第54話 登洞圭三 傭兵になる
メアンの街で、健人がクーボという男と知り合った。
コイツの話を聞いているうちに、思いついた。この土地で傭兵になるのも、悪くないんじゃないか、とな。
「クーボ、教えてくれ。オレたちも傭兵になれると思うか?」
「そりゃタケさんは、あんなに強いんすから、タケさんとそのお仲間ならまちがいなく傭兵くらいできるっすっよ」
「ん? オレらもその傭兵団っていうヤツに入るのか? アニキ」
そうだな。いつまでも無職だと、社会的な身分がないからな。
街に入るために、とりあえず口にした〝傭兵になる〟という言葉を
仕事や立場がないと人間関係での扱いが軽くなる。街の人間の暮らしぶりもわからない。
しかし戦場か。さすがに経験がねえな。
危ないんだろうが、たぶんオレと健人は死なないだろ。そんな気がするぜ。
「そうだな。この暮らしが何年続くかわからねぇから、シノギは必要だな。おい花地本、一緒にやるか?」
「あ、はい。お願いします」
なんの気なしに聞いてはみたんだが、意外なことに花地本も傭兵団に入るらしい。
ある意味利口なんだろう。
花地本は、あんがい使えるヤツかもな。
異世界で傭兵をやることになり、クーボに連れられて街の外れまで来た。
目の前の空き地では、トナカイみたいなヤツとか、トカゲとか鳥とか雑多な大型の動物が荷車を
「うわ。ケモノの臭いがスゲーな。足元のフンの山もヤベーし」
「ここは、街中へ運ぶ荷物を大型の馬車から下ろして小型の馬車に積み替える広場か?」
「ええ、そうっす。積替場の奥が傭兵の
クーボは、まっすぐに広場の通り向こうに建つ石造りの建物へ向かった。
建物の周囲には、大小の雑多なテントが無数に並んでいる。
「ここが東地区の傭兵団の駐屯所っす。この地区で傭兵やると、
「ああ、おまえに任せる。特にイカれた組織でなけりゃ、どこでもいいぜ」
「金輪目は、規律の縛りが緩くて良い傭兵団っすよ」
「じゃあ、それで問題ないぜ」
受付の爺さんの前で従軍する際の規則を読んで板切れを3枚受けとる。
「名前書けば終わりっす。あ、タケさん、字が書けなくても喋れば係の人が書き取ってくれるんす。それで団に入れるんす」
「おいおい。さすがのオレでも、自分の名前ぐらいは書けるんだぜ」
規則は読めなくても、聞いて
なるほどな。話の通りにユルい組織で助かる。
「へぇ、タケさんって字を書けるんすか。学があるんっすね」
「オマエの名前はタケトか。ちゃんとした正字体を書けるとは、なかなかやりおるな」
クーボと受付の爺さんにほめられた健人は、小鼻を膨らませている。
こんな健人でも、日本語の読み書きはできる。
だがもし、なんの文字も知らないとしても文字は書けるんだ。
アピュロン星人から身体をいじられて視界に筆記の補助が線で表示されるから、その線をなぞれば、知らない異国の言語の文字だって書ける。
それにメアンで使われているビンガリ文字は直線的で、なぞりやすいしな。
「タケ、おまえに任せる。登録してくれ」
「おおよ、まかされた。サクサクっと、すましてやるぜ」
受付の爺さんは健人の記入した申請用紙を指でなぞりながら声に出す。
「トウドーケイゾー、トウドータケト、カジモトトシフミの3人か。ちょっと人数が少ないが、おまえらが仲間なら小隊が組めるぞ。組むか?」
「おうよ、その小隊っていうのを組ませてもらうぜ」
〝小隊〟と聞くとすぐに視界へ翻訳と解説が出た。
なるほど。傭兵の仕事は3~5人で組んだ小隊で
それで50人以上構成員のいるデカイ傭兵団が元請けとなって面倒をみる仕組みか。
単独で傭兵になりに来たヤツがいた場合は、元請けが適当な小隊に組み入れるんだな。
それでオレらの元請けは、金輪目団ってわけだ。
オレが傭兵のなり方を確認しているうちにも、受付の爺さんは加入の手続きを進めている。
「では小隊の呼称は、なんとする?」
「んなもんは〝
「ふむ〝トウドー会〟だな?」
おいおい健人。それ、まるっきりヤクザの組の名前みたいだぞ?
