第49話 里右里左 商売繁盛


 私とラシナ氏族の大切な生活の場所、カルプトクルキト大森林に攻めてきたパトロアの兵隊2000人。

 霧の中に足を踏み入れた10人ほどの騎士は、秒で眠らせた。いつものことよ。


 指揮官らしき偉そうなおじさんは、わけがわからないまま部下へ声をかけている。


「おい、おまえらどうした? なにゆえに倒れる?」

「これは、報告にあった魔女の仕業では? 兵士を昏倒こんとうさせる魔術では?」

「ではまさか、傭兵どもは眠っているのか? 戦場で? ありえないだろう。これは魔術か? 呪術か?」


 驚いて立ちすくんでいた偉そうなおじさんが、後ろを向いて駆けだした。

 その様子を見た兵隊たちが逃げ出そうとして、パトロアの隊列はぐちゃぐちゃになる。

 残った傭兵は眠った仲間を抱えたり引きずったりしながら後ずさっている。


「寝たヤツを後方に下げたいッ。手伝ってくれ!」

「ムリだ。四方は霧が濃くて、どこもなにも見えない。自分だけ逃げるのが精一杯だ!」

「置いていくしかない。あきらめろ!」

「チクショウッ魔女の作る霧には風延が効かんのかッ。風でさえぎった内側にも霧が湧くとは」


 混乱の中でも、つぎつぎにパトロアの軍勢は倒れていく。

〝眠らせる〟という作戦は何回も繰り返したのに、ホントに学習しないわ、この人たち。

 ただ突撃する、なんて向こう見ずな行動は、迎え撃つこっちのほうがビビるから、やめてほしい。

 ともかく、やってきた兵隊の数の5分の1くらいが眠ったころには、退却し始めた。


「ほらミゼ、もう終わったよ。怖くないよ」


 襲ってきた者たちを眠らせるのは、われながら良い作戦だった。

 現地の人から魔術だと思われている現象のタネは、ナノマシンをメディック・ユニットで大量に増やして、ウイルスみたいに感染させること。


 無断でこの森に入ったヤツらの命は、私が握っているのだ。

 もっとも、ナノマシンの製造や管理も大変だからね。パトロアの国の人、全員とかは無理だけど、おおよそ10000人とかならいけるから。

 ずっと霧のなかにいられたら、この森林地帯の防衛戦で私に負けはないと思う。


 負けないからといっても、パトロアの兵隊を殺したりはしない。

 人道的な話ではなく。安全管理の話。

 敵に恨みがつのると、むちゃくちゃなことするヤツが出るかもだから。

 森ぜんぶ焼くとか、川の流れ変えて森を水没させるとか。


 私には、アピュロン星人のマップがあるから、そういう広い範囲の攻撃にも事前に対応はできると思う。

 だけど、もしもラシナに被害が出たりしたら、いたたまれない。

 小競り合いで戦力減らしてくれているほうが、状況を管理しやすくて良いのだ。


 そんなわけで、私が眠らせたヤツは動かなくなるってだけで、ちゃんと生きている。

 眠っているのならば、目を覚ます可能性もあると、パトロアの人たちは思っている。


 だから置き去りにはできない。だけど、寝ている人を運ぶには人手がかかる。

 こうなると、戦争をしている余裕なんてなくなるよね。


 それが私の作戦の目的なの。

 寝ている人を運ぶ間は、私もラシナの人も攻撃はしない。地面に転がっていられたら、こっちとしてもジャマだし。


 なにより、死んだように眠る同胞は、ラシナを攻撃したらどうなるかの実例だ。

 パトロアの医療技術では、ナノマシンで強制的に眠らせている人間を、目覚めさせることなんてできない。

 だから見える範囲に〝どうやっても起きない眠りに落ちている仲間〟がいたほうが、心理的に揺さぶりをかけられると思う。


『里右の戦い方って、なんというか……エグいというか、あくどいよな』


 末吉は私の説明を聞いて、なんだかひいているみたい。

 しかたないよ。悲しいけど、これ戦争なのよね。


「考えなしに私を敵にした時点で、アイツらは終わりなのよ。私のかわいいラシナを殺しにくるヤツらなので即死させても当然なところを、仏心で寝らせるだけですませてやっているのだから、まだしも優しい対応だよ?」

『ずっと眠らせたままなのか?』

「それじゃ面白くないでしょう?」


 そこから先は、第2段階。


「眠りから覚ますために〝魔術契約まじゅつけいやく〟を結ばせるの」

『魔術契約って、なんだ?』

「ラシナの魔術師にいたのね。白の魔術師って感じの渋いおじいさん魔術師でフィメイナって名前の人。彼が言うには、魔術契約っていう破れない約束の仕組みがあるんだって。契約の文言もんごんに、違反すると身体が腐敗し魔力も失う魔術がこめられてるのよ」


 言いながら手元にあった魔術契約書をみて映像を末吉に送る。


『うわ、視界に画像が? こんな機能あったのか。SNSっぽいな。しかしこれが〝魔術契約書〟か』

「そう。この契約書を眠らせた人のお腹に貼って、森の境に置いているの。術契約の紙に署名して私が眠らせた人の髪とか爪とかと代金を添えて森の外れに供えると、その当人の目が覚める。ってビジネスモデルなのよ」

『ビジネスモデル』


 引いた感じになるのやめてよ。なによ、文句あるの?


「お金払って、もうラシナとは戦わないと誓えば目を覚ます。つまりは寝ているヤツらは人質。お金を払わないかぎり自由行動をロックされているわけ。大ざっぱに言うとランサムウエア的な感じで身代金を要求するって感じよ」

『ランサムウエア』

「戦争で誰も殺さずに、お金儲けするなんてステキじゃない?」


 お金がある世界なら、集めるのがお得でしょ。お金はあって困るものでもないし。


『里右のやっていることの目的がわからないぞ。どうして異世界の戦争で金もうけなんかしなきゃならないんだ? そもそも、金なんて稼いでどうする?』

「私は別に必要ないけど。ラシナの人のためよね。砦とか拠点を森林内に作って鉄とか塩とか、炭とかそういうの蓄えてもらっているの。私がいなくなってもラシナが他の国にイジワルされないようにしておきたいのよね」

『なるほど。自分が日本に帰った後、ラシナ氏族に協力できなくなったときのことを考えているのか。里右にとっては、この世界の騎士も魔術師も本気で戦う相手ではないみたいだな。戦争中に、戦いだけじゃなく先々のことまで考えて対応するとか、余裕すぎるよ』


 他にも、単純に人殺しが苦手って理由もあるのだけど。これは、言うまでもないことでしょ。


『ともかく、敵を無力化させる戦い方ができるのは良いよ。賢い戦争の解決方法だよ、それ』

「それが争い事の本質だもんね。こちらが好きなように出来る状態で、相手には好きなようにさせなくすること。それが、たいていの争いの勝利条件だから。殺傷は必須じゃないもの」

『やっぱり、里右の問題を解決する能力は頭抜ずぬけているよ。里右なら無事に日本に帰れるかもな。アピュロン星人は、鬼に金棒を与えたようなもんだ。里右の考え方と、そのメディック・ユニットの取り合わせは、そうとうヤバい効果出てるよな』

「ヤバいのは、私じゃなくてパトロアの騎士たちよ。もう1000人以上も眠らせているのに、まったく気にしないで攻めてくるのよ? あいつら変なのよ。眠らせている私のほうが心配になるわ」


 パトロアは考えを変えるだけの余裕がないのか。それともまだラシナを見くびっているのか。

 どちらにしても、ちゃんとした対応をして欲しいものよね。

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