第55話 登洞圭三 通過儀礼
メアンで傭兵になった。
傭兵団の駐屯する広場で、絡んできたヤツを健人が蹴った。
いつものことだ。日々これ、ことも無しだ。
「タケ君ッ!」
「うわ、タケさんッいきなりかッ」
「あーあ。やっちまったな」
オレには見慣れた光景だ。
ナメた態度のヤツを見た時から、こうなるとわかっていた。
だが花地本とクーボは、慣れてないからな。かなり
「ああッタケ君ダメだ。これはダメだって」
「さすがにケイゾーさんッ止めないと、マズいっすよ」
「あ? ただ挨拶しただけなんだろ?」
しかしあのヒゲはよく転がるな。回転に特化した体型なのか?
止まった場所から動かなくなったヒゲの仲間の6人が、
「てて、てめえ!」
「あ? 挨拶したんだけど? オレの国の〝初めまして〟って意味のしぐさなんだけどもぉ?」
「んなわけあるかぁ! ざけんなッ!」
「あ? 国の悪口言われたら、もうやるしかねえんだけど?」
上着を脱ぎ捨てた健人は、後ろから掴みにきたヤツを見もせずに、裏拳で殴りつける。
そのまま、回転して飛び蹴りと肘と拳を、ひと瞬きの間に残りの5人へ叩きこむ。男たちは声もなく地面に倒れた。
「あのぉ、タケ君。挨拶のたびに寝ころんだ人を蹴り飛ばす挨拶なんて日本にはないよね?」
「だな。タケ、どこの国の人だよ? おまえは」
「え、それじゃあ初対面の人を蹴り上げるのが、みなさんの国の挨拶っていうのは、ウソなんすか?」
「クーボ、普通に考えてそんな国ないだろ。イキっているヤツを見つけて、わけがわからない言いがかりをつけて殴るのは、ただのタケのクセだ」
当の本人は、絡んできたヤツらが早々と地面に伸びてケンカが終わりそうなので、ご機嫌ななめだ。
「ウソだろ? もう終わりなわけないだろ? やっと気分がブチ上がってきたとこなんだぞ!」
倒れたヤツらは、意識はあるが立ちあがれないようだ。
脳震盪でも起こしているのだろう。
なんだよ。健人は素手のケンカでも度外れて強いのか。あれで、かなり手加減していたはずだ。
てことは、アピュロン星人のナイフがなくても、オレらって戦いではそうそう負けなさそうだな。ほっとしたぜ。
「うわぁ……入団して5分でケンカだよ。絡んできた人を全員ぶっ飛ばすとか、ないから。あれって傭兵の先輩だよね? ボクら、もうここから追いだされるかもしれないよ?」
「でもやっぱタケさんは、バカ強いっすねぇ。こんな強い人は、見たことねえや」
完全にひいている花地本にくらべて、クーボは健人のケンカに感心している。
やはり傭兵の間だと暴力はかなり許容されるようだ。そういう社会だと、オレらには向いているかもな。
「まだ、全員じゃねえ」
「──え?」
健人の目線の先には、散らばるように男たちが地面でうずくまる。
そのなかで、一人だけ中腰の男がいる。
コイツも健人から腹を殴られたはずだから、持ちこたえたわけだ。
立っているヤツは、岩を掘ったみたいなゴツい面。
オールバックで一部が編みこまれた髪型。完璧な悪党の外見だ。
背は健人よりデカい。コイツの身長、2メートルを越えているな。
「タケの最初の一撃を耐えたのかよ。かなり頑丈なヤツだな」
「そうですね。あの男は身体が大きくていかにも強そうに見えますね」
「ありゃ確か、ビスキンだ。タケさんッあれはヤベぇっす!」
周りで見物していた傭兵たちからも、声があがる。
「おいあれ、〝逆落としのビスキン〟だ。あんなの新入りのお出迎えに出ちゃだめだろ。殺す気かよ」
「おい、あの新入りは、ビスキンとサシでやりあうつもりだぜ。見てわかんねえのかな。やべえ感じしないのか?」
「ビスキンって、戦場で崖から突き落とされても這い上がって戦ったってヤツだろ? 頑丈過ぎて、素手で殴ってどうこうできる相手じゃねぇぞ」
「知らねえってのは怖ぇな。アイツ終わったな」
クーボも顔色を変えた。
「うわッダメっす。こりゃ相手が悪いや、みなさんここは、逃げましょう!」
「相手が悪い。ああ、まさにその通りだな」
「ケイゾーさんッなに笑ってんすか、マジであのビスキンは別格だ。素手で殴りあったらこの街で一番強いんすから。ケンカでは負けたことがないんすよ」
「そりゃ、自分より強いヤツに当たらなきゃ負けねぇだろうさ」
倒れた仲間をまたぎながら、ビスキンは健人に近づいては、顔をつき出して挑発している。
