第56話 登洞圭三 傭兵の朝

 メアンって街で傭兵になって最初の朝。

 あたりが明るくなるころ、オレらのテントにクーボが来た。


「朝っぱらから、なんの用だ?」

「ケイゾーさん、いっしょに〝小遣こずかかせぎ〟へ行かないっすか?」

「小遣い稼ぎ? それは、なにをやるんだ?」

「荷運びっす。やとわれの兵隊は、身元を聞かれずに荷運びで働けるんすよ。要は小遣い稼ぎを兼ねた、身体を鈍らせないための仕組みっすね」


 傭兵は戦場に行かなければ、金はもらえない。

 平時の暮らしのついえに使えるだけの蓄えがあるヤツはいいが、そんな生活設計のしっかりした傭兵なんか、ほとんどいやしない。


 クーボの話じゃたいていの傭兵は、戦がなけりゃ良からぬ遊びにふけるか、日雇いのアルバイトをしているらしい。

 その日払いの仕事の定番が、屯所の隣にある馬車の停車場での荷物の積み替えなんだそうだ。


 戦わないときは、荷物を運んで日銭を稼ぐ。

 なるほどな。重いものを運んでいれば、身体も鈍らないし、遊ぶ金も稼げるわけだ。


「悪いが、オレはいい。タケは寝てる。アイツは、たいてい昼まで起きねえぞ」


 オレも健人もふところは、暖かい。

 最初の金持ち騎士とフズル砦から奪った金品が、日本円に換算すると7000万円相当分あって、まだ手をつけていないからな。


 街の両替商で確認したから、確実にそれくらいの価値はあるらしいが、街にきて間もない傭兵が大金を使うとあやしまれるし、ロクなことにはならないだろうから、まだ使ってはいない。


 戦争が続いているためか、持ち出せる資産であるところの貴金属の買い取り値がこのメアンって街では割と高値らしい。


 なので手持ちの貴金属の買い取り値は、これからまだ上がるかもしれない。

 ちなみにメアンの貨幣は硬貨か銀の粒塊が使われている。

 どうもこのキリバライキ大陸では地球より銀が希少なため、価格の元になっているらしい。

 また、魔術でかなり正確に銀の含有量がわかる秤みたいな道具が各地に多く備えられていて、どの国の硬貨でも中の銀の含有量がわかるらしい。

 だから売買の際に両替なんかの不自由は、ないと聞いた。

 為替や手形での支払いについては、まだわからない。


「ただいま帰りました」


 昼前には、バイトに行っていた花地本が帰ってきた。


「どんな現場だった?」

「荷運びの作業は、のんびりやれますね。逆に待ち時間のほうが、疲れます。暇をつぶすためのスマホとか、そういう娯楽もないし、他の人とは話とか合わないし。ほんとうにクーボがいて助かりましたよ。それと運ぶ荷物は、バカみたいに重いです」

「そういえば、クーボはどこいった?」

「たぶんですが、顔見知りと昼食に行ったと思います」


 クーボは、なかなか顔が広い。アイツとつるんでいると、この街の事情が多く耳に入ってきそうだな。


「実働5時間か。労働時間としては短いほうだな」


 花地本の話だと、メアンの街の荷運びバイトの時給は現代日本の金銭換算として、だいたい700円くらいだそうだ。

 そうすると一日の稼ぎは、4000円弱か。


「うーん。もしも荷運びだけで暮らすとなると、収入としては厳しいですね」

「傭兵の屯所にいれば、最低限の暮らしはできるからな。慎ましやかに暮らせば金は貯まるが、明日をもしれない傭兵なんてやるヤツなら、日銭は遊び金に消えるだろうな」

「それとこれ。頼まれていた何種類かの紙と布の値段のメモです。このデータは、なにに使うつもりですか? 紙も布もアメニティのなかにありますよね?」

「相場を調べているだけだ。なるほどなぁ。この街では紙を衛生用品には使わねえのか。尻も葉っぱで拭くもんな。流通している布は麻もどきだけか。値段は紙がA3くらいの大きさが1枚4000円で、新品の布はハンドタオルくらいで約20000円かッ。やっぱ手工業製品は、高ぇな」


 昼になって、やっと起きてきた健人が、テントの前で半分寝ながら座ってオートミールみたいな粥を、ざぶざぶと掻きこむ。

 そんなだらけた健人にも、花地本は街のようすを話してやっている。


「ふーん。異世界の暮らしも世知辛ぇんだな。それでカジポン、この街にタバコ屋とかあったか?」

「クーボがそういう店は聞いたことないって言っていたから、多分ないよ」

「かぁ、ないかぁマジかぁ。田舎は嫌だぜ。なんも楽しみがねぇうえに、タバコもねぇのかぁ」


 悪所通いしているヤツが、楽しみがねえとはよく言うぜ。

 あきれていると、ドンドンと音が鳴った。天幕が外から突かれている。

 外を見ると六尺棒を立てかけたビスキンがこちらを睨んでいた。目が良い感じに据わっているな。


「タケト、遊びに来てやったぜ……」


 槍の稽古をつけに来たんだと。

 そういう顔つきじゃねえけどな。

 しかし、コイツも普通じゃねえな。健人に殴られて気絶させられても、まだからんでくるのかよ。

 いい根性してるぜ。


「おー、良いぞビスキン。ナイスタイミングだ。暇過ひますぎて死にそうだったところだぜ」


 嬉々として飛びだそうとする健人の腰へ、花地本がしがみついた。


「待ってよ、タケ君! 昨日の今日で続けてのケンカは良くないよ。続けて騒ぎをおこすと、もうここにいられなくなるかも知れないよ」

「おいおい、カジポンさ。ここは傭兵団だぜ? 仕事で人を殺す集団なんだぞ。ケンカくらいは手軽な暇つぶしだろ」

「とにかく、あのビスキンって人はヤバいんだって、普通の人間は気絶するまで殴られた相手に、翌日また突っかかってこないよッ」


 お? 意外にも花地本がねばっているな。

 健人の粗暴さに慣れてきたのか。


「なんだ、そんなことか。わかってるって。あんな顔してるヤツが、まともな神経してるわけがないだろ?」

「じゃあなんで、わざわざそういうヤバいヤツに絡むんだよッ」

「オレのが、もっとヤベーからだよ!」

「はぁ?」


 健人が花地本を放り投げて、走っていきやがった。

 まあな。花地本じゃ健人は止められねえわな。

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