のわからない話をしたんだもんな。


 固まるノイは、いつにもまして挙動不審きょどうふしんだ。

 口がパクパク開閉して、汗がジャンジャン流れている。やっぱりおもしろいな、こいつは。

 よし、ほんとうの姿を見せてみよう。


『いまより、我の真の姿をみせよう』


 ノイが息をのむと同時に、この弟子の視覚限定でピンズの映像と自身の透明化を解除した。


「これが、ボクの本当の姿だ」


 素の谷葉和豊の姿を見たノイは、口を大きく開けたまま息を呑んでいる。

 なんて顔しているんだよ。笑える。

 でもまあ、しかたないことだな。


「名前は谷葉和豊という。この世界とは異なる世界からきた。日本という国の人間だ」


 ノイは、ずっとタニバカズトヨ様と呪文のように繰り返す。目がうつろだ。だいじょうぶか? 精神的な負荷ふかが大きすぎたかな?


「年齢は18歳」

「じゅうはちさい」


 そこからはジュウハチサイを連続で唱えている。

 18歳教の儀式かよ。

 それじゃあ、最後の情報を伝えようか。


「だからこの世界の人間の魔術にはない機能が使える。この機能はアピュロン星人から貸しあたえられたものだ」

「アピュロンセイジン」


 3度目のリピートはアピュロンセイジンだ。受け止めるのが大変な事実だと思うけれど、がんばってくれ。

 しばらくすると────よし止まったな。


「魔術も使える。教えられる。しかしこの世界の魔術師じゃないんだ」


 ノイはさっきから焦点しょうてんの定まらない目つきで、前を向いている。口もきかない。様子がヤバい。

 ちゃんとボクの話を聞いているのかな? 

 これは、少し驚かせ過ぎたかもしれないぞ。


「さて。事実を知っても、まだボクの弟子をやる? 別に、めるのも自由だよ」


 絶対にないとは思うけど、もしもノイがボクの弟子を辞めたいというのなら、辞めてもいいし、最悪ボクの正体をバラしてもかまわない。

 結局は、コミュユニットの情報操作機能を使えば、解決できる程度の問題だ。


「も、もちろんです。お師匠さまが私をそばに置きたくないと思われるまで、お仕えさせてくださいッ」

「ダマされていたとは、思わないのか?」

「ありえません」


 こいつは、チョロいというか、行きすぎていて怖いんだよなあ。もはやピンズノテーテドート教の狂信者って感じだ。


「私は、お師匠さまの外見や素性がなんであっても構いません」

「かもな。じゃあさ、良い機会だからくけど、ノイはボクのどこが良くって弟子をやっているんだ?」

「お師匠さまの魂のありように惹かれるのです」


 魂ときたか。

 話がデカいんだよ。相変あいかわらず。


「お師匠さまの心と行いと生きる姿のすべてが、私の仕えるべき主だと示されています」


 うわ。完璧な信心だ。

 これはムリだ。とてもボクの手には負えない。


「では……これからも、ほどほどによろしく頼むよ」

「はい!」


 いわしの頭も信心から、と言うそうだからな。

 ノイはこれからもピンズノテーテドート教を信仰して、幸せになっておくれ。

  

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