第47話 末吉末吉 強襲集団
異世界に飛ばされてから、ずっと現地に住むラシナって人たちと行動をともにしている。
「あー、もう夜が明けたのか、イテテッ」
アピュロン星人のアメニティのテントから
淡い朝霧が地上を包む。この森は
白く
あたりには炭の焼ける匂いと焼き芋の匂いが漂っていた。
高層ビルくらいデカい木々の間から漏れる数多の朝の光が霧を照らし、カラフルな鳥が鳴きながら群れになって飛ぶ。
大森林の朝だ。
オレは異世界に送られて初めて、自然の中で寝起きする体験をしている。
生まれも育ちも東京で、キャンプの経験もない。
それがいきなり大森林のなかで朝を迎えた。それがとにかく圧倒される。
異世界というより自然の雄大な空気感がヤバいんだ。
好きでいるわけではないけれど、こういう環境も悪くはないかもな。
昨日はあのまま岩棚で泊まった。
色々あったから、気絶するように眠ったんだ。
それで気がつけば、朝になっていた。
「酷いキズが、いくつかあったはずだけど、特にケガはないよな。負傷したのは気のせいだったのか? 戦いに動揺して大ケガに感じていたとか?」
しかし、まだ身体中が痛い。
単にキズの治りが早かっただけか?
まあいい。無事に越したことはない。
アメニティ・ボックスから洗顔セットを出して、岩から出ている清水で朝の
ん? なにか
「スエヨシおいでー。ご飯食べようー」
「ああ」
コトワが袖を引いていた。いや待てよ、他の子も上着の
子ども達は、なにかとオレに絡みたがる。
好奇心からだろうか。この世界だとオレみたいなヤツは物珍しいだろうからな。
コトワに連れられるまま広場に行くと────うわッ、大勢のラシナの人が並んでオレを見ている。気恥ずかしいな。
「おはようございます。スエヨシ様」
大人のラシナの人が大勢いて、オレに挨拶したり、話しかけてくる。
「おはようございます、えーと、その……みなさん」
ぎこちなく挨拶を返すオレの手を引いて、コトワが朝食の席へ案内してくれた。
「スエヨシ、これ食べて」
座った途端に出されたのは湯気を立てる木の椀。
両手につつんで口をつける。
熱ッ。これ直に口をつけるのは、ちょっとムリだ。
アメニティ・ボックスからスプーンを出して、少しずつ冷ましてから口に運ぶ。
「あ、
塩気は薄いが滋味のある汁物だ。
トロリとした茸のスープとしかわからない。〝三又苔の乳粥〟という料理だと教えてもらった。
目の前の大皿にはゆで卵と焼いた芋、
コトワは、せっせと木製品の小皿に料理を取り分けて、オレに持たせる。
「これも美味しいよー」
「ありがとうな」
コトワは甲斐甲斐しくオレの世話をする。なんとなくままごとの相手をさせられているような気になる。
並んだ料理は、どれも素朴ではあるが風味が豊かだ。
香りも味も知らない異世界の料理だけど、身体に良さそうな旨味にあふれている。
気づけば、椀は空になっていた。
「ねー。スエヨシ。宙から、なにか出たねー」
「これ? スプーンだよ。サジとも言うけど」
「スエヨシは、詠唱なしで魔術がつかえるのー?」
「魔術じゃないんだよな。これ」
なんかもう訂正するのも、めんどうになってきたな。
「スープをもう少し入れてくれる?」
コトワに渡したオレの椀は、そのまま鍋の横に座った姿勢のいい人が受けとり、汁物をよそって返してくれた。
この人は、たしかディゼットって言う腕のいい戦士だったよな。
「ありがとう」
「スエヨシ様。きのうの戦闘のとき、あなたはなぜ逃げなかったのですか? あなたには、戦う理由がなかったでしょう?」
「ん? たまたま戦う手立てがあったものだからね。なりゆきだよ」
大きくうなずいている。ディゼットはいちいち仕草が格好いいな。
野原で粥をたべているのに、お城で宮廷料理を口に運んでいるみたいな優雅さがある。
達人とは、そういうものかもだな。
「しかし、役に立つ道具を持っていれば、誰もがそれを他人のために使うとも限りませんよね」
「そういえば、そうかな? うーん、なんて言うか、目の前が燃えている時に水の入った桶を持っていたら、考えるもなにもまずは火へ水をぶっかけるだろ? それと同じだな。反射的なんだよね」
なんで、ずっとオレを見ている? 気まずいぞ。目力が強いから気になるんだよ。
「この森に、あなたが来てくれてよかったです」
「ああ、そりゃどうも。こっちもラシナが、オレの近くにいてくれて助かったよ」
ディゼットは諸国をまわり、技やら心身やらを鍛錬する武芸者だったと言う。
ただこの20年ほどはラシナの氏族の集落について回っているらしい。ラシナ人の感覚からすると20年なんて、標人の1年ぐらいの期間に感じるそうだ。
ここの集団はよく標人から狙われているので、腕の立つディゼットは歓迎されているわけだ。
食事を終えたら、ラシナのみんなの後についてカルプトクルキトの森林を移動する。
総勢で90人以上かな。思ったよりこの集団は人数が多かった。
どこに向かっているのかと訊ねたらウイシャがさんざん悩んだ末に口を開いた。
目的地は部外者には秘密なのかな?