満足げにドヤ顔している健人の横で、花地本が笑いをこらえている。
しかたねえか。健人に、ネーミングセンスは期待できないからな。
「しかし、トウドー会とは耳慣れない響きだな。外国語か? ああ、トウドーとは、そうか。名前からとったのか。それじゃあ、その名前の由来はどういう意味なのだ?」
「あ? 意味か? ええっと意味は……〝とにかくカッケー〟ってことだ」
受付の爺さんは、無言で健人の言葉を書きつける。それも記録するのかよ、かんべんしてくれ。
「後は、トウドー会に紋章や旗印はあるか? なければオマエらも金輪目の紋章になるが、いいか? こういう形だぞ」
へぇ、これが金輪目の印か。二重丸だな。蛇の目か。
「んな二重丸なのは嫌だな。妖怪のオヤジみてえだし。そうだッ、コイツでいいぜ」
健人は〝4〟みたいな形の上向きの矢印を描いた。
もともと健人の左肩に入っていたタトゥーの図柄だ。消えてよかったぜ。
「ふむ。この形に意味はあるのか?」
「やんちゃしてるヤツは、よく言うだろ〝てっぺんとってやるぜ〟とか。あれだ。その、てっぺんに向かうって意味だ」
……これは、健人にまかせたオレが悪い。
そうわかってはいても、頭痛は消えないもんだな。
もはやどうでも良いから、早くここを出たいぜ。
どうにか手続きを終えた後は、受付で天幕と待機場所をあてがわれた。
「テントかよぉ。まがりなりにも宿屋に泊まってたオレらが、今日からテント暮らしとはなぁ。生活が、落ちぶれた感じするぜ」
「ゼイタク言ってんじゃねえぞ。地べたがベスポジの就寝スポットのくせしやがってよお。今朝も路上で寝てたろうが」
「弟が地べたに寝たがっていると思ってんのなら、頭がイカれてますよ。兄さん」
健人との日常会話は、だいたいの場合、周りを変に緊張させる。
他人にはオレらの喋り方や声色が、ケンカの一歩手前な会話に聞こえるらしい。
花地本は
「あの。飯は夕方に一度炊き出しがあるっす。荷車の並ぶ置き場の奥っす。それを食って済ましてもいいし、外で旨いもんを食うのも自由っす」
クーボの案内で、ゴツい男たちが居並ぶなかを歩く。
どいつもこいつも、嫌な目つきをしてんな。
ここの仲良しグループには、入れそうもないぜ。
「懐かしいぜ、ビンビンくるこの空気感。危ねーヤツらが集まってる感じの。いいねえ」
「なにが良いんだよ。タケ、いいか。人をむやみに殴るのは、止せよ?」
「アニキさ。オレは平和を愛する男だぜ。人なんて殴るはずがないじゃないか」
ウソくさい会話をしながら、指定された場所を見る。
そこには、知らない髭面の大男が両手を広げて横たわっていた。
ソイツはオレらを見あげながら、ニヤニヤ笑いを
良い笑顔だな。オレまで笑っちまうぜ。
「へぇ、歓迎されてんなぁ」
「ちょっと、タケ君、待っていてくださいよ。ボク、受付の人に言ってテントの場所を変えて……」
花地本が止める間もなく、秒で健人が地面の男を蹴り飛ばした。
いつもながら、見事なほどにためらいがない。流れるような暴力だ。
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