第50話 里右里左 順番の問題
定期的に兵隊をけしかけてくるパトロアと戦うやり方について、末吉と話している。
「鬼に金棒と言えば、ツール・ユニットとストアの組み合わせでは、末吉の構成が一番強いからね」
枠を2つ空けたままの転移者は、おそらく他にはいないんじゃないかな。
少なくとも私の周囲では末吉のストアが、最も遠い距離の対象物まで収納できるうえに容量も大きい。
もしも転移者どうしが戦うとしたら、ストアもツール・ユニットも、早く起動させた者の勝ち。
アピュロン星人のシステムは、同レベルなら先に起動させたら、後から同じシステムは起動させられないしくみなの。
でも、レベルが上がった末吉のストアは、後から出しても他の人のストアを押しのけて作動させられる。
ストアはスゴい。基本にして最強の能力だ。
そもそも、あの能力は収納と
ストアの機能は、転送そのもの。
アピュロン星人の最も特異な技術、空間制御そのものだ。
いまこの地域にいる転送者でストア能力を精密に制御できるのは、末吉のユニットにいるピクト君だけだろう。
つまり枠2つで、レベル2のストアとその自律制御があるだけで、物理攻撃は末吉が一番強いというわけ。
「遠距離からストアを使われたら、誰であろうと防ぎようもなく消されるからね」
『うーん。それは、なんだか聞くほどにヤバい武器に思えてくるな』
「他人事みたいに言うなあ。ほんとうにわかっているのかなあ」
ともあれ末吉と一緒にいるラシナ氏族は、安全だと考えていい。
パトロアとか他の勢力から一方的に攻められるなんて心配はない。
強力な武器を持った末吉が、イジメられているラシナの人たちを見捨てたりしないだろうからね。
超高度に発達した異星の科学技術は、魔術とは比べられないくらい強力な武器になるものね。
「そういえば、アピュロンの災禍は知らないけど、私はラシナの人から〝霧の魔女〟と呼ばれているわよ」
『霧の魔女?』
「セタ・ラシナに伝わっている伝説と言うか民話でね、パトロアの魔術ではない先史文明の魔術をつかう魔女の物語。偉そうなパトロアの魔術師を打ち負かしちゃうから、ラシナで人気なお話なの」
たぶん、迫害されたラシナの歴史が生んだ〝こうありたい〟って願望のおとぎ話なのよね。
『里右は、そんな話の主人公に例えられているのか?』
「と、思うでしょ? 例えられているわけじゃなくて、まさかの私自身がその霧の魔女の生まれ変わりだと思われているっていうね。そんな状態なのよ」
現在の私は、伝説級の偉い人の再来だと誤解されて途方にくれているわけですよ。
大切にあつかわれるのは、助かるけどね。
『どうして、そんなことになったんだ?』
「ラシナの人らを助けたメディック・ユニットの機能が霧の魔女の魔術に似ていたのが一番の原因かな。あとは思いこみたかったのかも。ラシナはいま迫害されているから、なんであれ希望が欲しいのだと思う」
そんなわけで、日本に帰るまでは霧の魔女としてラシナの人たちに力を貸そうと思うわけですよ。
というか、ここの暮らしが楽しすぎて、もう帰らないかも知れないけど。
『異世界だぞ。自分の元いた世界に帰らないとか、そんな気持ちになるものなのか?』
「えー、世界なんてみんな異世界だよ」
『どういうことだよ? 意味がわからないぞ』
「人はみんな別々の世界を生きてるじゃん。視点すら共有できない。自分ひとりの見聞きできる範囲を世界と思って生きて、死ぬときがその人の世界の終わり。82億の人がいたら82億個の別の世界があるって、そう私は思っているよ。人は場所なんかどこにいたって、みんな個別で自分だけの世界を生きている。自分の身体の外のすべては異世界の出来事なんだよ」
自分の心と身体がたったひとつの世界なの。カルテジアン劇場が────まで喋ろうとしてやっと自分にブレーキがかかった。
あーなんか、語っちゃった。恥ずい。
『難しい理屈だな、唯心論とかの話か?』
「あー、ごめん。あくまで私の感覚だからごめんね。この話は終了ー。なんの話だっけ?」
『パトロアは、ずっとラシナを攻めているのか?』
「うん。ずっと戦争状態。このあたりは先史文明の遺跡とかあるから、それが目的らしいのね。本当にさ、あの国なんなの? 差別主義者の集団? 自分たちだけが偉いと思っているのよねッ」
魔術なんて技術だから。偉いとか関係ないから。
「
別の空間に入れば、その場所にはいないってことだから、どんな攻撃だって当てられない。
言葉通りの意味で、私とは次元が違うもの。
だからお強いどなた様がいらしても、私には無意味なのよね。
魔術なんて、アピュロン星人の超科学の前には
そうわかっていても、実際に火球とか目の前にしたらかなり怖いけどさ。
「こっちもすぐに片づくから、早く合流しよ」
『ああ、わかった。こっちのラシナ族はパトロアの建物を襲うらしいから、そのあとでな』
「ああ。うん。せめてラシナの人に被害が少ないといいね」
『できるだけは守る。その建物はよくは知らないのだけど、なんか150年くらい前までラシナ氏族が住んでいた場所に建てられたとかで、奪還の機会を
末吉が現地のラシナの人に呼ばれて、通信を終えた。
いろいろたいへんそうだなあ。同じラシナ氏族でもウチの子たちは穏やかで争いごとなんて無縁よね。だから私が守らないと。
ん、あれ? ちょっと待ってよ。
ギロトツメなんとかって、どこかで聞いたような。
あれ? そこって、ギトロツメルガ?
その場所は、ラシナ氏族の集落のはずだ。
────あ。
150年くらい前までその場所に住んでいた、昔にカルプトクルキトの森で魔術師の蜂起があった。末吉は、そう言っていたよね。
「あーなるほどね。そういうことだ」
────わかっちゃった。
頭の隅にずっとあった疑問が、一気にとけた。
アピュロン星人、やってくれたわ。
どうすんのよ、これ。
「つまり私、このままじゃ末吉と合流できないじゃん」
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