第44話 登洞圭三 フズル砦の戦い

 3人でおりの外へ出た。

 屋外へ続く扉にさしかかるころに、見張りの男がオレらの方へ駆けてくる。

 当然だ。夜中に牢で大騒ぎしていたんだからな。

 あたりまえのように戸口へ向かって歩いているオレらを見つけた男は、やたらと慌てている。


「おいッおまえたち、どうやって牢を出たんだッ!」

「聞いてどうする?」

「ナイショだ。バーカ」

「もう見つかったじゃないですか! ど、どうするんですかッ?」


 見張りの男は、戸口へにじり寄ると、戸の脇の鐘をガンガン鳴らす。


「ひッ! よ、よそ者が逃げたぞぉッ!」


 男はそのまま、大声をあげながら戸から逃げた。仲間を呼びにいったんだろう。

 取りあえず、足止めだな。


「あの見張りをおとりにするぜ。敵の出方を見る」

「あ? あいかわらずアニキは、めんどくせえことするなあ」

「え? え?」


 見張りの男の片足をめがけて、手の中のナイフを伸ばす。

 ほんの少しだけ切ると、一呼吸遅れて男は派手に転ぶ。

 自分の足から流れる血を見て悲鳴を上げると、片足を抱えて転がりまわる。

 デカい悲鳴だ。こりゃよく人を集めそうだ。


「うるせえし、こんな所にいられねぇ」

「ちょっと待て、タケ。考えなしに前に出るな。この世界じゃ矢が飛んで来るぞ」

「あ? オレの反射神経ディスッてんのかよ。矢なんて当たんねえよ」

「わかったから、ちょっと待て」


 あたりを見まわし暗がりの多い砦の中に視界の地図を重ねる。

 出ているのは9人。半分が弓で、残りが剣と槍か。

 こいつらを指定し、対象の画像の明度を上げる。よし見やすくなった。


 しばらくすると視界全体も補正されて、周囲が昼間のように明るく見えるようになる。やはりこの目は使えるな。

 健人が顔を出して敵の潜んでいる物陰を見つめている。

 理由はわからないが正しい位置を把握している。

 元から目と勘が良いヤツだからな。

 アピュロン星人の機器の補助がなくても敵の位置がわかるようだ。


「……いたいた。弓でオレらを狙ってやがる。殺してやるって感じが、まんま顔面に出ていて、怖ぇえなッハハハ!」

「タケ、戸口の明かりを消せ」


 戸口の篝火かがりびを倒し、足を刺した牢番を蹴って転がす。


「痛いい! 殺される助けてくれえ!」


 まだ牢番は叫んでいる。

 せいぜい声を出して仲間をここに集めろ。まとめて始末してやる。


「しかしよぉ。敵は、こんなのにひっかかるか? 狙いが見え見えだぞ」

「ダメもとだ」


 ほどなくして、盾を構えた鎧姿のヤツが5人、横に並んでオレらへ向かって進んできた。


「ひっかかったぞ」


 こっちのナイフの兵器みたいな仕掛けを知らないから、たった3人だと見くびっているのだろう。


「ヤツらが、攻めにでたぞ。ギリギリまで引きこむ。タケ、まだだ。ナイフはまだ使うな」

「ぞッくぞくしてきたなッ。ケンカの前は、なんか震えんだよな」


 武者震いか? 

