第46話 登洞圭三 フズル砦を出る

 転送先の異世界人につかまった。

 パトロアって国が〝アピュロンの御使みつかい〟とかいう魔術師の身柄と金銭かねを交換するって知らせを各地に広めたからだ。

 どうやらオレらは、国の求めていたおたずね者。つまり金銭かねえられる人物じゃないかと疑われていたらしい。


 パトロアが知らせを広めた時期が、ちょうどオレらが転送された時期と重なった。

 だからこのふたつは、偶然に起きた事件だ。

 なんてことは、まず起こりえないだろう。


 そうなると────今回の転送も、たまたま起きた不運な交通事故じゃないってことなのか? 

 アピュロン星人は、計画的にオレらをこの異世界へ送りこんだ。

 そして、異世界側もアピュロン星人の計画を知っていて、オレらを待ちかまえていた────そういう筋書すじがきもありえる。


 だがなんのために、アピュロン星人はそんなことをするんだ?

 現地人の側も、異世界から送られてくるヤツが敵なら、見つけしだい殺せばいい。なぜ捕まえる?


 わからないことばかりだ。気にはなるが情報が少なすぎる。いまは考えてもムダか。


「アピュロンの御使いってのはオレらのことか? ソンジ、おまえもそう思っているのか?」

「さあ、わからないって。それにオレは、すぐにおまえたちのことは忘れるのさ。わかるだろ?」


 オレらのことを他で喋らねえって言いたいのか。コイツ、賢いな。

 だけど、他人を値踏みしているような、イヤな目つきをしているぜ。

 コイツもオレらを観察しているってわけかよ。まったく間諜スパイらしいヤツだな。


「オレら、魔術師じゃねーんだけどな」


 健人が不機嫌そうに吐きすてる。

 そりゃそうだ魔術師じゃねえに決まっている。

 だが、事実かどうかなんて関係ない。害になる魔術師だと、お偉いヤツが決めたらそうなるだけのこと。中世欧州の魔女狩りと同じことだ。


「アピュロンの御使いを捕まえたらどうする? 処刑するのか?」

「普通はそんなことはしないがな。パトロアは王家とアピュロンの御使いがモメた歴史があるらしいからな。あの国なら殺すかもな。ほかの国は、たとえばデ・グナやシシートなら疑わしいヤツは追放するくらいだろうな」


 おいおい、この国が一番ヤバいのかよ!

 しかたねえ……国境を越えるか?

 しかし、いまからまた長い距離を歩くなんて、うんざりだな。


「オレたちの外見そとみは、アピュロンの御使いに似ているのか?」

「わからねえよ。オレは、アピュロンの御使いなんて見たことねえし。まぁ、たいていのヤツは見たことねぇんじゃねえの? アピュロンの御使いなんてさ。でも、アンタらみたいな顔立ちのヤツはそこら中にいるからなあ。特に似てるってことはなさそうだけどな」

「だったらなぜ、オレらはアピュロンの御使いの容疑者として捕まった?」

「ここのヤツらの考えなんて知らねえよ。たぶん、旅人はみんな疑われるんじゃねえの?」


 そんなに適当なのか。

 でも、ありえるかもな。

 この世界では旅人なんて、そんなに大勢いないだろうから、手当たり次第に捕えるというのは有効な手立てだろう。


 いま考えれば、最初にオレらを襲った金持ちの騎士たちも怪しい格好の旅人ってだけで、オレらを捕えようとしたのかもしれないな。ってて正解だったぜ。

 この砦のヤツから見ても、オレと健人は、いかにも怪しい旅人だったろうから、普通に捕えるわけだ。


 状況はヤバいが、こっちに有利な点もある。

 普通のヤツはアピュロンの御使いを見たことはないらしい。

 つまり外見で直ぐに捕まるってことはないようだ。

 あらかじめ着ていた洋服を現地のヤツの服に取り替えていたのは正解だったのか。

 まぁ、けっきょく旅人はみんな捕まったらしいがな。


 あとは、この世界にもモンゴロイド的な人種がいるらしいのも有利な点だ。

 オレらが人ごみにまぎれられるのなら、この世界でも無事に暮らせるだろう。

 あとは、コイツから一般常識をいくつか仕入れるか。


「この世界を表す言葉はなんだ」

「は? 変な質問するんだな。そうだなあ。新生大地とかキリバライキとか、かな?」


 このあともソンジから、この世界の社会についての話を聞いた。

 この世界のモンゴロイド的な見かけの種族は、割と数多くいるらしい。

 まさかとは思うが、その人種の起源は過去に転送された日本人だった、なんて理由ことがあるのかもな。

 なんにせよオレらが街中まちなかに紛れるには、モンゴロイド的な種族が多いって現状は都合が良いぜ。


「アニキ、オレらも人の多い街の中なら潜りこめそうだな。実際オレたちはアピュロンの御使い様とかじゃねえし、いけるだろ」

「そうだな。もしヤバくなっても逃げるだけだ」


 アピュロン星人にしろ、この世界の住人にしろ、日本人との考え方の違いが厄介やっかいだ。

 他のヤツらがなにを求めて行動しているのか、まったくわからない。しばらくは辺りのようすを探りながら静かに暮らすべきだな。


「一番近くの街の場所は?」

「東南の18キロ先にある、メアンだ。パトロアの街でシシートとの国境に接している」

「国境か、いいな。そこは、オレたちみたいなよそ者でも入れるのか? 手形や鑑札みたいなので、入るのを制限するしくみはあるのか?」

「デカイ街だからな、外門までは誰でも通れる。中門から内は通れねえ。身元をあらためられるから、よそ者は入れないだろうぜ」


 ソンジは笑いながらつけ加える。


「いま、メアンの街は傭兵をつのっているからな。傭兵になりに来たとでも言えば、外門はすぐに入れるさ」

「傭兵になるには、必要な条件や資格なんかがあるのか?」

「ないな。傭兵の屯所とんしょまで歩いて行けて名前が言えたら、誰でもなれるだろうさ。傭兵は、希望者の出自しゅつじは問わないんだ」

「たとえば敵国のシシート人だと言ってもなれるのか」

「ああ、なれる。流民やら無国籍もよく傭兵になる。どこから来たヤツでも傭兵にはなれるからな。気になるなら、カルプトクルキトの開拓村から来たとでも言えばいいさ」


 その仕組みなら、とりあえずメアンの街の中へは入れる。

 傭兵になるとか適当に話して、入ってみるか。


「アニキ、この近くの街は危ないんじゃねぇか? オレらこのナントカ団つぶしてるし、犯人捜しされるとマズくね?」

「かも知れねぇが、いまは情報が足りねぇんだ。ここで気にやむだけムダだぞ。だいたい、タケだってもう余分に歩きたくはねえだろ?」

「だよな。近くの街に行こうぜ!」


 いざとなったら隣のシシートに行くか、荒野へ逃げて山賊でもやるさ。


「メアンでの犯罪者の取り締まりは、どの組織がやっているんだ?」

「領兵がやる。領主の私兵だ。ほとんど捕まえられねぇけどな」


 モノや情報は人が大勢いる場所へ集まる。

 そこにいけば状況がわかるはずだ。

 日本に帰れるまで暮らせる住処だって必要だ。


 おおよその知りたいことを聞いた後に、約束の通りソンジは檻から出した。隣の爺さんもついでに解放した。


「へぇ、いいのかい」

「言ったことは守る」


 コイツは口が巧すぎる。論理的な受け答えをとどこおりなくできることからも、なんらかの教育を受けているようだ。マジでシシートの間諜かもな。

 もちろん殺したほうが、この先のオレらは安全だが、取引だからな。なしにはできねぇな。そういうのは嫌いだ。

 一緒の口の重い爺さんは、老けすぎてヨボヨボだ。放っておいても何もできそうにない。害はねえだろう。


 軽く礼をしたあとソンジと爺さんは、余分な言葉をかわすでもなくてんでバラバラに森へと消えた。


「タケ、オレらもさっさと犯行現場から離れるぞ」

「ん? カジポン、なんでついてくるんだ? もう行っていいぞ」


 どういうわけか、花地本がオレらの後からついてくる。


「なんか用か? 牢から出る手助けはしたからな、ナイフは返さないぞ」

「ボクもあなたたちと一緒に行きたいです。お願いしますッ連れて行ってくださいッ!」

「なんでだよ?」


 健人は砦から奪ってきた酒をずっと飲んでいる。

 運べない分は腹に納めて持っていく気らしい。


「ふたりなら、日本に生きて帰れると思います。だからついていけば、ボクも元の場所へ戻れるはずです」

「え? カジポンおまえ、オレらの連れになりてぇのかよ。それじゃ、えーと。アニキ、どうする?」


 転送された人間は事情をわかっているし、帰還という目的も共通。視界の地図での見張りという機能も使えるかもな……


「圭三さん、お願いします。ボクも同行させてください!」

「好きにしろ」

「お、良かったな。カジポン」


 肩を叩いている。健人はにぎやかなのが好きだからな。同行者が増えるのが単純に嬉しいんだろう。


「ただし、自分の面倒は自分でみろよ。花地本」

「はい」


 異世界に着いてから、血なまぐさい暴力ざたの連続だ。

 さすがに嫌になる。

 次の場所では、のんびりしたいものだぜ。


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