第48話 里右里左 ラシナとの暮らし


「へぇ、戦争なの?」


 末吉から通信が入った。向こうのラシナの人は、なんかゲリラ戦みたいなことをしているらしい。怖いなあ。

 こっちのラシナは、平和なグループで良かった。

 もっとも、周辺国からイジメられているのは同じだけど。


 くもり空の下で妙に冷たい風がふく。

 草原にはいくつもの小さなやぐらが建てられていて、そこに塩ゆでしたなにかの肉を干している。

 いまは冬に備えて食べ物を蓄える季節だと聞いた。


 ここは、えーとカルプトクルキト大森林の南西のチェスキームと呼ばれる荒れ野だ。

 冬になったら、森の奥のギトロツメルガっていうところに向かう。

 私はまだ行ったことないけど、そこがラシナにとっての聖地的な場所らしい。


 ラシナのみんなは、忙しく働いているけど、いまのところ役目のない私は、ワフクが草原森の奥の囲いへ入って行くようすを大岩の上でぼんやり眺めながら、末吉と話している。

 あ。ワフクというのは、カピバラが羊の着ぐるみ着ているような生き物でラシナ氏族が毛と乳を採取するために飼育しているの。

 これがカワイイのさ。


 そうそう、末吉だった。

 末吉は、ついいましがた起きた戦闘のことを話している。

 規模の大きな争いだったらしい。


「お人好し過ぎて戦争に参加するとか、信じられないことするね。命知らずにもほどがあるよね」

『しかたないよ。巡りあわせが悪くてさ。だいたいアピュロン星人が────』

「あ、ちょっと待って。こっちもまた敵襲かも」


 風に乗って遠くの音が届いた。

 座っていた大きな岩の上に立って見回す。なんか土煙立ってる。あれか。

 ミゼが小石を転がして遊んでいた手を止めて私を見ている。


「そうだった。そろそろパトロアの軍隊が到着するころだ」


 マップを開くと、やっぱりだ。かなり近づいているかも。


「こっちは雨が降りそう。さっきから雨が降る前に特有の匂いがするんだよね」


 ペトリコールだったっけ。

 異世界でも同じような匂いがするんだよね。

 それと風にのって篝火かがりびの匂いが届いた。

 やがて騒がしい音が大森林を満たす。鐘と角笛が響くと、戦争の始まりだ。


「奇遇なのだけど。いまこっちもあれから頻繫ひんぱんに襲われているのね。うん。パトロアって国は、しつこいよね」

『危険じゃないのか?』

「いやいや、末吉は他人の心配している場合じゃないでしょ。へーきへーき。こっちの対応は楽ちんだもの。私の撃退方法では、敵を殺さないしね。異民族を率いて戦うとか〝白人酋長モノ〟の典型みたいで嫌なんだけど、ラシナの人たちに愛着できちゃったんだからしかたないよね」


 ミゼに伝えて、ラシナのみんなには森の奥に避難してもらう。


『里右もツール・ユニットを使ってパトロアの兵隊に対処たいしょしているのか?』

「うん。私、魔術師だと思われているのね。ここの人たちから霧の魔女とか言われてんの。ウソみたいだよね」

『ユニット使うとアピュロンの御使い様とか言われないか? あとストアのことを魔術食いとか呼んでいた。伝説の魔術とからしい』

「〝魔術食い〟と〝アピュロンの御使い様〟ね。昔にカルプトクルキトの森で魔術師の蜂起ほうきがあったんだよね? そのアピュロンの御使い様って名称はここでは聞いたことないけど。ちょっと待っていて周りの人に聞いてみる」


 周りのラシナの人たちにも末吉の聞いてきた言葉を尋ねてみたけど、知らないという。


「地域限定で伝わる伝承なんじゃないかな? その伝説とアピュロン星人のツール・ユニットがやったことを同一視しているとか。この地域の民間伝承には、よくあるパターンなのかもね。ラシナの氏族って一族ごとに遊牧しているから、それぞれに伝わっている個別な伝承なのかもしれないし」

『たしかに、そうかもな。氏族の移動する範囲は距離がかなり離れているから、交流もまばらだもんな。こっちだけの言い伝えかもしれないよな』


 話に割って入って、マップがさらに警告してきた。

 パトロアの兵隊は、いまにも攻撃をはじめそうなのね。


「襲われるっていうと、ちょうど今も森の前でパトロアの騎士達が並んでいるよ。偉そうな人が演説している。聞いていて思ったのだけど〝騎士たちよっ〟て言葉の音は〝ピスタチオ〟に聞こえるんだよね。ナッツの集まりみたいで面白だわ」


『……里右は戦闘集団を目の前にしているのに、余裕がありぎるな。怖くないのか』

「ぜんぜん。あいつら、へなちょこだもん。メディック・ユニットの敵じゃないから」


 騎士がミーティングしているうちに、メディック・ユニットで蒸気を出す。


 ラシナ氏族のなかでは珍しい、魔術師のフィメイナって人に風の魔術を使ってもらう。

風を起こして、この辺りに蒸気をまんべんなく拡散させておくのだ。

これで準備は、万全だね。


「いまちょうど演説の中で、私を殺す宣言とかされちゃっている。ふーん。生まれて初めて名指しで殺人を予告されちゃっているね。私も嫌われたものだなあ。ああ、ちょっと待って。敵が立入禁止の境界線まで来た。警告するから、このまま待っていて」


 でもって、フィメイナに作ってもらった魔術の道具を使う。

これ、指向性のスピーカーみたいな機能がある道具なんだ。

音量を大きくした私の声を、侵入者の近くで発生させるのよ。

これが、ほんとに良くできているのさ。


『はーい。いま来た人たち。そこから入らないでね。森の中に入ったり、矢や魔術を射ちこんだら、すぐに眠っちゃうよー』


 事前に、森の手前に広げておいた水蒸気は景色がかすむほど、わだかまっている。

 2メートル先も見えていないはずなのに、なにもわかっていない騎士たちは、抜いた剣をかざして空に怒鳴り散らしていた。


「出たな霧の魔女! 今日こそは成敗してくれるぞ」

「こんな霧などなにするものぞ!」

「冷たいな、ほとんど雨ではないか! いまいましい!」


 なにするものぞ、とか叫んでは走ってくる。

 そんなところに、私はいませんよ。


 霧の中には、いつものように増産したナノマシンが、わんさか漂っている。


 モノを知らないというのは、怖いよね。

 きっとさ。入るんだろうなぁ。あの人たちは、止めても入るやからだもんね。


「焼き払えぃ! 火球だッ!」


 偉そうに着飾った魔術師が大声で指図さしずしているけどムリなんだな、それは。

 霧の手前には、魔術を使えるラシナの人たちに張ってもらった風延がたくさんあるからね。火球なんてバンバン地面に落としているもんね。


「魔女さま……」


 ミゼが不安気に顔を曇らせる。

 さっきまで丸い小石を転がして遊んでいたのに、いつの間にか私にくっついて震えている。

 怖がりだなあ、もう。


「心配しないで。私、弱くないから」


 ミゼの手を握って、頬をつつく。

 良い手触りです。プニプニのお腹も撫でよう。

 ほら笑った。


「霧の魔女サトリサに、おまかせあれだよ」


 えーと。来ている兵隊は2000人くらいかな。全体の3割ほど眠らせれば、良いんじゃないかな。


「突撃ぃッ!」


 はい。突撃。いつもの突撃だ。また来たね。

 この世界の騎士って、学習とかしないのかなぁ。

  

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