むしろ、そこまで言い難いのなら、答えなくても良いんだけど。
「────ギトロツメルガ、永久焔獄だ」
やたらと仰々しい名まえだな。
あれ? どこかで聞いたような場所だけど。なんだっけ? ああ、そうか。地図で見たのか。
「ええーと。みんなが。そこに行くとなんか良いことあるのか?」
次のウイシャの言葉は、予想外だった。マジで。
「良いことはない。攻めて、陥落させるために行く」
え。攻める? ラシナ側から攻撃をしかけるのか?
「ちょっと待ってくれ。ラシナから攻めるのか? 攻撃されたのではなく、こっちが先に手を出しているのか?」
「先にこの土地を奪ったのはパトロアやデ・グナだ。われらは奪われたものを取り返しているだけだ」
え。なんだって!
ラシナから攻撃に行くなんて、予想もしてなかった。
意外すぎて、考えが追いつかない。
そりゃ戦闘ばかり続くわけだよ。
こっちから敵のところに出向いて行って、手出ししているんだから。
ちょ、ちょっと待て。これって、さっきディゼットが言った通りじゃないか。
民族の間の戦争ならラシナ人じゃないオレが関わることではない、よな。
オレは、戦争被害者を助けたと思ったら、実はゲリラ戦闘をしかける部族を手助けしていたのか……
異星人に弾かれ、異世界へ送られた先で豪雨に流され、戦いに巻きこまれ、そのままゲリラと戦闘に同行か。
なんだこれ。おかしいぞ。
実体化した所の環境が悪すぎないか? アピュロン星人ッ!
オレ、よく知らないまま、どこかの国と戦ってたのか。ヤバいな。
「戦うっていうけどさ。氏族のなかには子どももいたよな、襲撃するのに連れていっているのか? そんなの危ないだろ?」
「戦闘に参加はさせない。だがしかし、一族は一緒に行動する。他に寄る
これは……状況判断が難しいぞ。
どうすればいい?
いまさら〝戦うとかは、したくないので、これでさようならです〟
とは言えないし。困ったことになった。
「そもそも、ラシナの狙っている、そのギトロツなんとかって、どういうモノなんだ?」
ウイシャが大きく手を振って指をさす。
指し示した先には、山のように大きな台形の建造物があった。
建物のいたるところから突き出た無数の塔みたいな煙突からは、黒い煙が勢いよく吹き出している。
ギトロツメルガ永久焔獄って、よく見ていたあのデカい構造物か。
「アレか? よく見ていた風景の一部の、あのデカいの? ほんとうに?」
「そうだ。あれを壊すのは150年前からのラシナの悲願だ、かならず打ち砕く」
ことさら肩ひじ張っているウイシャの肩にディゼットが手を置く。
ラシナの人にとって、かなり思い入れのあることのようだ。
部外者のオレには、ぜんぜん理解できないけどな。
あんなモノを壊したからって、なんになるのかね?
でもそういうの、いま聞ける雰囲気じゃないしな。
歩みを進めるうちに小雨が降り出した。ラシナ氏族の隊列は、かまわずに進む。
「たしか、携行品に傘もあったな」
アメニティから傘を出すと、子どもたちが欲しがったので5本ほど複製して与えた。
雨具というよりはオモチャとして、振り回して遊んでいる。
すごく和やかだ。この情景は、とても戦いに向かう集団とは思えない。
「ディゼット、あのデカイ岩山を攻め落とすとか、本当にそんなことできると思っているのか?」
「できるかどうかという事では無いのでしょう。民族の悲願。できなくともやるのでしょうね」
ディゼットとオレの会話にウイシャが眉をひそめる。
「攻略は、アピュロンの御使い様がいれば可能だ」
またアピュロンの御使い様か。
なぜアピュロン星人は転送前にこのことを説明してくれなかったのだろう。
もしかしてアピュロン星人も個人間での情報の共有ができてないのか。
それか別のグループの転送で起きたことなのかもな。
「でも、オレは違うぞ。アピュロンの御使い様じゃない」
「だとしても、セタ・ラシナはギトロツメルガ攻めをやめない」
アピュロン星人はこのキリバライキに、昔なにかをしたのだろう。
異世界に影響を与えすぎて、後の世のオレたちまで変な扱いになっている。
ツール・ユニットが人の役に立つのなら、使うしかない。
だけど異世界で戦争に参加するのは、違う気もする。
じゃあ、どうすることが正しいのか?
いやこれは、まいったな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます