第45話 登洞圭三 フズル砦の夜明け

 夜半すぎに牢屋を出て、砦の兵士に夜襲をかけた。

 30分ほど戦うと、砦のヤツら64人を表す光点が視界の地図から消えた。


「終わりだ。砦にいた全員を始末した。これで自由の身だな、花地本。約束は果たしたぞ」

「こ、こんな簡単に砦のヤツらが全滅するなんて。50人以上いたのに。圭三さんたちは、あっさりと殺した……うぷぅッ」


 花地本は倒れているヤツらを眺めて呆けていたが、いまは盛んに吐きもどしている。

 実際に人が殺されている現場に立ち会って、耐えられなくなったのだろう。

 無理もない。

 まして人を殺した当人が、平気な顔して自分の横に立っているわけだしな。

 人殺しを気に留めないオレと健人がイカれているだけだ。


「やったー、酒だぞ!」


 たったいまオレからイカれ認定された健人が、母屋から壺を抱えて戻ってきた。

 実に晴れ晴れとした笑顔だな。サイコパスかよ。


「酒、なのかよ。これ?」

「まちがいねえッ」


 壺に詰められているのは、おそらくは果実を醸造したものだろう。

 口にすると一般的な日本のワインに比べて、苦味や酸味がヒドく強いが、健人は気にもせずにガブ飲みしている。


「おお! 酒を手に持っているというだけで、気分が上がるな!」

「言っておくが、それくらいのデカさの壺はアメニティ・ボックスに入らねえからな」


 酒を飲み始めた健人は放置して、砦の倉から食料や金を漁り、鞄に詰めこむ。

 こういう強盗じみた稼ぎ方は気に食わないけどな。しかたがない。


「アニキー。大漁たいりょうだな」


 壺を片手に持って金貨をかき集める健人は、マジで楽しそうだ。

 どう見ても悪党でしかない。

 異世界まで来てなにやっているんだろうな、オレらはよ。


「思えば、こっちの世界に来てからというもの、オレらって殺人と死体あさりしかしてねえな」

「そりゃしかたねえよ。襲われたり、一服盛られたりしたからよ。抵抗もするぜ、そりゃ」

「たしかに返り討ちではあるけどよ。このパターンはダメだろう。危険が多すぎるし、なにより完全に現地の社会への敵対行動だぜ。この国の軍隊に目ぇつけられたりしたら、すぐに潰されるぜ?」


