第ニ章 新世界生活
第58話 谷葉和豊 追われる
「かなり、めんどうなことになったな……」
野外での煮炊きのために組んだ石のカマドで揺らぐ火が、パチリと
かすかに聞こえていたガラガラという音が、だんだんと大きくなる。
ピンチだ。
異世界に送られてから、最大の危機かもしれない。
この世界最高の魔術師ピンズノテーテドートであるこのボクも、手に負えない。魔術では解決できない問題だ。
どうすればいいだろう。いっそ、この国から逃げるか?
考えている間、ずっと鳴っていたガラガラとうるさい音が止んだ。
ボクというか、ピンズへの来客が野営地に着いたようだ。
貴族階級だけが使用を許されたケバケバしいデカい鳥が牽く金ピカの豪華な箱型の車が目の前で止まり、その箱の扉を御者がうやうやしく開けた。
「テーテドート様。ここでしたか」
出てきた少女は、マグリブ・プード。
宮廷社交界の華と目される、やんごとなき貴族のご令嬢だ。
正確にいうと、国に現在17人いる王族のひとりだ。
そしてどうやら、ピンズに恋心を抱いているらしい女性でもある。
『ノイや、しばらく休憩をとろう』
相手をしたくはなかったが、彼女はパトロア教国の王族みたいなものだ。いいかげんな扱いはできない。
あたりさわりのない社交辞令をピンズのAIに喋らせて出迎えた。
マグリブは、あいかわらず通販番組で売っている羽毛布団の柄みたいなデザインの大きな上着を着ている。
ボクにはわからないけど、きっとお洒落で高価な服装なんだろう。
「わたくし、テーテドート様をさんざん探しましてよッ」
なんだその顔は? ああ、
ボクはパトロアの上層階級の誰とも個人的な関わりを持たないようにしている。なのに、このマグリブはなぜ
やはり、魔術マニアが多いこの国では、大魔術師の知り合いになると宮廷での駆け引きに
しかし、この国では昨年ガンギガール家出身の、ニッケル・ハルパが女王になっている。だから、いまさら王様にはなれないはずだ。
彼女の行動の意図が、わからない。
ちなみに、パトロアの王様って、プード、ガンギガール、バロバロワの、3つの公爵家の家長の子どものうち、もっとも年長の者が選ばれる。
そして王様になったら、生まれ育った氏族と家名を捨てて、ハルパの姓を名乗る。
年齢の他に条件はない。
男でも女でも、賢くても愚かでもかまわない。
政治的な適性さえ関係ない。王の席が空いた瞬間に、公表されているリストにある子どものなかで、いちばんの年上が無条件で王になれるしくみだという。
単純でわかりやすいだけに、もう何度も選抜の儀式の前には暗殺が起きている。
おそらく、わざと殺し合うような設定になっているのだと思う。
だけどボクに関係ないから、王族どうし気のすむまで好きに殺し合えばいいんじゃないかな。
あ。マグリブがまたピンズを触っているぞ。こいつってマジの爺さん好きなのか? ピーキーな性癖してるよな。
幻影を触られているだけだけど、なんかいたたまれなくなる。
どうしたものかな?
この場から逃げるのは簡単だ。映像である姿の投影をオフれば良いだけだ。
でも大貴族だというのを別にしても、わざわざ会いに来ている人を避けるために消えるのは、大魔術師ピンズノテーテドートの人柄としてふさわしくないよな。
王宮の関係者らは、このマグリブのピンズへの偏愛を微笑ましい目で見ているらしい。
大魔術師はモテるものです、とかなんとか言っていたよ。
他人事だと思ってテキトーに言ってるのだろうなぁ。ふざけんなし、マジで。
よく見ろよ。こっちの外見は、お爺さんだぞ。ほんとキモいから色恋とか止めてくれよ。
『お話は、弟子のノイがうけたまわります』
「いいえ。わたくしは、ピンズノテーテドート様とじかに話さねばならないのです」
周りの人たちの評価では、マグリブはかなり美人らしい。
ボクから見たら、白粉の塗り過ぎで餅菓子みたいになっているのだけどな。
モチモチしていて、ユニークではあるけどさ。
つけ毛もデカすぎるし、歯にぬった金色の塗料は、きらびやかで福福しい。
中華街で売っているお面のルックスなんだよなぁ。
この世界の魅力的な美女はボクの美意識とは違う。心苦しいが、まったくこの世界の女性には惹かれない。
まして、アバターとして表に出しているピンズノテーテドートを好かれても、対応に困るのだ。
さてボクがいま困り果てている、この緊急事態の発端は────
10日ほど前、暇すぎてチキガムガン渓谷へノイを連れて魔術の試し撃ちに行ったことに始まる。
その日は、ひどい嵐だった。
でも逆に野外で魔術の演習。それも荒天のもとでの経験をつむ良い機会だと思ったんだ。
出かける直前に雨の勢いは衰えたけど、まだ降っていたし、風にいたっては強いままだった。
『魔術師には、天候などかかわりない。ノイや。魔術を使う際に、環境とは切り離されて魔力の根元とつながる。それが身体の感覚でわかるかな?』
「はい」
このころ、ノイは魔術のシステムとの接続の感覚を覚えたばかりだった。
パトロアで詠唱呪文と言われている接続の手続きを省略して〝魔術の根源〟と現地人が呼ぶ天体上のシステムに直に意識をつないで、魔術という形のリクエストを通す。
ノイも、ここまではできるようになっていた。
『しかし、いまだに魔術の名称を発音しないと発現はできないのかな?』
「はい。いまだに不出来なありさまで、申しわけありません」
話している最中、視界のマップでは長細い狼モドキの5体の群れに、どこかの金持ちの天幕船が襲われる様子が映っていた。
『ノイや、見なさい。獣に襲われている者らがおる。ちょうど良い、我が実戦を行ってみせよう』
船の側まで近づいて、さっさと獣たちを風延で潰そう。
『飛行で真上から敵の獣を急襲し、船を助ける。これは一撃離脱戦法という。頭上からの奇襲は、たいてい有効である』
「はい」
目標へ一撃を放ち、そのまま降下する。接敵は一瞬。すぐに離れる。
まずは我がやってみせる。そう言って急降下した。
すると獣たちは、意外にも高速で飛行するボク(ピンズノテーテドート)へ反応した。
上から音もなく落下したピンズへ向けて、あの長細い狼みたいな獣たちは大きく口を開いて、なにかを勢いよく吐き出したんだ。
その瞬間に、思い出した。レポートも表示されている。
こいつらは
よし、風延を張ろう。
あの小石は広範囲に広がるうえに5体が同時に口を開けたから、大量の小石が撒かれるだろう。
ピンズの横のボクにまで当たるとヤバイ。風の魔術なら石を弾けるはずだ。
いやまてよ、風延1枚だと飛んでくる石の勢いに負けて貫かれるかもしれないぞ。
だけど、より強い風の魔術を張ると、威力が大き過ぎて後ろの船まで転覆させるかもしれない……
うーむ。しかたない、ストアで防ぐか。
あらかじめ界域指定をおこなっていたから、蛇狼の吐いた小石の散弾はボクの170センチ手前で消えた。
危なぁッ。攻撃が近くまでくると、ビビるなあ。
ついでに蛇狼たち5体も頭だけストアして始末した。
無事にしとめられたけど、油断しちゃダメだな。
蛇狼ってさ、魔術が使えない者が襲われると、まず生き残れないと言われているほどの猛獣だったんだよな。
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