 オレの場合、ケンカの前は考えることが多くて頭が冷えてくるんだがな。


「アイツら、盾役の明かりを使って矢を射るつもりだな。タケ、待たせたな。もうここはいい。裏からまわって何人かやってこい、灯りの近くには寄るなよ」

「わかったけど、先にションベン行ってからだな」


 笑いながら走っていく。いつもどおりなヤツだ。敵地の真ん中にいるとは思えない緩さだ。


 花地本はさっきから、座ったまま震えている。

 普通はこうなるよな。生きるか死ぬかって状況だ。


「ど、どうしてッ。あなたたちは、そんなに落ち着いていられるんだッ。命のやり取りですよ!」

「慣れてんだろ? カチコミはここにくる前からやってたからな」


 花地本と話していると、兵士が転がした牢番の肩を掴んで引きずっている。


「い、い痛い痛ぃッ足が動かねぇッ!」

「ギャアギャア騒ぐなッ運びにくい!」


 3人が盾に隠れたままジリジリと退く。

 小屋の陰から矢を射て、仲間の撤退を援護しているヤツもいる。


「じゃあ、行ってくるぜ。花地本はここにいろ」

「は、はい。言われなくても、動けないですよぉ」


 兵士の持っている盾は、見るからに重厚だな。ご苦労なことだ。

 でもどんなゴツイ盾だろうが、アピュロン星人のナイフは貫く。重い板を構えるだけムダな労働だぜ。


 おっと、ヤツらが中庭を渡りきる。急ぐか。

 押しあって逃げる6人へナイフを伸ばして、横に薙ぐ。


 構えた盾と兵士たちの鎧に赤い線が浮かぶと同時に、血が吹き出した。

 伸びた刃の銀光は1秒くらいで消えて、兵士は動かなくなる。


 それだけだ。

 音もなく、斬られたヤツも声をあげもしない。


「死んだことに、気づいてないのかもな」

「死んだ? いま、そ、そのナイフで殺したんですか? え?」


 盾ごと兵士たちの胸から上がグラリと前のめりに倒れて、それぞれの腰に被さる。

 6人が12個になって、血溜まりに転がった。


「ひッ! し、死んでいるッ! ほんとうに殺したんだッ」

「そういえば〝殺し〟は、こっちに着いてから始めたな」


 路面に肉塊が転がると同時に、援護の矢が止んだ。

 花地本を手で制して、オレだけで戸口をくぐる。

 あたりを見回して、中庭のむこうで黒く影になっている母屋へ声をかけた。


「なんだ、もう終わりか? じゃあオレらは、ここを出てもかまわないんだな?」


 中庭まで出たオレは、大げさに腕を振って歩く。アピュロンのナイフは、まだ手に握りこんだままだ。


「あとな、隠れているヤツ。ぜんぶ見えているぞ。いちばん近いのは馬草束まぐさたばの後ろのヤツだ。ウダリとかいったな。おまえがここの頭だよな。知っているか? 今夜この砦のなかには64人がいて、そのうちの6人がもう死んだぞ」


 動揺して出てくるかと思って大声で事実を指摘したんだが、隠れているヤツらからの反応はない。

 ハッタリだと思われているのだろう。


 アピュロン星人の視界に情報を浮かべる機能みたいな、知覚を拡張する類いの魔術は、この世界で普通にあるってわけじゃないらしい。


「出てこないつもりか、ウダリ? 隠れていれば助かるとでも思ってんのか?」


 出てこないのなら、しかたない。物陰に身を潜めるウダリから始末するか。


 歩きながら隠れたウダリのほうを見ることなく、右手を横に突きだしてナイフから半透明の刃を伸ばす。


「──! ぐっがッ、ま、魔術かッ!」


 弓を持ったウダリが、血を噴いて馬草束まぐさたばの陰から転がる。

 自分の胸から湧きだす血を押さえながら倒れた。


「見えているって言ったぞ。オレらに待ち伏せはできねぇんだよ」


 こいつは運が悪いな。虫の息だが、即死じゃない。

 胸を押さえて痙攣している。血生臭い湯気が、蒸したみたいに腹から立ちのぼっていた。


「悪いな。殺すのはまだ慣れてなくてな」


 ウダリにトドメを刺して歩みを進める。石畳の回廊を進み母屋へ。地図に表示された敵の残りは、26人。

 室内には入らず壁越しにナイフを伸ばす。


 前を見たまま歩き、地図に表示される敵の位置に向って握った手をむける。

 手の中のナイフから伸びた刃は、壁ごと隠れたヤツを断ち切った。


「残り13」


 生き残りの人数を声に出して、断続的に刃をつき出しながら歩く。

 一足ごとに悲鳴と人の倒れる音が耳に届き、地図上の光点が消えていく。


「残り5」

「ひいいぃ! だれかッ助けてくれッバケモノだぁ」


 飛び出した1人を斬る。

 これで、砦にいるオレら以外の人間は残り4人。そう視界に表示された。

 月光を影が遮ったから母屋の屋根を見上げると、健人が走っている。

 元気なヤツだ。

 後ろから花地本も追ってきた。


「弟さんが動きまわっているようすは、かなり目立っていますけど、だいじょうぶですか? 狙い撃ちされたり、待ちぶせされるんじゃないですか?」

「問題ねえな。タケは視界の地図を見ているのかどうかは怪しいが、勘は野生動物じみて鋭いからよ、日本にいるときから不意打ちは受けたことがねぇんだ。だいじょうぶだろ」


 自分の視界の地図を確認するように伝えると、花地本は目をすがめている。慣れてないようだ。


「───ほら。ちょうどいま、だいじょうぶになった。アイツ、全部殺っちまってるな」


 やべえ。オレも傭兵を1人は生かして残すって予定を忘れていた。

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