「軽い拳だな。新入りぃ、そんなに殴りたきゃ殴らせてやる。そのヒョロヒョロの腕で気がすむまで殴ってみろ────あ?」
次の瞬間、ビスキンは高速回転しながら薪束置き場に突っこんだ。
「ケンカしてんだぞ! 集中して真面目にやれッ!」
健人のやつ、今度はかなり強めに殴ったぞ。
ヤツの一番の趣味のステゴロで、ビスキンがナメたまねしたからキレたな。
「ビスキンが立ってこない。え? ほんとうに? タケさんッとんでもねえぇ……」
「な? ビスキンってヤツにとっては、相手が悪かったんだ」
これで全員を気絶させたな。いつものパターンだ。
健人は、つまんなそうにしてやがる。
「おいおい、新入りが、ビスキンをのしちまったぜ。いや驚いた」
「すげえ……人ってあんな遠くまで殴って飛ばせるのか」
しかしアホだ。あのビスキンってのは。
健人に好きに殴らせるとか、自殺同然だぞ。
あー。健人本人は、まだぶつぶつ言っている。
ご不満らしい。ケンカの時間が短すぎたからな。
健人の投げた上着を拾って差し出しながらクーボが
「かーッやっぱり強いねぇ! タケさんかっけー」
「手練れの傭兵を2発殴っただけで倒した……なんで? アピュロン星人に腕力も改造された? いやボクは、ぜんぜん弱いままだし。てことは、タケ君は素でウソみたいに強い?」
花地本はクーボの横に突っ立って、日本語で独り言をまくしたてている。
コイツ、こんなヤツだったか?
「あ……圧倒的だッ、タケ君なら異世界をケンカだけで乗り切れるよ! まずもって、ケンカ能力が、チートだ!」
ヤンキー漫画かよ。
冷静に考えようぜ。
異世界にだってケンカ、ケンカで世の中をのしあがれるなんて、都合の良い話があるわけがない。
乱暴者は、社会からはじかれて暮らしが立ち行かずに人生が終わる。そういうパターンが目に見えているぜ。腕っぷしなんて生活の役には立たねえよ。
まぁ今回の件は、現実的に考えて、ここでの傭兵稼業はクビだろうな。
登録してから10分くらいで、この街での食い扶持のあてを失くしたな。
気持ちを切り替えて、次いくか。
広場を出ようとすると、まわりにいた傭兵たちがオレを追い越して走っていった。
ん? どういうことだ?
いぶかしんでいると、高い笛の音が鳴る。
視覚の隅の地図で見たら、誰かが小走りで近づいて来ているな。
「領兵が呼ばれたみたいですよ、早く逃げないとッ!」
ええーと〝領兵〟っていうのは────翻訳出たな。警察みたいなもんか。
おいおい、最悪の展開だな。
いち早くクーボが駆けだした。モタモタしていたらオレらも捕まるな。
「おいタケ逃げるぞ、花地本もこい!」
「ヘーイ」
結局のところ。オレたちは、うまく逃げきれた。
このメアンの街では、ゴロツキどうしの暴行事件なんてものは、まともに取りあわないらしい。
後でクーボに聞くと、領兵の捜査もおざなりだったという。
「領兵にバレなかったんで、お
そうか。バレなきゃいいのか。
ケンカは傭兵団の中で解決するしきたりらしく、負けた方が訴えるとかはないって話だ。
恨みを買って闇討ちされるくらいは、あるらしいがな。
「あんがいこの街は、タケやオレに住みやすい
「え? タバコないしコーヒーないし、酒は不味いしよお。オレはすぐに帰りてぇけど」
「異世界だぞ? そういうのは、無くてもしかたねぇだろ。ガマンしろよ」
「ああ、こんなとこに飛ばしやがって! アピュロン星人のバカヤロウがよぉ!」
メアンでオレらが傭兵になって組みいれられたのは金輪目団という名前の、300人程度の傭兵団だ。
この街に4つある大手の傭兵団で規模としては2番目にデカいらしい。
街の契約した傭兵は総勢が1500人くらいいる。
20人以下の傭兵団はその4つのうちのどれかの下につく仕組みだ。
異世界で傭兵をやるとは思ってもみなかったが、他人を傷つけて金を稼ぐシノギは得意分野だ。きっと上手くやれるだろう。
結局はどこにいても、オレらみたいな者のやることは同じだ。だから異世界でもなんも変わらない。
ナメたヤツらをぶっ飛ばして、金をもらう。
他にやれることもない。得意なことで稼いで暮らしていくしかない。
こうして、オレらは傭兵になったんだ。
* クーボ、ビスキンの画像(線画)は
以下に掲示。
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