第57話 登洞圭三 登洞会の暮らし

 傭兵になってすぐに健人がぶん殴ったヤツが、オレらのテントに乗りこんで来た。

 とりあえず、元気そうでなによりだよ。



「やろうぜ、タケトッ! さっさとこい!」

「おまえも、そーとー変わったヤツだなッ」


 健人はバカな笑顔で近づくと、ビスキンの構えている六尺棒をつかむ。


「な!」


 その瞬間、飛び上がって────頭突き。

 あーあ、やっぱり始まったか。よく飽きないよな、コイツら。殴り合いしかすることはねぇのかよ。

 ま、ねぇんだろうな。

 さて、健人から放り投げられた花地本は……ぼんやりしているな。


「だいじょうぶか? 花地本、おまえ鼻血でてるぞ」

「あぁ、圭三さん、止めてください。連日の騒ぎは、さすがにマズいですよ」

「もう放っとけ、タケのあれは病気だ。治らねぇって」


 最初に行った事務所らしき小屋にいる爺さん、名前は確かナブと言ったな。

 その爺さんに聞いてわかったことだが、金輪目団じゃ、刃物を使わないケンカはほとんどとがめないらしい。

 緩い組織で助かるぜ。

 なによりアイツらは殴り合い大好きどうしのイカれ野郎だから、遺恨いこんも残んねぇだろうしな。


「もう、終わりか? ビスキン、もう少し仲間とか連れてこいよ。早いんだよなー、ケンカタイムが。すぐに終わるから楽しめないぜ」

「はは、タケト。おまえほど、ケンカが好きなヤツは見たことがないぜ。オレ以上だよ」

「バーカ、オレは平和主義者なんだよ。喰らえ平和パーンチッ!」

「クソ! ふざっけんなッイカれヤロウ!」


 あのビスキンってヤツも笑ってやがるし。

 ふたりでジャレているぶんには、問題もないだろう。








 ────こんな騒ぎをした次の日。

 登洞会の人数は、3人から5人に増えた。

 クーボとビスキンがオレらのテントの隣に越してきた。ふたりとも登洞会に入りたいと言う。

 変わったヤツらだ。


「クーボ。同じ金輪目団のなかとはいえ、所属している部隊を変わるのはマズくないのか?」

「役のない団員なんかはよく移っていますよ。金輪目の規則は、ゆるいですからね。毎日の点呼と戦場へ出るってときに居留地にいりゃ、それで良いんです。ただし団を抜けるのは、さすがに金がいりますけどね」


 異世界の傭兵団というのが、どれもぬるい組織なのか、金輪目団が特別にいいかげんなのかはわからない。

 だが、オレらみたいな決まりごとが嫌いな者には、ありがたい。

 あんがい日本で半端者はんぱもんやるよりも、仕事はやり易そうだぜ。



 毎日広場のテントで寝起きして、炊き出しをもらう。

 夜は火を焚いて酒を飲む。

 単純で気楽な暮らしだ。


 一緒に過ごす時間が増えてわかったが、ビスキンは最初の印象ほどには、寡黙かもくでも粗暴でもなかった。

 健人と殴り合っていないときは、花地本にアレコレ話しかけているようだ。


 ビスキンは街のゴロツキにたまにいる、仲間内には面倒見めんどうみがいいタイプらしい。

 花地本は荒事あらごとにむいていない見た目をしているから、心配なのだろう。

 食事の席でもよく話しかけている。


「カジモト。もう食わないのか? 飯はちゃんと食っとけ」

「食べていますよ」

「食べるってのは、身体を元気に保つ基本だ。おまえは若いから、明日も明後日もいつだって身体は元気だとでも思っているだろう? そりゃ自分勝手に健康な時の体調を元にして、先々のことも、そうだろうと思いこんでいるだけだぞ」

「はぁ、わかりました」


 母親かよ。

 花地本もメアンの街にきたばかりのころよりは、傭兵団の出す食い物を食べるようになった。

 口にする品目は毎日、おなじだけどな。

 小麦を伸ばして焼いた種なしパンと根菜のスープと木の実と豆殻の和え物。そればかり出てくる。味は悪くない。

 でもそれだけじゃあ量が足りないので、大半の傭兵が屋台で焼いた肉なんかの軽食を買う。


 だけど花地本は、買い食いをしない。

 もともと食が細いうえに、この世界の食べ物が体質に合わないとも言っている。

 食後すぐにトイレへかけこむ姿を何度か見たから、ウソじゃないようだ。

 アピュロン星人が、オレらの身体に毒やウイルスを退ける仕掛けを入れているのは確定だから、なに食っても死にはしないだろうが、気の毒ではあるな。



「カジモト、明日も元気かどうかなんて、わかんねえぞ。自分じゃ身体を動かすのになんもしてねぇんだ。息だって勝手に身体がやってくれているだろ?」


 ビスキンの食事談義は続く。

 毎日の食事についての話から、やがて仏教的な〝生かされている〟感のある話になっている。


「いつも自分はちゃんと考えていると思いこみがちだけどな。人間なんて澄ましていても、腹がすいたら食べもんしか目に入らないし、眠けりゃ横になることしか考えない。おおかたは身体の要求にただ従うんだよ。無理なガマンは身体に悪いだけだ。せめてほどほどに身体が欲しいことに気をつけてやれよ」


 肉体労働者の哲学というか、ストリートワイズだな。

 ためになるからか、花地本は大人しく聞いている。

 もっとも、2メートルを超す強面の大男が話している状況で、聞かないという態度は、そうそうとれないか。


 そんな夕食の最中に、クーボが飛びこんできた。


「ケイゾーさん大変っすッ。またタケさんが暴れて、こんどは道具屋の扉を壊したんす!」


 メアンでの日々は、だいたいこんな感じで過ぎていった。

  

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