第51話 登洞圭三 メアンにて


 フズルの砦を出たオレたちは、地図で一番近い集落へ向かった。

 たどり着いた場所は、ヤシみたいな植物のしげる土壁の街だ。名前はメアン。

 パトロア教国に属していて、シシートと国境を接している。


「メアンの街の入り口が見えたぞ。タケと花地本は油断するなよ」


 現地のヤツからはぎ取った服装に着替えてはいるが、ふたりともぜんぜん馴染なじんではいない。どうみても旅人のコスプレだ。


「はあー。やっと着いたのかよ。もう歩くのはきだぜ」

「が、がんばります!」


 街の入り口には、石造りの門と崩れた塔がある。

 門は塔の石材を流用して建てられたようだ。



「いまから街に入るぞ。タケ、花地本、おまえらはなにも言わずに笑っていろよ」


 ふたりは、ウソくさい笑顔のまま、ぎこちなくうなずいている。


「よし、いくぞ」


 門の中の詰め所には貧相な中年が一人と、門の上の物見にもう一人いるだけだ。

 やたらと警備がゆるい。

 もしここで例のアピュロンの御使いの件で捕まりそうになっても、すぐに逃げられそうだ。


 砦でソンジから教わったように傭兵になりにきたと言うと、名前を聞かれて荷物をあらためられて────それで終わりだった。

 街には、あっけないほどすんなり入れた。


「マジか。ノーチェックで良いのかよ、出身とかも聞かねえのか?」


 他人事ひとごとながら心配だぜ。

 隣国のシシートやデ・グナとは四六時中、小競りあいが続いていると聞いたが、そのわりに警備は緩い。罠ってことはないよな、まさか。


 健人には、なんの懸念もないようだ。

 町並みを見て、はしゃいでいる。

 通常運転だ。


「すげぇ。こりゃまぎれもなく街だぜ! やったな。ここなら、酒だってあるよな」


 花地本は、ずっとせきが続いている。


「ゴホッ、かなりッホコリっぽいですね、ここ」

「地面のほとんどが土のままだからな。こんなもんだろ」


 街では、やたらと風が吹いて土埃が舞っている。

 建物は木造とレンガで作られているが、どれもこれもボロい。

 庶民の住まいには保全や美装まで手がまわらないのだろう。

 足元は歩きにくいが、下水のための簡易な溝が切ってある。

 公共工事って考えがあると思えば、割と文化的か。


 しかし、街のようすは地球となにも変わらないな。

 屋根と壁とに区別される構造の建物、平坦さを意識した中央が嵩高な道。

 外国の発展途上国の街と言われたら納得するぞ、これ。

 こんな類似性なんて、ありえるのか?


 人間と同じような生態せいたいで、姿形と背丈せたけ似通にかよった生き物が暮らすんだ。

 周囲の利用できる植物や鉱物が、地球のそれと似ている条件の下では、出来あがる建築は似るのかもな。

 かもしれねえが。

 やっぱり……どうにも釈然しゃくぜんとしねえ。

 デカい詐欺さぎにハメられている気分だ。

 でもだ、詐欺の規模としては地形や生息する動植物ごと改造するなんて大事業だぞ。

 だれがそんなことを、やれるかって話だ。

 なにより、そうまでして、オレらをダマすメリットなんてないからな。

 けっきょくは、訳がわからない。

 この街のあまりの地球との類似性にも困惑しない健人は、のんきなものだ。


「しかし、どこ見てもレンガを積み上げた四角い泥と曲がった木しかないよな。色味がねえし。ぜんぶ薄く茶色いぞ。つまんなそうな田舎だなあ」

「生きていければ充分だ。オマエ、そんなことより街角とか見ていて変な感じしねえのか?」

「ビビるくらい小汚い田舎だな、とか?」


 街中を進むうちに、花地本も街の看板に気がついた。


「珍しいですよね。ここが異世界の街なのかあ。あれ、圭三さん、街角に掲げられている文字が読めるというか、わかりますね?」

「ああ、目にする表示物の意味がわかるな」

「驚きますね。なんかARっぽいです」


 見た瞬間に視界の異世界の文字が翻訳されて、意味も浮き出る。

 もちろん、文字も翻訳されるとは予想していたが、文字どおりに自分の目で見ると驚くな。

 アピュロン驚異の科学力だ。


「アニキ、もう街には、着いただろ? 歩きあきたぜ、宿とろうぜッ」


 宿がある前提かよ……いやあるな。

 マップに出た。

 なんだよここは。本当は地球なんじゃねえのか?