 しかもこの強盗まがいのシノギが、オレら兄弟には馴染なじみすぎる暮らし方なのが、より危険なんだ。

 健人なんて、すでにもう山賊にしか見えないからな。


「おいアニキ。なんかたくさん鳥がいるぜ」

「鳥?」


 見上げれば、二階の屋上が鳥小屋になっていた。


「食べんのかな?」

「どうかな。専用の扉があって自由に出入りしている。食肉用の鳥じゃねえな。たぶん通信に使ってんだろ」

「ツーシン? じゃあこれ電話か。異世界の連絡は鳥フォンでやってんのか。辛えなあ」

「触るなよ。鳥は放置でいい。餌が無くなりゃ自分から勝手に外に出るだろ。下にいくぞ」


 元いた場所では花地本が壁に寄りかかって座っている。

 まだ殺人のショックから立ち直ってないのか。ダルいヤツだ。

 ひ弱なお坊ちゃんは扱いづらいぜ。


「花地本も砦の品物をパクっといたほうがいいぜ。倫理や道徳じゃ、腹はふくれねえぞ」


 まぁがんばって、この世界で生き抜いてくれや。


「物資を補給した後は現地の情報収集だな。幸い捕虜ほりょが牢に残っている。行くぞタケ」

「おう、すぐ行く」


 この場をいつでも逃げられる用意をととのえて牢屋へいくと、格子こうしのなかには、男がふたりいた。


 1人はかなり高齢な見た目の老人で、もうひとりは盛んに話しかけてくる痩せた小男。片耳にピアスなんかつけてかなり胡散臭いが、コイツでいいか。


「話が聞きたい」

「あ? 出してくれたら話すよ」

「話が先だ」

「なぁ、まずは出してくれよ。頼む! 敵の敵は味方だろ? な?」


 花地本から聞いた話だと、どこかの国の間諜スパイだと疑われて捕らえられたヤツらしい。本人は否定している。

 オレはこいつの正体がなんであれ、どうでもいい。


「聞きたいことに、きちんと答えたら牢から出す。条件は変えない。まずは、おまえらの名前を言え」


 痩せた男はオレの顔を見て態度を変えてきた。物わかりは悪くないらしい。

 老人はこの状況には関心がないようだ。オレを見てもいない。相当な高齢者に見えるし、こっちから情報はとれそうにないな。


「……オレはソンジだ。おまえ、名前は?」

「登洞だ。じいさん、名前は?」

「セルヲル」


 老人がセルヲルで、小男がソンジね。小男のほうはたぶん適当な偽名だろうが、話しかけるには名前がいる。

 手近な椅子をえて、ソンジの面前に座る。


「この砦にいたヤツらは、なにをして暮らしていた? なんの集団だ?」

「傭兵だ。フズル同朋団どうほうだんと言っていたから、元はシシートの出身だろうな」


 シシートって国の出身の傭兵団ね。花地本の話と同じか。じゃあ、傭兵で確定だ。てことは、ヤベえな。砦と別の所に仲間は、いないだろうな?

 いや、いたとしてすぐにここを出るから、構わねえか。


 でもオレら、そんな殺しに慣れたヤツらとやり合っても、案外なんとかなったんだよな。

 ほとんど、アピュロン星人の地図とナイフのおかげだろうがな。


「コイツらは、どうしてオレらを捕らえたんだ? 捕まえたら、なんか良いことがあるのか」

「先月くらいかな。異国の魔術師が来るって、お触れ書きがパトロアの国中、ここいら辺りの街や村にも出ていたんだ。アピュロンの災禍さいかがらみのヤツだ。捕まえたら金をくれるとも書いていた。だからきっと傭兵は金めあてでアンタらを捕らえたんだろうよ」


 アピュロンの災禍? コイツいまアピュロンと言ったな。

 振り返って健人と花地本に黙れとジェスチャーで伝える。


「アピュロンの災禍とはなんだ?」

「詳しくは知らねえ。なんでも200年くらい前にアピュロンの御使いとか言う魔術師がパトロアと戦ったとかなんとかで、またそういうのが来るってんだろ? 多分」

「アピュロンとはなんだ?」

「アピュロンってのは、そいつらの信仰していた神の名前だな。たぶん」


 は。偶然なんてありえねえな。

 おそらく、この件にはアピュロン星人が関わっている。

 あいつら過去にも、この世界でなんかやらかして、それをオレたちに隠していたのだろう。


 まったく食えねえヤツらだ。こうなると、転送する原因になった空間船ヤツらの機械との事故ってのも怪しくなるぜ。


「どうして、パトロアの国はオレらがこの場所へ転送されてくるって1ヶ月も前にわかったんだ?」

「転送? なんだよ転送って? アンタらがここへ来ると知っていたか? それも知らんよ。お告げじゃねえの? パトロアは国からして、なにかと信心深いからよ」


 オカルトな理由で日本人がこの世界に来る日付を知った? 

 なんだよそれ。

 いや、待てよ。魔術がある世界なら、予知があってもふしぎじゃねえのか。


 200年前ね。アピュロン星人は、そんなに前からこの土地に人を送りこんでいたのか? そういえば砦の柵の前にちた案内板があったな。


「なんだってそんな昔の反乱が、いまのオレらに関係する?」

「さあね。そんなことオレにわかるはずがないだろ。ただ、アピュロンの御使いを名乗るやからはいまだに各地に潜んでいるらしいぜ。たまに取り締まりもあるが、でも今回は、それともようすが違っていたんだよなぁ」

「取締りがいつもとは違うって、どう違うんだ?」

「いつもは来ないはずの位の高い魔術師たちが大勢来ていたんだ。カルプトクルキト大森林、チェスキームの荒れ野の辺りにまで集まっていたっけ」


 いや。ソンジ、知り過ぎてないか?

 コイツはこの辺りを移動しまくって事情を見聞きしているのか? 怪しいぞ。商売はなんだよ。

 これじゃあ、この砦のヤツに不審人物扱いもされただろうぜ。


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