「ちょっとまて、まずは通貨かねの確認が先だ。あの屋台で手持ちの硬貨を使ってみる」


 騎士と砦からかっぱらったから、金銭はある。

 だがまずは、手持ちの硬貨が使えるかの確認だ。


 屋台で適当な肉の塩焼きを買った。

 買えた。硬貨は当然だが使えた。

 それと、買った塩焼きの味は、そうだな。べつに問題ないな。

 塩の粒が粗いのと、包んだ葉の衛生状態が疑問ではあるが、そんなひどい味ではない。イケるな。


「魚の切り身みたいだけど、ん、味はどっちかというと鶏肉っぽいか」

「これって、どんな動物の肉ですかね?」

「さあな。食えているんだから、きっと知らないほうが良いぜ」

「あー、そうかもですね」


 店側は、どの国の硬貨であっても銀の含有量で価値を判断しているようだ。

 なんか天秤らしき道具があった。

 あと、通貨の価値づけをするのは銀なんだな。銀は、地球と同じ金属だろう。元素は、変わらねえはずだ。


 考えをまとめているうちに、健人が文句しか言わなくなったんで、屋台の傍で見つけた安宿に入る。

 2階建ての黒い木の木造に漆喰しっくいみたいな壁の建物だ。


「屋号は〝国境亭こっきょうてい〟か。そういえば、ここは国境の街だもんな」

「うわあ。だいじょうぶかよ? 全体に崩れそうな作りだぜ。なんか黒いし暗いし」

「建築物も地球とほとんど同じなんて驚きですよ、ほんとうに異世界なのかな……」


 花地本、それはもうとりあえず納得しとけ。

 誰かになんらかのスゲえ技術でダマされていたとしても、オレらには真偽のほどはわからないんだから、疑問を持ってもムダだぜ。


 暗い室内のさらに暗い隅にいる無愛想なおっさんから、銀貨3枚と引きかえに棒に出っ張りの三個ついたカギを渡された。回転鍵型錠だな。


 というか、カギなんてあるのかよ。

 健人はマンガみてえなカギだと笑っている。だけど、これは複雑な金属加工製品の庶民への流通とか、他人と多く関わる社会構造とか、この土地についていろいろ考えさせられることなんだぜ。


 部屋は2階。3人で1部屋、貸し賃は先払い。小さい銀貨3枚。

 視界には、日本円で約10000と、表示された。

 とはいえこの値段が相場より高いか安いかってことは、わからない。


 多少は、ボラれても構わねえがな。オレと健人のストレージには、ってきた貴金属が日本円でだいたい7000万円分くらいはある。

 資金はあるわけだ。後ろ暗い金だがな。


 この手元の資金があれば、そうあわてずに暮らしの手はずを整えられるだろう。


「部屋の中は、6畳間ほどの広さで家具は寝台と小机だけだな」

「部屋の中も、薄暗いよな。はぁ、気が滅入るぜ」


 寝台は箱の形の台にわらみたいな植物の乾いた茎が敷き詰めてある。

 幸運なことに、イヤな匂いはしない。


「机とベッドがほぼ日本と同じような形だッ。ふしぎですね」

「なに言ってんだ、カジポン。机とかベッドなんて、だいたいこんな形しかねえじゃねえの?」


 だな。

 メアンの街並みが、どこかで見た印象だったことと同じ理由で、家具や什器じゅうきの形も、オレらの知っているそれと同じようなモノになるんじゃねえか?


 推察すいさつできるのは、庶民の道具には意匠が入る社会じゃねえってことくらいか。

 参照例が、少なすぎてなんとも言えねえがな。


「それよりよう、誰がどこで寝るか決めようぜ! ジャンケンなッ」


 健人? おまえは、マジでのんきだな。

 必死になる方向が違うだろうよ。


「なんだよ。じゃあアニキは不戦敗で、床な」

「やらないとは、言ってねえだろうよ」


 とまあ、ひとつしかない寝台の使用権はジャンケン勝負の結果、オレが勝ったけどな。

 そんなことより、視界の地図で街の配置を確認だ。

 メアンは、水路と丘のある約16キロ四方の街だ。

 人口は30000人弱か。思ったよりも人がいるな。


「オレたち転送された人間は、誰かに狙われているらしいからな、できるだけ目立たずにいろよ。基本は現地人に関わるな。特にタケ、しばらくはケンカもダメだ」

「わかったけどよ。アニキ、それはそうと、酒飲める店とタバコ屋がねえかな?」

「そう、だな。地図には出ていないな。どうだろうな。酒はともかく、タバコはあきらめた方が良いんじゃねえのか? 元の世界の人類史でもはじめからタバコの無かった文化圏も多かったからな、この土地には無いかもな」


 オレの話を聞いた健人が頭を抱えて、うめきだす。

 そこまでかよ。ニコチン中毒って怖えな。


「やべぇよ。ヤニねえとオレ、自分を抑えられねぇかも」

「は? むしろ、おまえに自分を抑えた経験ことがあったのかよ。タケ」


タバコよりも大事なのは、オレらにとってこの場所が安全かどうかだな。

とりあえず、このメアンって街から始めるか。

異世界生活ってものをよ。



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